『冥王計画羅生門』第17話「未確認神闘シンドローム」
「コキョオオオオオオォォォォ……」
突如俺たちの目の前に現れた翼人はなんだかよくわからない叫び声をあげ続けている。
羅生門は言った。こいつは羅生門システムの参加者だと。システムの中核を担う羅生門にはなんらかの手段でそれがわかるのだろう。俺にわかるのは、こいつが敵だ、という事実だけだ。
「コキョオオオォォォオオ!」
相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない。
だが、今のところこちらに攻撃を仕掛けてきているわけでもないので、こちらも出方に困る。下手に動けばどうなるかわからない。相手はまったくの未知の生物だ。人間かどうかもわからない。顔は確かに人間然としているが、何よりも背中から生えた大きな漆黒の翼がヤツの異常性を物語っている。
「おい羅生門。あいつ、何て言ってるんだ?」
「わからないのだ。少なくとも米国語や日本語ではない」
「そんなん俺にだってわからぁ」
つうか俺の知る限りどんな外国語でもなさそうだ。ずっと同じ言葉を言い続ける言語なんて聞いた事がない。ということは……。
「なあ、あいつもしかして、親父の言ってたっていう異世界からの危険因子ってヤツなんじゃないか?」
「ま、まさか……しかし、もしそうだとすれば、あの翼にも納得がいくのだ」
羅生門も認めた。もはや間違いなさそうだ。
異世界のヤツとは言葉すら通じねぇのか。まぁ、そりゃそうか。
異世界からの危険因子――名前がわからないので、泣き声から『コキョオ』と呼ぶことにしよう――は、しばらく意味のわからない言葉で叫ぶと、途端に静かになった。
「ど、どうしたんだ、あいつ」
「わからぬ。だが、様子からして何やらこちらを伺っているようなのだ」
だからんなこたぁ俺でもわかるっつうに。
だが様子を伺っているということは少なくともさっきまで叫んでいたことには何らかの意味があったという可能性が高い。
「くそぅ、あいつさっきなんて言ってたんだよ」
俺が言うや否や、コキョオの目が輝いた。
「な、なんだこれは!」
突如、この空間に風が巻き起こった。それも突風だ。吹き飛ばされそうになった羅生門が俺にしがみついてくる。
ぬお。おいまて、そこは俺の股間だ。やべええええええええええぇぇぇぇぇ!!(・∀・)!! というわけで俺には接近する翼人のことなんか見えていなかった。
「ぐわあああぁ!」
コキョオの放ったパンチをもろにくらい、俺は羅生門もろともぶっ飛んで地面に背中を打ちつけた。
「いってぇええ……」
「冥王、大丈夫か!」
「ああ、かすり傷だ。だけどよ、なんかわかんねぇけど、羅生門まで怪我したらどうするんだよそこの翼人! もう勘弁ならねぇぞ!」
完全に火がついた。羅生門を傷つけるやつは俺が許さない。
「そっちがその気だってんなら、俺だって本気でいくぜ」
俺はポケットからサバイバルナイフを引き抜いた。同時に羅生門も滅法棍を構える。
「羅生門、おまえはさがってろ!」
「嫌なのだ! わらわも戦うのだ」
「いいから下がってろ!」
俺の剣幕に、羅生門がたじろいだ。
「これは俺が売られた喧嘩だ。あいつだけは許さねぇ。俺が絶対に倒してみせる」
「め、冥王、だが……」
「本当にヤバイと思ったら、助けてくれ。まだ手出しはしなくていい」
「わ、わかったのだ……」
羅生門はまだ不満そうだったが、俺もいつまでも羅生門に頼ってばかりいられない。
見たところコキョオは武器らしい武器を持ってはいない。さっきのような格闘戦主体のようだ。この程度のヤツを一人で倒せないようじゃ、ここから先の戦いで勝ち残れるとは思えない。
だが、厄介なのはあの翼だ。さっきの風もおそらくそいつで発生させたのだろうし、ヤツは空も飛べる。移動速度も速いだろう。色々と不利な点はある。
だけどそれでも、俺には自信があった。なんといっても俺には冥王の力がある。使いすぎは良くないみたいだが、こんなときにそんな悠長なことは言っていられない。初っ端からフルパワーでいく!
俺は音速を超えた。
いくらヤツとて音速を超えたナイフの攻撃を見切ることはできまい。一気にいただく!
俺はコキョオの胸にナイフを突き立てた。と、確信した瞬間、
「なっ!」
コキョオの膝が、俺の鳩尾に入っていた。
「ぐばああぁっ!」
音速で移動していたのだ。その衝撃は生半可なものではない。俺の身体は跳ね上がり、壁に激突した。
「冥王!」
羅生門が駆け寄ってくる。
俺はナイフを杖になんとか立ち上がった。
そんな……。確かに仕留めたと思ったのに。だが実際は俺が仕留めたと錯覚したのはヤツの残像だった。あいつ、俺に錯覚させるために、わざと寸前まで避けなかったのか……。完全に舐めていた。あいつの移動速度は異常に速い。攻撃を当てるのも、攻撃を避けるのも至難の業だ。
「くそっ……なんでだよ、なんで……」
なんで俺の攻撃が当たらない!?
ナイフを扱う自身はある。リーチは短いがその分使い勝手がよく、ヒットアンドアウェイを得意とする俺の戦闘スタイルにはあっているはずだ。なのになぜ……。
「……」
コキョオを見ると、何も言わずにリズムを取っている。マーシャルアーツの類だろうか。
ふと気付いた。コキョオは戦いが始まってから一言も喋っていない。あくまで冷静に俺の攻撃を読んで、冷静に反撃しただけだ。
その単純さが悔しかった。
俺は口内に広がった血を一気に吐いた。自分の血を見たことでわずかに高揚感に満ちてくる。俺は今、殺るか殺られるかの勝負をしているんだ。相手は強い。俺のナイフ一辺倒の攻撃では一向にダメージを与えられないだろう。だがナイフの利点はその殺傷力にある。当たればダメージはでかい。ならば……。
俺は身構えた。次はこっちの番だ。相手の攻撃を見切って反撃に出る。それが現状、最も有効だと判断したからだ。
コキョオは飛び上がった。その一瞬で、俺の視界から姿を消した。
「――!?」
次の瞬間には、俺は前面から壁にぶち当たっていた。
「がはぁっ!!」
壁から身体を引き剥がし、情けなく地面に倒れこむ。
い、いつの間に後ろに回りこんでやがったんだ……。反撃の隙すらも与えてはくれなかった。
目の前が真っ暗になる。こいつには勝てない。勝ち目なんかない。
そう思い、戦意喪失しそうになったそのとき、
「冥王」
羅生門が、脱力しそうになる俺の腕を支えてくれた。
「一緒に、戦うのだ」