第1話「愛の接近遭遇!?」


 俺が羅生門と出会ったのは、昨日のことだった。
 硬派で通している俺が口にするのも恥ずかしくなるような言葉、それが合コンであるが、唯一無二の親友に「人数足りないからどうしても」と言われてはどうして断れようか。
 かくして俺は近くの女子大との合コンに参加することになったわけだ。
 案の定、俺には場違いな雰囲気だった。ひっきりなしに酒を飲んでは馬鹿騒ぎをする同年代の男女の姿を横目に端っこでちびちびと日本酒をあおっていると、この国の未来が危ぶまれる。
 相手の女の子たちも、こんな無愛想な男と話などしたくはないのだろう。俺をほうっておいても盛大に盛り上がっている。やっぱり来るべきではなかったか。
 そもそも魔が差したのだと思う。合コンがあったのは12月23日。ホーリィナイトの前日である。生まれてこのかた21年間硬派を貫き通してきた俺には当然、恋人などという歯の浮くような存在はいない。だがまぁそれがなんだというのだ。人は一人で生まれ、一人で死んでいくのだ。伴侶を伴っていようがいまいが、それだけは変わらない。ならば、他人にうつつを抜かしている時間を自分の充足のために使えばどれだけ有意義であろうか。……いや、ごめん。俺も男だ。正直に言ってしまうと彼女の一人や二人、いや五人ぐらいは欲しい。毎年、この時期になると街に異常発生するアベックに内心腹を立てていたものだ。
 そう考えていた矢先に合コンへの誘いがあった。俺は少し、いやかなりの期待をしたのだろう。あわよくば、ホーリィナイトをともに過ごす女の子が出来ればいいなと。
 それがなんというていたらくであろうか。意気投合した女の子をお持ち帰りするどころか、話に溶け込めずに厭世してしまっている俺がここにいる。やはり俗世間に身を委ねるなど、俺には無理な話だったのだ。
 俺が途中で帰ろうと店の代金を財布から出そうとしたそのとき、目の前、俺の向かいに誰かが座った。
「そなた、飲まないのか?」
 見ればみんなの輪から外れて一人俺のほうへとやってきている女の子がいた。
 確かさっき自己紹介のときに「羅生門」と名乗っていた気がする。えらく尊大な態度だったので俺のみならず男は全員ちょっとひいていた。
 態度が尊大なだけならまだしも、問題はその外見だった。なんというか……本当に成人なのかと問いたい。背丈は140cmぐらい、短く切り揃えられたちょっと薄めの髪は脱色しているのかもしれない、あまり身体のラインが出ない服を着ているが、それでも明らかに幼児体型である事が見て取れる。店員に何か言われないかと少しひやひやしてしまう。
 見ての通り、すごいお子様な感じなのだが、喋り方だけはおばあちゃんみたいだ。
 確かに俺は彼女が欲しくてこの合コンに来た。だがしかし、流石に目の前のこのお子様は射程外だろう。俺はそれを再認識してから言った。
「お嬢ちゃん、これが何に見える? 流石の俺でもこんな席で水を飲むような無粋な真似はしないさ」
 すると彼女は目を輝かせて言った。
「おお。するとそれは日本酒というものなのだな? ほれ、私の御猪口にも一杯入れるがよいぞ」
 相変わらずの横柄な態度だ。それがなんだか鼻について、俺はからかってやることにした。
「おいおい、子供が酒なんか飲めるのかよ。ミルク頼んでやろーか?」
「むかっ!」
 彼女は怒りを口に出した。そんな女がどこにいるよ。
「わ、わらわは立派な大人なのだ。馬鹿にするでない」
 彼女はほっぺをふくらませて抗議した。こういうところが子供っぽいのだが。
「ときに聞くが。そなた、チェ=ゲバラという人物を知っておるか?」
「なに!?」
 知らないはずがない。チェ=ゲバラといえば、俺が心酔する共産主義テロリストのリーダーだ。それを言うと、彼女はさっきよりも更に瞳を輝かせた。
「羽夢、合格だ。そなたこそ、冥王に相応しい」
 一瞬、何を言われたかわからなかった。でも、今ならわかる。それは彼女なりの告白の言葉だったのだろう。私の冥王になれ、つまり私とずっと一緒にいてくれという意味なのだろう。
 そう解釈すると、目の前のちっちゃな女の子がやけに可愛く思えてきたのだ。そしてそれは同時に、長く積もっていた雪が解け、河が流れ始める春の訪れでもあった。

 こうして俺はここにいる。12月24日午後2時。駅前で羅生門と待ち合わせをしていた。あとで聞いた話だがやはり羅生門は未成年らしい。しかし小学生のころに単身アメリカへ渡り、飛び級制度を利用して大学生になって日本に留学してきたという履歴の持ち主で、大学生であることは確かなのだそうだ。まぁ、だからといって酒を飲んでもいいという理由にはならないが。
 今日はホーリィナイトが訪れる日である。昨日の合コンの後、俺と羅生門はお互いに電話番号とメールアドレスを教えあい、その夜のうちにメールで今日のことを約束した。
 端的に言えばイヴのデートである。もちろん俺は初めてだ。こんな予定、あるはずもなかったから今日も明日もバイトを入れてしまっている。そのため、夜遅くまでは一緒にいられないが、このイヴという特別な日に女の子とデートができることを存分に満喫しようと思う。
 午後10時の鐘がなるまでは、羅生門と夢を見ていたい……。



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