『冥王計画羅生門』第12話「この世界は果てなく閉ざされた闇」
「だだんだだんだーんだだだん、だっだーだーだっだだだだだっ。くろぉーすふぁーぃくろっふぁい、くろっふぁい!!」
「冥王、そなたもう少し静かには走れぬのか」
 背中から羅生門の可愛い声が聞こえる。俺は舞い上がってついつい叫び声を上げてしまう。
「うひょー!!」
 俺はハンドルを思い切り持ち上げ、ウィリー走行を始めた。
「ちょ、あ、危ないではないか! 今すぐにやめろ」
「アヒャヒャヒャヒャ」
「た、頼むから、冥王、やめて……」
 これだ。脅える羅生門の声が聞きたかったのだ。俺は十分に満足した。さて、ウィリー走行をやめるか。
 しかし時はすでに遅く、道路は急カーブを迎えていた。
「――やばっ!」
「うあぁっ!!」
 次の瞬間、俺たちは自転車から投げ出され、宙を舞っていた。

 事の発端は昨日、2005年1月14日の夜のことだった。
 いつものように、羅生門は俺の部屋に来て晩飯を作ってくれていた。
 普段、羅生門に対して素直に礼を言ったりはしないのだが、俺は内心でこれ以上ないほど感謝をしていた。これまでにいろいろあったが、結果として羅生門の存在は俺にとって確実にプラスになっていると言えた。だから、何かお礼がしたいと常日頃から考えていた。そんなことを考えていたから、ついこんな一言が出てしまったのかもしれない。
「な、なぁ、明日、明後日と土日だろ。もしあれだったら……どっか遊びに行かねぇか?」
 俺としては軽い気持ちで誘ったつもりだったのだ。だがこのときの羅生門の反応といったら。
「本当なのか? どこかへ連れて行ってくれるのか?」
 瞳をキラキラ輝かせて行きたいところを羅列しやがったのだ。
 羅生門の行きたいところリストをすべて抜粋するとこうだ。遊園地。雀荘。邪魔大王国。花火大会。ハイキング。動物園。光子力研究所。アステロイドベルト。海。以上。
 いくつかそうでないものもあったが、全体的に子供っぽいリクエストだったので、俺は思わず口元が緩むのを禁じ得なかった。
 羅生門が行きたいところについて語るのを聞きながら、俺は羅生門の境遇について思い出していた。
 小学5年生で米国へ。飛び級で大学生に。
 それだけ聞くとものすごい優秀で、ものすごい幸せに聞こえる。だけど、こいつはこの小さい身にどれだけの試練を背負ってきたんだろう。もちろん、小さい頃からの勉強量も半端ではなかったのだろう。それだけ、特殊な子供だったということだ。それだけ、一般の子供とは違っていたということだ。他の子供が遊園地や動物園に行っていた時期に、こいつはどうやって過ごしていたんだろうか。
 そこまで考えて、俺はふと思った。そういえば俺は、羅生門についてほとんど何も知らないのだ、と。
「じゃあ、ハイキングにでも行くか?」
「行く行く、行くのだ!」
「わぁったわぁった。でも真冬だからな。山登りっつっても、羅生門は俺の自転車の後ろに乗れ」
「それでどうするのだ?」
「比叡山にな、俺が昔よく使ってた場所があるんだよ。そこで一泊二日のキャンプでもしよう」
「キャンプ!?」
 羅生門が飛び上がらんばかりの勢いで喜んだ。ううん、ここまで喜んでくれるとこちらとしても気持ちが良い。
 そんなわけで、15日の朝から自転車をこいでいたのだが。

「ん……ここは……」
 目を覚ました俺が見たのは、ただっ広い空間だった。
 そうか。記憶が少しずつ戻ってくる。俺は道路から落ちて。
 見上げてみると、はるか上空にかすかに道路が見えた。こんな高さから落ちてよく平気だったものだ。俺はどこにも怪我をしていなかった。
 辺りを見回してみる。足元も、周囲も、綺麗に整備された石ばかりだった。
「なるほどな……」
「んん、め、冥王……わらわたちは、いったい……?」
 気付くと、俺の近くに倒れていた羅生門が目を覚ましていた。
「おぉ、気が付いたか。どうやら、廃ダムに落ちちまったみたいだな。はっはは」
「わ、笑い事ではないであろう! これではキャンプ場まで行けぬではないか!」
「まぁそうカッカすんなって。騒いだってここから出られるわけじゃないんだ」
「むぅ。それは確かにそうだが……なんでそなたはそんなに落ち着いていられるのだ?」
 羅生門が不満そうな顔で俺を見る。
「そうだな……なんでだろうな」
 考えてみる。ここは静かだ。道路を走る車の音もほとんど聞こえてこないし、人間も俺と羅生門の二人しかいない。今、俺たちは、自然に包まれているんだ。
「大自然の恵みってヤツだな」
「はぁ?」
 羅生門が怪訝そうな顔をする。というか、明らかにキチガイを見るときの表情だ。
「な、なんだその目は?」
「この期に及んで現実が見えておらぬのではないかと思ったのでな」
 失礼なことを言う羅生門だ。
 だがこいつの言うことにも一理ある。確かに俺たちは今、閉鎖空間にいる。高さを見る限り、自力で脱出するのはどうやら不可能そうだ。
「ふぅ、どうしたもんかなぁ」
「ほれみろ。そなたが無茶な運転をしたから、こんなところに閉じ込められてしまったのだぞ」
「そうは言ってもなぁ。あの状況なら誰もがウィリーやったと思うが?」
「そなた以外の誰があんなことを思いつくのだ……」
 羅生門はやれやれといった感じでその場にちょこんと座り込んだ。可愛らしい体育座りだ。
 あかん。ここで羅生門にエッチなことをしたくなってきてしまった。でも流石にこの状況でそんなこと考えてることが知られると俺の命がない。最近の羅生門の滅法棍の腕前は俺を上回りつつあるからな。決して油断はできない。
「ん、まぁ最悪の場合はここで寝泊りするってことで。明日までにはなんとか脱出する手段ぐらい思いつくだろ」
「……だといいがな」
 そっけない態度の羅生門。
 うーむ。機嫌を損ねてしまったか。折角のキャンプを台無しにしてしまったんだから無理もないか。
「羅生門、そんなに落ち込むなって。ここもそんなに悪くはないと思うぜ」
「ここでも、キャンプができるのか?」
「似たようなことならな。ちょっとテントを立てるのが現状じゃ無理そうだが、そこはまぁなんとか方策を考えよう。大丈夫、俺とおまえがいるんだから、なんとかなるって」
「そうか……キャンプができるのか」
 羅生門のために必死でキャンプをさせてやりたい、という俺の思いがなんとか伝わったようで、ようやく少し機嫌を直してくれたみたいだ。
「さて、当面の問題はテントだが、幸いここは深いダムの底だから、風はほとんど入ってこない。最悪の場合はテントなしでもなんとかなるだろう。となると次の問題は……」
「食料、だな」
 羅生門の言うとおりだ。俺が「現地調達ができる」と言ったために、調理用具しか持って来ていない。流石に米ぐらいは持参したほうが良かったかもしれないと、俺は久々に後悔した。
「なぁ羅生門……」
 なんか持ってきてないのか、と言おうと羅生門のほうを向いた俺は思わず絶叫した。
「何食ってんだ!!」
 あろうことか、羅生門は座りながらもぐもぐとおにぎりを頬張っていた。
「ん、んぐんぐ。ごくん。こんなこともあろうかと、自前で作って持ってきておったのだ」
「おまえ、そういうことは早く言えよな。助かっ……」
「ちなみにこれで最後の一個だ。はぐはぐ……うまうま」
 俺の視界がモノクロ化した。脳裏に「空腹」の二文字が浮かんで、次に「餓死」の二文字が浮かんだ。次の瞬間、俺は発狂していた。
 俺たちはここから無事に帰ることができるのだろうか……。




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