彼女を見てジャックが言った事は次のようなものだった。
「あ、タコ」
ロリーナはこうだった。
「ホントだ、タコだ」
続いて、ハリー。
「あ、レモンティーだ。もらうよー」
次はエリス。
「こんなに可愛かったかしら?」
そのまた次はアリス。
「タコって何のことですかぁ?」
ルイスは何も言わずに抜刀していた。思わず、かも知れない。彼の行動には思考による統制というものが少ない。
それはそうと、当のタコ呼ばわりされた本人は、
「はぁ?またタコ?(ゼナルの仲間だけあるわ)」
またも眉をひそめていた。
混乱する5人と暴走しそうな1人をいったんタコ少女から遠ざけて、ゼナルは彼女は記憶がないらしいこと、何者かにおわれていることを説明した。もちろんあの三人組の事も。
「ハッハッハ。その三人は余程のアホだな(俺の隣にはもっと凄いアホがいるがな)」
「そーよね。そんな刺客を送ってくるなんて送り主はそーとーなバカばかよねぇ(ジャックのほうがバカだろーけど)」
「お前、今セリフのあとでヒジョーに失礼なこと考えなかったか?」
「あんたこそ、何?あの間は」
火花を散らす勢いの二人を置いてエリスたちはテーブルに戻った。そして、今度はエリス側の事情も話す。
「へ、へええ。じゃ、何?そのタコの中にボクが入ってたワケ?」
「そう」
さすがに驚きを隠せない彼女に、ゼナルは妙な満足感を覚えていた。
ゼナルの横には、ボロボロになったジャックと涼しい顔をしたロリーナが座っている。
「記憶がないんですか。名前もわからないんでしたら、まず名前を決めなくちゃいけませんねえ」
アリスのこの意見に、各々が考えた名前を出した。
で、こんなものが出たわけで。ちなみにカッコ内は考えた人物である。
第一案、ウィブ(エリス案)。
「あ、いいかも」
「お前はウィブって性格じゃあないだろ」
第二案、カート(ハリー案)。
「それは男の名前だと思うけど」
「えー。かっこいいと思うんだけどなぁ」
第三案、名無しゴンベエ子(ジャック案)。
「あんた、ふざけてんの?」
「いやぁ、かるぅいユーモア」
「ボク、これ、笑えない」
第四案、赤城智子(アリス案)。
「アリス、これ一応ファンタジーなのよ。そこんトコわかってる?」
「ええっとぉ」
「次いけ、次」
第五案、名前などなくとも魂があれば良い!(ルイス案)。
「、、、」
「ごめんね、気にしなくていいから」
「ボク泣きそう」
、、、、、、
、、、、、、
、、、、、、
、、、、、、
この後もいろいろと妙案が出たが、結局第一案のウィブに決まった。
「ウィブ。あーいい名前」
「さてと。問題はこれからどうするかよね」
エリスが話題を切り替える。ここらへんは年の功である。
「何も手がかりがないんじゃなぁ。とりあえず、当初の目的の大会が終わったあとでいいんじゃねーの?」
「それもそうよねー。それでいい?えっと、、あ、ウィブ」
「うん。別にいいけど。あの、今んなって言うのもなんだけどさー。ホントにいいの?」
本当に今さらである。
「大丈夫よ。あたしたちは自由気ままにやってるんだから。気にしないで」
そう言ったエリスの声はやさしかった。
「ねえ。なんか覚えてることないの?断片的でもいいからさ」
ロリーナが身を乗り出して聞く。
「うーん。何かきっかけがあればいいんだろうけど、、、」
「とりあえず何か質問してみたらどうでしょうか?何か思い出すかもしれませんよ」
アリス、そんないい加減なことでいいのかね?
「お、いいな、それ」
よかったらしい。
「じゃあ、ジャック。質問してみて」
エリスは眠そうにあくびをした。彼女は眠くなると、とたんにやる気がなくなる。やる気が無くなると、とたんに眠くなるという説もなくはない。ややこしい。
「よし、Aあなたは誰?」
「AではなくQだと思うのであるが?」
ルイスに突っ込まれているようではしょうがない。
「っていうかそんな哲学的なこと聞いてどうすんのよ!」
その後、思い当たることを次々と訊いて見るが、結局何も得ることはできなかった。
「ねー、エリスもう寝ちゃったよー」
エリスは普通に座ったまま寝ていた。いいのう、器用で。
「俺も眠くなってきた。なあ、ルイス。、、、、ルイス?」
ルイスは目を開けたまま眠っていた。ここまで器用になりたくないのう。
すでに外は日が沈み、街灯が闇に光を撒き散らしていた。
八人は、夕飯を食べて部屋に戻ることにした。
その夜。
深夜、廊下に気配を感じたエリスは部屋のドアをそっと開けた。
そこには、
「眠れないの?」
廊下の窓から一人夜空を眺めているウィブがいた。
「うん。ちょっと考え事してた」
エリスはウィブと同じように空を覗き込んだ。雲一つない、黒と青が絶妙な比率で溶け合った高い空に、星が程よく散りばめられている。
「どうしたの?」
エリスの声がすっと夜の闇に広がる。
「うーん。エリスたちになんか迷惑かけちゃうなーって」
「、、、別にあたしたちのことは気にしなくていいわ。みんな好きでやってるんだから」
「うん。でもさ、なんか正直、本当に力になってくれると思ってなかったから。今までの人たちはぜんぜん耳をかしてくんなかったし」
そこでエリスはウィブに視線をおろした。ブラウンの瞳が闇に隠れる。
「ここ。二日間。記憶もなし、何もなしでやってきて僕には何の力もないってことが痛いほどわかったんだ。だから必死で助けを求めてたんだけど」
そういう彼女の表情は、暗闇にまぎれて伺うことができなかった。
緩やかな風のリズムに乗って、木々がさわさわと踊る。今夜は実に過ごしやすい夜だった。
「こういう人に考える時間を与える夜ってあんまり好きじゃないわ。なんか、どんどん気が滅入っちゃうもの」
心地のよい風が、二人の頬を撫でては消える。
私は人を励ますのが下手ね。ウィブを前に、不器用なセリフしか出てこない自分に、エリスはそう思わされた。
それでも懸命に組み立てて、彼女の口は動く。
「みんなね、何の力も持たない弱い人間なんだわ。そしてね、多分何年生きても、どんなにたくさんの経験を積んだとしても、結局は弱い人間のままなんだわ。ただ、持っているものが変わっているだけだと思う。でも、その長年の経験や努力でやっと手に入れたものも、実はちっぽけなものなんでしょうね。だから、気の合う仲間とか力になってくれる人たちと助け合って生きる。そうしないと人は生きていけないし、何よりそうすることで初めて幸せになるんじゃないかしら。だから、ええと、、、その、あー、あたしが言いたいのは、ううんと、、」
だんだん話の焦点から外れて言葉に詰まってしまったエリスを見て、ウィブは少し微笑んだ。まるで絵画のように、彼女は夜空を後ろに従えて佇む。
そして、エリスは捜していた言葉をようやく見つけ出した。
「だからね、あたしが言いたいのは、やっぱり気にすることはないってことなの。いまはながれにみをまかせていればいいわ。先のことより、今はこの瞬間を大切にしましょう」
夜がゆっくりと更けていく。
人々の悩みを、苦しみを、喜びを、そして夢を抱えて。
静かに、静かに、佇んだままで。