プロローグ:与市の朝


「いってきまーすっ!」
 クラウチングスタートで階段を駆け下りて、短い廊下をひとっ跳び。着地と同時に靴を履いてあたしはドアを蹴破った。
 外は晴れ。でも朝は寒い。お日様はなんだかいつもよりちょっぴり高い気がする。それもそのはず、あたしはほんのちょっぴり……正直言うと結構やばいくらいに遅刻していた。でもあたしが悪いんじゃない、きっと目覚まし時計が悪いのよ。うん、きっと。
 最近の目覚ましにはスヌーズとかいう便利なのか余計なのかよくわからない機能がついている。これは鳴り出した目覚ましを一度止めても、五分もすればもう一度鳴らしてくれて二度寝を防止してくれるという役割を持つそうなのだが、私からすれば「あと五分くらいなら寝ていてもよろしいですよお嬢様」と言ってくれる甘やかしすぎな執事くらいにしか思えない。それのおかげで今日は八度寝をしてしまい、朝ごはんも食べずにこうして千七百メートル走を共用されているというわけだ。
 お母さんが何か言った気もするけど気にしない。というか、気にしていられない。忘れ物なんかないよね。あたしは頭の中で自分の持ち物を確認する。今日は数学、体育、音楽、古文、歴史、花火大会だったわよね。寒さ対策のカイロは十四個持った。教科書も持ったし、ノートも入れたはず。筆記用具にも抜かりはないし、コンタクトが外れて行方不明になったときのための眼鏡はブレザーの右ポケットに入れてあるし、茄子もちゃんと装備済みだ。
 あたし、茄子野与市(なすの・よいち)。元気快活な十五歳の高校一年生。去年の春から地元の高校に通ってて、成績は中の上、ってとこ。まぁまぁだよね。部活は何も入ってない。ちょっと理由があって運動部は無理だし、文化部は最初から興味がなかった。趣味はカラオケと自慰、特技は遠投。あ、硬球での、ね。好物は現在装備中の茄子! もうこの茄子が素晴らしくて素晴らしくて。食べても美味しいし、使っても気持ちいいし。茄子のおかげで、あたしは男の子に全然興味が沸かなくなってしまった。なんだか、快感欲求が目的なら茄子があればいいと思ったからだ。あたしは子孫を残したい願望なんてないし、今がよければそれでいいと思っている。だから彼氏なんかいないし、これから作る気も無い。

 二千五年冬、北半球は日本、海に近いとある町で繰り広げられるこれは、茄子と少女が織り成すちょっぴりエッチでハートフルな物語。



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