君が望むたった一つの事

 

 世界はいくつもの大陸に分かれていた。

そして大陸はそれを『治める者』が自由に形を変えることができた。

ここにもそんな大陸があった。大陸の名前はカーミラ。そこは限りなく人口が増加していた。そして困ったことに『治める者』が不慮の事故で死んでしまっていた。そして今は次の『治める者』を決める時であった。

 

 

「やっぱ、シンだって」

「だめよ、そういうあんたがやればいいじゃないのよ」

「いや別に俺はどっちでもいいけど…」

 今私達はある喫茶店にいる。私と私の恋人・シンとその友達であるビショフ。シンは基本的に誰にでもやさしく頭がいい。それに加えて見た目もいい。難点はスポーツ等、体を動かすことが常人を遥かに超えて下手な事。

 スポーツが苦手なぐらいで彼の人気が落ちるはずもなく彼は校内で一番といっても過言でないほどの人気を持っていた。

「でもシン以外の市長なんて考えられないぜ。今それぞれのアカデミーで推されてる奴等なんて全然たいしたことないし…」

「それでもだめ。だって市長になる為には地獄の試練を潜り抜け、鉄の掟を守る義務が課されるんですから」

「俺はそれぐらいたいした事無いけどなぁ」

「この私が許さないわ」

「おいおい、ちょっとはシンの言う事も聞いてやれよ、スー。確かに俺も一、友人として地獄の試練には反対だが他に人材がないだろ」

「あんたがやればいいじゃないのよ」

 こんな具合でいつも話がまとまらない。学内選考でも既にシンで決定済みだ。あとは本人の承諾だけなのだがそれを私が頑なに反対しているのでシンは承諾できていない。

「ったくこれじゃあいつの間にかカーミラが潰されるぞ」

「うっさいわねぇ。だからあんたがやればいいのよ。あんたの場合はもうちょっとがんばれば試練は受けなくていいんだから」

「ひっでー、それってある意味いじめだぜ」

「俺もそう思うよ。それに俺は別にビショフがどんな風になっても友達だよ」

「シン…」

ビショフは感動のあまり男泣きしている。傍から見ている私としては暑苦しくて仕方が無い。

「はいはい、ビショフ泣きやむ。シンもいつまでもそんな奴の肩持たない」

「お前、全然男の友情わかってねぇな」

「私はあんたがシンに触れる事許してるんだからそれだけでも感謝しなさいよ」

「シンはお前の持ち物じゃねぇだろ!」

「そうよ、私そのものなんだから」

そういうとビショフは悔しそうに唇をかむ。

「ねぇ、スー…」

「何、シン?」

 私は満面の笑顔をシンに向けた。

「やっぱり俺がでるよ」

 しばしの沈黙が訪れる。そしてシンの顔はいつになく真剣だ。

「本気……で?」

「うん。やっぱり誰かがやらなきゃならないし俺が推されてるならやっぱり俺が出たほうがいいと思うんだ」

「でも!…でもやっぱり嫌だよ。そんな事したらシンの事、物理的に嫌いになっちゃうんだから!」

「……」

「でも…」

「ん?」

「私との約束が守れるならいいよ」

「何?」

 たっぷり五秒の間を開ける。

「この腐ったやり方を、考え方を変えさせて!

そして、シンもそれに縛られないで!」

「スー…」

私たちが思わず『お涙ちょうだい』な雰囲気をかもし出している横から要らぬ『音』が聞こえた。

「いや、それは無理だろ」

「何、ビショフ。まさかあんた私に意見する気?」

「そうだよ意見すんだよ。制度や考え方は確かに変えられるかもしれない。何せこいつは頭がいいからな。

しかし、一つ重要なことを忘れている」

「な、何よ…」

「こいつは運動が出来ないんだぞ」

「…!」

「そういえばそうだね」

シンはニコニコと対応している。事の重大さが理解できていないようだ。

「シン?何をニコニコしているのかな?」

 私はかなり笑顔で問い掛ける。

「だから、俺ってそういうことだめだなぁ、って」

「そのとおりだ、シンよ。しかし俺もお前がどうなろうが友情は不滅だ!」

「それはあんたが既に似ているからでしょ!」

「シ〜ン〜。スーがいじめる〜」

「だまれ、ビショフ」

「まぁまぁ、スーもそんなに怒らないで」

「と・に・か・く!

私はシンが『デブ』になるなんて許しませんからね!」

 私は椅子から立ち上がり力説した。

「いや、無理だろ。なんせ昔の人の頭は『大陸の大きさが自由に変えられるのなら大きい意志を持つ者がよい』だからな。

『太る→暑い→大陸大きい』の三段論法は現時点では崩せない。やはりシンに市長になってもらってこの馬鹿げた三段論法を変えないと」

「だから、それがわかっているならわざわざ細くて格好のいい私のシンを使うよりあんたがやればいいでしょうが!」

「俺、これ以上太るのやだ」

 ぷいっ、と横を向いてしまう。この男は…()

「他のアカデミーの代表者は皆すでにブタよ。シンがやる必要はどこにも無いわ。それに私はシンがこのままならそれでいいわ。世界が縮もうが無くなろうが、そんな事シンが太る事に比べれば些細な事よ」

「でもね、スー。次に市長になる人に俺と同じ思いをさせたくないんだ。だから…」

「おだまり、シン!」

シンがびくっ、と体を震わす。

「おい、スー、今日はいつも以上に過激だな」

いつの間に復活したのかビショフが会話に戻ってきている。

「お前の考えも最もだ。さぁアカデミーに承諾の返事をしよう」

 なれなれしく肩に手をまわすビショフ。いつもの行動が今日はやけに腹が立った。

「ビショフ、シンに触れるんじゃないわよ」

女性にしてはやけに低い声だな、と自分でも自覚してしまうほどだ。

「ごめん、スー。俺はやっぱり市長になるよ」

「許さないって言ってるでしょうが!」

右のストレートが火を噴く。

しかしビショフがそれを器用にとめる。

「それに…」

「何よ」

「実はもう承諾書は出したんだ」

 てへっ、っていう効果音が似合いそうな顔をする。ちきしょうーめー、ごっつかわいいぞこいつー。

「ってそうじゃないわ」

 頭をぶるんぶるん振る。

「いつ出したのよ!」

「ついさっき」

「ビショフ、そのままシンを捕らえておいて。今から急いで申告の取り消しに行くわ」

「それは無理だね。だって既に、逃したから」

「なっ!」

「なんてことすんのよーっ!」

 ワンツーパンチでビショフが吹っ飛ぶ。

「へへっ、いいパンチだぜ……」

 なんて決め台詞を言いながら。

「シン、お願い。追いついて」

 既に私より早くタクシーを捕まえてアカデミーに向かったシンを追いかけた。自慢の二本の足で。

 

 

 

              一ヶ月後

 

「はぁ…」

私は大きく溜息をついた。

「どうしたんだ?」

ビショフがいる、いつもの喫茶店だ。

「まだあのときのことを気にしているのか?」

「別に…」

 私はぶっきらぼうに言ったが、実はその通りだった。

 あの時、やはり私の足はタクシーに負けてシンには追いつけなかった。私が着いたときには教師陣がスクラムを組み、校門で待ち構えていた。私はそれを第五層まで突っ切ったがそこで時間切れになってしまった。そう、郵便屋さんが来てしまったのだ。

 シンの承諾書は儚くも首都に送られ私の手の届く範囲外に行ってしまった。

 そうしてめでたく新市長の誕生だった。シンはもとから運動が苦手なので地獄の試練(ただ太るだけ)もたやすく超え、鉄の掟(太ったままで生活する事)も楽々クリアしていた。

「はぁ…」

私はここに来てから、何度目になるかわからないほどの溜息をついた。

「本当にどうしたんだよ」

ビショフは相変わらず私を心配している。ビショフの友達はシンだけだった。そのせいなのかは自信がないが、恐らく彼は少ない友達を大切にするタイプなのだろう。

「あのね…」

私は重たい口を開いた。

「この前、昨日なんだけど、シンから手紙がきたの」

 えっ、まじで?といった顔をするビショフ。

「えっ、まじで?」

 予想通りの言葉が出た。

「それでなんて?」

「『君が望むたった一つの事を』だって」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

とても、とても短い言葉ではあるがシンが何を言いたいのかはわかる。

「はぁ…」

 また溜息が出た。

「その溜息、癖になるぞ」

「別にいいわよ。いつの日かシンが帰ってきた時に目の前でいっぱいいっぱい溜息ついてやるから、その練習よ」

 ビショフは苦笑いをしていた。

「んじゃ、そろそろ店を出ようぜ」

「そうね、あんたと二人でここに居ても面白くないしね」

「ひどいな、俺はあいつの代わりにもならないのかよ」

「ならないわね」

しょぼくれる背中は物理的には大きいのに小さく見える。こいつもこいつなりにシンが居ない事がつらいのだろう。

「ほら、さっさと行くわよ。そんなところにあんたみたいなでかいやつがいると邪魔でしょうが」

「はぁ…」

「あんたまで溜息つかなくてもいいのよ」

 そうして私達は店を出た。

 いつかシンが帰って来る日を夢見ながら。

 

私が望むたった一つの事は…。

 

 

 

 

             【君が望むたった一つの事】 <>