『冥王計画羅生門』第13話「私の愛撫は凶暴です」
 昼過ぎだ。とはいえやはり寒い。何が最悪の場合はテントはなくてもなんとかなるだ。なんともなんねぇじゃねぇか。
 俺は一人、過去の自分に向けて愚痴るという不毛な行為に耽った。
「冥王、寒いぞ」
 羅生門も不満たらたらだ。そんな羅生門を見てみると、全然寒そうにせずに座っている。
「テ、テントがなくても、毛布、持ってきてるから」
 凍えて歯がガチガチと揺れて上手く喋れない。まったく、こんな真冬にキャンプに行こうなんて言ったのは誰だ。俺だ。
 俺は荷物を探した。自転車はここに落ちてこなかったのか、周囲を探してもなかったが、幸い荷物は自転車から吹っ飛ばされていたようで俺たちが倒れていた場所の近くに落ちていた。
 座っている羅生門の脚に毛布をかけてやると、安心したような表情になった。相変わらず可愛いやつだ。
「なぁ羅生門」
「なんだ、冥王?」
 もう朝のような不機嫌さはなくなっていた。自分だけおにぎりを食べて満腹満足なのだろう。なんか憎たらしい。
「こんなことになっちまって、なんか悪ぃな。俺だけならまだしも、羅生門まで巻き込んじまって本当にすまない」
 俺にしては珍しく、素直に謝った。
 今から思えば、そもそもの見通しが甘かったのだと思う。5年前、一人でなんとかたどり着けたあのキャンプ場に、羅生門を連れて行こうなんて考えた自分が甘かったのだ。
 記憶のパンドラボックスが開かれた。そうだ。俺は様々な困難を乗り越えて、あの場所へたどり着いたのだ。だが、あの時は一人だった。今は、羅生門がいる。
 ふと、羅生門を視る。
「どうしたのだ、らしくないぞ冥王。いつも自分の非を認めぬそなたが」
 思わず鼻から笑いが漏れてしまう。やはり羅生門は羅生門だ。こういうとき、俺が一番安心できる回答をしてくれるのがこいつなんだ。
 でも、と思う。こいつを巻き込んでしまうのは、果たして正しいことなのか。俺の親父はどうしていたのだろうか。俺の祖父さんはどうしていたのだろうか。彼らも、一人で辿り着けていたのだろうか。それとも、他の誰かと一緒に……。
 俺が考えを巡らせていると、羅生門が隣に寄り添ってきた。
「な、なんだ?」
「わらわだけ毛布を使っておってはそなたが寒いであろう? この毛布は大きいのだから、一緒に入ればいい」
 そう言って、毛布の半分を俺の脚にかけてくれた。
 俺と羅生門の下半身が同じ布団に入った。思わず、視線を羅生門から逸らしてしまう。なんだか、妙に気恥ずかしかった。
「あー、一応、もう一枚毛布はあるんだ。だから……」
「おぉ、流石は冥王、準備が良いな。ならばそれは下に敷こうぞ。小石類がないとは言え、やはり硬い地面に直に座るとお尻が痛いであろう」
「あ……あぁ、そうだな、うん」
 俺としては別々の毛布を使おうと提案するつもりだったのだが、羅生門は利便性を優先したらしい。いや、そもそも羅生門はこの状況を恥ずかしいとすら思っていないんじゃなかろうか。
 俺に寄り添う羅生門。なんとなく頭を撫でてみる。
「ふふ」
 嬉しそうに笑ってこちらに体重を傾けてくる羅生門。ああかわいいなぁちっきしょー。
 そんなことを思っていたらなんだか勃ってきた。い、いかん。ついこの間、俺が暴走しなければ理想的な付き合い方ができると思ったばかりだと言うのに。いくらエッチなことを俺がしてやると言ったからって、俺のほうから求めるのは違いすぎる。それは愛じゃない。欲だ。欲望の押し付けに過ぎないんだ。熱を出したあの日、異常な状態の脳が出した答えは、未だに俺の思考に粘りついていた。だが、俺はこれをどうしても否定できなかった。
 俺がこの生殺しのような状況に身悶えしていると、羅生門が俺の首に腕を回してきた。
「な、羅生門、なにをっ」
「冥王」
 羅生門が上目遣いで見上げてくる。それだけでイきそうだ。我慢だ我慢。今イってどうする。ここで我慢すれば……我慢すればどうなるっていうんだ? あかんあかん、考えがどうしても羅生門とエッチする方向へいってまう。あがぺー。
「わらわがエッチなことをしたくなったら……と冥王は約束してくれた。だが、わらわが求めないと冥王が求めてはならない、ということはないと、わらわは思うのだ」
「え?」
 一瞬、何を言っているのかわからなくなる。頭の回転が追いつかない。そもそも頭なんかまわらねぇ。今すぐ犯してぇぇええぇ。
「だから……もし、冥王がわらわとそういうことをしたいと思っているのなら、わらわとしては、全然構わぬのだ……その、そうでないと、わらわが一方的にそなたを制限してしまっているように思えて、やるせないのだ」
「ら、羅生門……」
 回らない頭で考える。言葉の表面だけをなぞるんだ。俺が、羅生門に、エッチしても、構わない。そういうことになる。なった!
「羅生門、いいのか?」
「ここまで言わせておいて、まだ訊くのは卑怯なのだ」
 羅生門が俺の胸元でうつむいて頭をぶつけてくる。脳内で何かが弾けた。後頭部のあたりで何かが噴火しそうだ。
 俺は眼を開いた。
 地面の上に敷いた毛布の上に仰向けに転がり、羅生門を俺の上に乗せる。ちっちゃな体の重さが心地好い。
「じゃあ、キスから、な……」
「羽、羽夢」
 はじめてのおうごんすい記念日以来、羅生門はキスという言葉を聞いただけで頬を真っ赤に染めるようになった。よっぽど思い出深い日になったのだろう。
 今日はいきなりディープキスからだ。ちなみにフレンチキスとも言う。
「ん、む……」
 唇をこじ開けるように下を挿し入れると、羅生門が身体を押し付けてきた。何かにしがみついていないと、自分が不安定になったようですごく不安だ。とおうごんすい記念日に言っていた気がする。存分に俺にしがみついて安心するが良い。
 羅生門の前歯から丹念に舐めていく。溶けるように柔らかい唇の感触を確かめながら、徐々に歯伝いに舌を奥へ滑らせていく。途中で少し盛り上がった歯に当たった。そういえば、羅生門は微妙に八重歯があったっけ。喋るときは口が開いているのかわからないくらいの動作の上に、普段からあまり口をあけて笑わないので、ほとんどお目にかかることはないが、いつか八重歯を見せてにっこりと微笑む羅生門の姿を写真にでも収めたいものだ、と思う。
 それはさておき、歯の感触は十分に楽しんだ。今度は羅生門の舌を引っ張り出す。まだ経験の浅い羅生門は、ひたすら受けに回っているが、回数を重ねるうちに羅生門のほうから求めてきても問題がないように、手本を見せておく必要があるのだ。
「ん、むぁっ。んひぃ」
 舌を絡ませながら、スカートの上から両手で羅生門の尻を揉む。やべ。これぁやべ。この感触、おもしろすぎ。気持ち、イイ!!(・∀・)!! あまりにも手触りが良すぎる。スカートの上からでここまでの弾力を誇るのだから直で触ったらきっと俺は死んでしまう。しばらくは我慢が必要なようだ。
 そう自分に言い聞かせて俺はまた、キスに集中することにした。
 羅生門も舌の動きになれてきたらしく、最初よりは多少積極的に舌を動かしていた。羽夢、良いことだ。
「ふぅ、あむ……れろ……」
 あ、あかん。いつのまにやら俺が失神しそうなほど気持ちよくなってしまっている。後頭部ビンビン。やべ。マジやべ。
「んっ」
「ぷはぁっ、はぁはぁ……」
 俺はキスを解いてお互いの唇を離した。これ以上はまずいと直感が告げていた。
「め、冥王?」
 恍惚した表情で、羅生門が心配そうに見つめてくる。やべ、だからそんな顔されたらイくってば。
「じゃあ、今度は下半身だけ全部脱いで……ぐっ!」
 俺は咄嗟に後頭部を掌で抑えた。
 激痛が走ったのだ。
「うああああ!!」
 羅生門を突き飛ばして地面をのた打ち回った。
 眩暈がした。
「――、―――」
 視界で、羅生門が何か言っている。何かを言っているのは口の動きからわかるのだが、何も聞こえない。いや、聞こえすぎるのだ。風の音も、はるか上空の道路を走る車の音も、更に上空を舞う鳥のさえずりも、そして目の前の羅生門の叫び声も――何もかもが。
 世は、音に満ちていた。
「うあああ、がはぁっ。はぁ、はぁ、はぁ……」
 しばらくのた打ち回っただろうか。まだ脳がきんきんする。だが、以上に響いていた音はおさまったようだ。
 俺は思う。なんだったんだ、今のは……。
「冥王、冥王! 大丈夫なのか!?」
 羅生門に肩を揺らされ、はっと我に返る。
「え、あ、あぁ……もう、多分、大丈夫……だと思う」
 しばらく深呼吸して息を整えた。
「それにしても、どうしたというのだ、冥王?」
「お、俺にも、よくわかんねぇんだ。突然、心臓が痛み出したと思ったら、なんか、色々な音が聞こえてきて……羅生門の声なんか、近すぎて大きすぎて何言ってるか全然わからなくて……」
「冥王……まさか」
 羅生門が信じられないといった顔をする。
「覚醒が始まっているのか……?」
 覚醒? なんのことだ?
 俺が訊く前に、羅生門が説明を始める。
「冥王の特殊能力の一つ、異常聴覚が備わったのだ。原因は不明だが、心臓が痛んだということは間違いなく能力の覚醒が起こったということだ」
「て、ことは……」
 こないだ、音速を超えたときにも若干心臓に痛みが走ったが、あれも能力の覚醒を意味していたということか。
「心当たりがあるのか?」
 羅生門が訊いてくる。
「あ、あぁ。こないだ、音速を超えたんだ。薄々感づいてはいたが、あれも、冥王の能力なんだな?」
「すでに音速付加移動まで身につけておったのか」
「でも、そのときに比べると今回の痛みはやばいくらいに激しかったぞ。どういうことなんだ?」
「それはそうだ。音速付加移動に比べ、異常聴覚はクラスの高い能力だ。覚醒にもそれ相応の代償が伴うのも無理はない。だが気になるのは……」
「ん?」
 羅生門が不安そうな顔をする。
「覚醒の間隔が短すぎるのだ。普通は一ヶ月以上間が空くものなのだが、そもそもわらわと冥王は出会ってから一ヶ月も経ってはおらぬではないか」
 確かにそうだ。っていうか、音速を超えたのはわずか9日前だ。短いといえば短すぎる間隔だ。
「それに、そんなに短い間隔で覚醒が起こってしまっては身体が耐えられなくなって消滅してしまう可能性もあるのだ。そなた、なんともないのか?」
「ん、身体には特に異常はないぞ。というか、すでにピンピンしてる」
「そんな……そんなバカな……」
「なぁ、そんなに異常なことなのか? 俺が元気なのが」
「驚いているだけで、そなたを恐れているわけではないのだ。ただ、この状況は明らかに異常なのだ」
「そうか……」
 と言われてもいまいちピンとこない。だが、羅生門の声色が深刻そうなのが、事態の異常性を物語っていると、俺にもわかった。
「何か、考えられる原因はないのか?」
 俺には何もわからない。だから、せめて聞き手に回って少しでも理解したいと思った。
「原因か……あるとすれば、そなたにすでに何か別の、音速付加移動でも異常聴覚でもない別の能力が覚醒していてそれに起因しているか」
 それはないと思う。こんな感覚を味わったことは音速を超えたときと今回しかないからだ。
「あるいは、能力覚醒を促すアイテムを持っているかだが……そなたに心当たりはないのか?」
「アイテム、か……」
 俺が持っているものといえば、キャンプに持ってきた荷物ぐらいのものだが、常に持っているものといえばジーンズのポケットに忍ばせた小型のサバイバルナイフぐらいだ。流石に近所のスーパーで買ったナイフがそんなたいそうなアイテムということはないだろうと思う。
「……特には、ないな」
「……むぅ」
 羅生門はそのまま考え込んでしまった。俺のことを心配してくれるのはありがたかったが、あんまり心配をかけたくないというのが俺の本音だった。
「羅生門。まぁあんまり気にしなくてもいいんじゃねぇか。こうして俺は無事なわけだし。それよりさ……」
 俺はさっきから気になっていたことを打ち明けた。
「あのさ、さっき、その異常聴覚っていうので聞こえてきた音の中でさ、一つ変なのがあったんだ。あっちの方向なんだけど」
 そういって俺は、廃ダムの壁の一転を指差す。羅生門もそちらを向いた。
「あっちの方向の音だけ、なんか違ってたんだ。こう、なんていうのかな音が高かったっていうか……俺は物理なんて全然わかんねぇけど」
 理系の大学生としてあるまじき発言をしてしまったような気がする。
「もしかしてあそこだけ、壁が薄くなってるんじゃねぇかって思うんだ。もしそうなら、あそこから向こう側は、どっかにつながっているってことになるだろ?」
「冥王……」
「もしかしたらさ、ここから出る手がかりになるんじゃねぇかなと思ってさ」
「そなた、すごいのだな」
「え?」
「初動で冥王の能力を使いこなせるとは……驚いたぞ」
「そ、そんなにすごいことなのか、これは」
「わらわは感動したぞ、冥王」
 なんだかよくわからないが、羅生門が喜んでくれているのだからとりあえずはよしとしよう。
 それよりも俺は愛撫を中断されたのが悔しくて仕方がない。まぁいい。そんな簡単にここから抜け出せるわけがないのだ。おそらくチャンスはまた来るさ。そのときは……どこまでヤっちゃおうかなぁ。
 俺は壁に向かって走り出す羅生門を追いながらニタニタと笑った。




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