『冥王計画羅生門』第16話「激しく儚い記憶のカケラ」

 気が付くと俺の目の前には羅生門の顔のドアップがあった。
「冥王、冥王! しっかりするのだ!」
 俺の肩を揺さぶりながら羅生門が何か言っている。顔は密着しそうなほどに近い。
 そうか。羅生門も随分と積極的になったものだ。俺はしみじみと思う。
 なんかよくわからないが辺りは暗いし、絶好のムードと言えるだろう。これは据え膳食わねば男の恥というやつだ。
「え、うわっ」
 俺は羅生門の身体を掴んで反転し、仰向けになった羅生門に覆いかぶさった。へへへ、脳内で何か変なものがたくさん分泌されてるぜ。
「め、冥王、どうしたのだ?」
「それはこっちの台詞だ羅生門。俺は確かにエッチな事がしたくなったら俺に言えと言ったけどな、寝込みを襲うようなアウトローなことを教えた覚えはないぞ」
「な、何を言っているのだ。そもそも、そなたは寝ていたのではなく気を失って……だ、だからやめろと……ええぃっ」
「!!」
 羅生門が飛び起きて滅法棍をこちらに突いてきた。
 飛び起きたときにめくれ上がったスカートの影、見えそうで見えないけど俺の妄想力で見えた羅生門の白い下着を俺は忘れない。
 次の瞬間、高い音が耳をつんざいた。
 俺はとっさに取り出したサバイバルナイフの柄で滅法棍を受け止めていた。
 いくら羅生門の腕前が凄くても、俺だって滅法棍の使い手だ。これくらいの攻撃、見切れないことはない。とはいえ、家宝に傷をつけるわけにもいかなかったので、柄で受け止めたわけだ。
「っつぅ〜」
 手がジンジンする。流石に柄で受け止めたのは無茶だったか。衝撃が手にほぼダイレクトに伝わってくる。
「って、いきなりなんて危ないことをするんだ」
「それはこっちの台詞だ! 冥王、そなたどさくさに紛れてわらわにふしだらなことをしようとしたであろう?」
「どさくさ? おまえが俺に夜這いをかけたんじゃないのか?」
 俺が真面目に質問をすると、羅生門はあきれたように肩を落とした。
「まわりを見てみるのだ。そなたは廃ダムの薄い壁を突き破ってここに入り、そのときのショックで気を失っていたのだ」
 どうでもいいといった仕草で説明をする羅生門。  いや、本当どうでもいいんだが、俺はとんでもない勘違いをしていたらしい。羅生門に言われてようやく思い出したが、俺たちはどうやら廃ダム壁の空洞の中にいるらしい。ここに空洞があるという読みは当たっていたのだ。
 それから俺はしばらく、羅生門が話すのを聞いていた。俺が気絶している間に何があったのかを。
 その中に、よく知った名前があった。
「希須加……親父の名前じゃねぇか」
 羅生門は言った。希須加は先代の冥王だと。
「なんだ、よくわかんねぇけど、親父の魂が俺の中にある、っつうかいるってことか?」
「あやつの言っていたことが本当だとすれば、そういうことになる」
「それはいいとして」
 あんまよくもないんだが。それよりも今は気になる事があった。
「羅生門システム、とか、異世界からの危険因子とかって、一体なんなんだ?」
「……」
 羅生門は押し黙った。唇を噛み、どうするか決めかねているようだった。
「なあ、羅生門」
 俺は一度息を吐いて、そして言った。
「言いたくないのかもしれないけど、それにその理由は俺にはわかんねぇけど、でもおまえの話によると親父が俺の中にいて、そしてそいつが言ったことなんだろ。 だったら、俺にも関係のあることなんじゃないか?」
「そ、それは……確かにそうなのだが」
「それに、さ。俺たち、仲間だろ?」
「え……?」
「さっきだって、必ず一緒に帰ろうって約束したじゃないか。生死までともにした仲間に隠し事なんて、水臭いと思わないか?」
「うぅ」
 羅生門はばつが悪そうに顔を伏せた。
「だからさ」
 俺は羅生門の前にしゃがみ、彼女の前髪をすくってやった。迷いの色を露わにした瞳がこちらを向く。
「羅生門はやさしいから、それを言うことで俺に迷惑がかかるんじゃないかって思ってるかもしれない。でも、俺はそれが羅生門のためになるっていうんなら大歓迎だぜ。俺は羅生門の力になりたいんだ。助けでもいい。支えでもいい。なんでもいいから、羅生門の側にいたいんだ」
「あ……冥王……」
 羅生門の瞳が潤んできた。やべ、ちょっと決めすぎたか。
 俺はすすり泣く羅生門をそっと抱き寄せ、耳元で囁いた。
「聞き出す理由としては不十分か?」
「ぐすっ。じゅ、十分なのだ」
 さて、この羅生門をしてここまでさせるほどのものだ。よほど重大な話なのだろう。心して聞く必要がある。
 俺は立ち上がり、深呼吸をした。
「よし。準備完了だ。いつでも話せ、羅生門」
「わ、わかったのだ」
 羅生門はそれでも躊躇いがちに言葉を選んでいるように話し始めた。
「まず、羅生門システムについてなのだが、ものすごく簡単に言ってしまえば、羅生門を開く権利を争う戦争のようなものだ」
「羅生門を開く?」
 なんと甘美な響きなのだろう。俺でもまだキスと服の上からのタッチと視姦しかしていないというのに。あまりにも刺激が強すぎる。
「羅生門とはつまり、わらわのことだが、わらわの中にある力のゲートことを示しているのだ」
「それを開くとどうなるんだ?」
「開いたものにその力が与えられる。というか、流れ込むのだ。その力はあまりに強大で、あらゆる望みをかなえる事ができると言われている」
「願いがかなう力? そんな非常識な……」
「不可能を可能にしてしまうのが羅生門の力なのだ。だが、その力を受け入れるだけの器がなければ、力に飲み込まれて自滅してしまい廃人になってしまうのだ。だからこそ、戦いによって選ばれた最強の者に羅生門を開く権利が与えられるのだ」
「その戦いってのはなんなんだよ?」
「羅生門を開いて力を手に入れようとする者がお互いを敵として戦うのだ。まさに文字通り戦争。毎回死人も出ている」
「毎回って……過去にもそんなことがあったのか?」
「十一年に一度、行われているのだ。わらわが十二歳の誕生日を迎える日、つまり二月十三日までに勝者が決まった場合は羅生門が開く。しかし、それまでに勝者が決まらなかった場合は、羅生門システムは次の十一年後に持ち越されるのだ」
「ちょ、ちょっと待て。なんかおかしいぞそれ。おまえ今十一歳だろ? なら、十一年前に十二歳になった羅生門てのは、おまえとは違うヤツなのか?」
「いや、それもわらわなのだ」
「じゃ、じゃあ……おまえは一体……」
 羅生門は少し躊躇い、それでも俺に話してくれた。
「わらわは羅生門システムに組み込まれた中核なのだ。十二歳を迎え、羅生門システムが作動すると共に生まれ変わるのだ。いや、生まれ変わると言うより、具体的に言うと一歳になってこの世界に再び現れるのだ。この姿のままで」
「その姿のまま……?」
「わらわは成長しない。十一年間をこの姿のまま過ごして、また同じ十一年間を繰り返す。そうやって何度も何度も羅生門システムは続けられてきた」
「そんな……じゃあ羅生門は、あと一ヶ月もしないうちに俺の前から消えるってことなのか?」
「そういうことに、なる」
「俺は嫌だぞ、そんなの! どうにかならないのかよ?」
「それは……」
「何か手段があるのかっ?」
「……そなたがこの戦いに勝ち残り、羅生門の力を得てどうにかすることなら……あるいは可能かもしれないのだ」
「俺が、戦う?」
 それを聞いて安心した。
「なぁんだ、案外簡単じゃねぇか。要は勝てばいいんだろう? 俺の羅生門のタッグなら、どんなヤツと戦っても勝てるに違いな」
「そんなに簡単なことではない!」
 俺の安直な考えは羅生門の叫びにかき消された。
「羅生門……」
「この戦いはそんなに楽なものじゃない。命のやり取りをするものなのだ。人を殺したこともないようなそなたが勝ち残れる可能性は限りなく低いと思う。たとえ希須加やわらわがついていても、敵はこの世界中の猛者なのだ。それこそ、殺しのプロだっているだろう。それに今回は、希須加によると異世界からわらわの力を狙うものが来ているという……。これについてはわらわも詳しいことはわからぬのだが、この世界と並行して存在する世界がいくつもあるらしいのだ。最近になって、それら異世界との融合現象が徐々に起こっているようなのだ。そんな未知の世界の連中相手に、そなたは勝てる自信があるのか?」
「あるさ」
 何の迷いもなく、俺は言ってやった。
「馬鹿にすんじゃねぇ。どんなヤツがかかってこようと、このサバイバルナイフ一本あれば殺せるさ。俺は絶対に負けない。最後まで羅生門、おまえを守り抜いてみせる」
「そなた……どこからそんな強気な言葉が……」
「ここさ」
 俺は親指で後頭部を指してみせた。
「おまえが与えてくれた力、冥王の力。これがあれば、少しずつでもこの世界を変えていけるんだろう? 俺は冥王の力を使って羅生門の力を手に入れ、必ず羅生門を救ってやる。そのわけわかんねぇシステムからも解き放ってやる。そしておまえを俺の正妻にしてずっと犯し続けてやる。あ、いや、間違えた。愛し続けてやるって言いたかったんだ、うん」
 羅生門はくくっ、と笑った。
「そんなふうに言われては、とても断れぬではないか」
 顔を上げた羅生門は、小さく微笑んでいた。
「それはそうと、だ。羅生門。さっきの話だと、親父が俺に遺した宝具ってのがこの近くにあるんだろ? あいつが俺の身体を使って出てくるってのは気に入らねぇけど、あんなヤツでも先代の冥王ってんだから何かしら役には立つだろうし、できればその宝具回収しておきたい。今から探そうぜ」
「あ、ああ。それは構わぬが、希須加の真意はわらわにもわからないのだ。そなたの身体を乗っ取られるかもしれないのだぞ?」
「一方的に乗っ取られてたまるか。俺が自分を強く持っていれば、なんとかなるだろう」
「それならいいが……」
 羅生門はそれでも不安そうに頷いた。
 早速俺たちは空洞の中を奥に向かって歩き出した。目は慣れたが暗くなっていて先はよくわからない。慎重に、羅生門と手を取り合って進む。
 ぬお、羅生門の手、やぁらけええええぇぇぇぇ!!(・∀・)!! やべ、勃ってきた。これはいかん。羅生門にエッチなことをしたくなる気持ちを押さえつけ、俺は無理矢理真面目な話題に持っていった。
「なぁ、羅生門」
「なんだ?」
「親父はさ、前の冥王だったんだろ? てことはさ、その戦いにも参加したのか?」
「ああ。そして勝った。あやつは羅生門の力を使い、自ら望んで冥府という名の地獄に入ったのだ」
「すすんで地獄に行くなんて、何考えてたんだろうな、あの親父は」
「本当に。あやつの考えることはまったくわからなかった。ところで冥王、そなた、希須加が遺した宝具がどのようなものなのか知っているのか?」
「それがな、そんなもの受け取った覚えがまったくないんだ」
「ぇ……?」
「本当に受け取っていないのか、忘れてるだけなのか……とにかく、それらしいものがないか探してみるしかないな」
「羽、羽夢」
 それからしばらく奥へ向かって歩いていると、やがて少し開けた場所に出た。天井はやけに高く、光が漏れているところがある。
「あそこから地上に出られそうだな」
 俺が見上げていると、羅生門が何かに気付いて指を指した。
「あれを見るのだ、冥王」
 言われたとおりに見てみると、そこは祭壇のようになっていた。
 その中央に、小さな箱があった。
「これは……」
 近寄ってみると、箱には何か文字が刻まれていた。
「どれどれ……『これがほうぐだよ〜ん』?」
「希須加、わらわが気を失っている間にこんなくだらないことをやっていたのか……」
「あの親父がやりそうなこった。とにかく、これが宝具で間違いないみたいだな」
 箱を開けてみると、中からは取っ手のない小さな石額の鏡が出てきた。
「鏡って……これが宝具か」
「それを見ても、何も思い出さぬのか?」
「ああ、まったく覚えがない。なんだこの鏡、裏側に何か彫ってあるぞ。『まっぽうきょう』……親父、こんなものにまで彫って……しかもこれ多分、俺のサバイバルナイフで彫ってるし……」
「わらわの持つ滅法棍からして、末法鏡とでも書くのだろうな」
 そういって羅生門は、漢字を教えてくれた。なるほど、確かにそれなら自然なネーミングになる。
 俺と羅生門が末法鏡を色々と触ったり叩いたりしていると、突然、天井から叫び声が聞こえた。
「コキョオオオォォーーーーーーーーー!!!!」
「な、なんだ?」
「これは……冥王、こっちへ!」
 羅生門に手を引かれて壁まで走っていく。相変わらず柔らかい手で、口に含みたくなってくる。
「なんなんだ今のは?」
「このオーラ……おそらく、羅生門システムの参加者なのだ。そなたの気配を嗅ぎつけて、ここまでやってきたのだろう」
「ってことは、あの上に……」
 俺は天井を見上げる。
 あの向こう側に、倒すべき敵がいる……。
「コッキョォォォオーー!!」
 突如、再度の叫び声とともに天井が割れ、大きな鳥が翼を広げて入ってきた。いや、鳥じゃない。あれは……、
「な、なんだこいつは!?」
 黒い翼を持った、人間だった。