第3話「holy naight, lonely night」


 今日は家に羅生門が遊びに来る。プルのオランダ妻とかプルツーのオランダ妻とかリィナ型自動人形とかを解体して片付け、たっぷり一時間かけて掃除をしてもてなす準備は万端だ。
 そう、今日はクリスマスなのだ。イヴの夜をバイトに費やした俺の悲しい心を羅生門が癒してくれるというのだ。
 おっとこうしてはいられない。羅生門が来るのは午後9時。もう午後8時を回っている。ドラッグストアが閉まる前に買い物をしてこなければ。羅生門はコーヒー牛乳が好きだと言っていたから雪印のコーヒーをパックで買っておかねば。あと避妊用にスキンを買うのも忘れずに、と。よし、これで準備は整ったな。
 帰宅して時計を確認。午後9時5分前だ。もういつ来てもおかしくはない。心の準備をしておかないと。
 俺が念入りに深呼吸をしていると玄関のチャイムが鳴った。鳴ったと思ったらドアの向こうから爆音が響き、ドアがぶっ飛んだ。
「なっ……何事だ! というか何者だ!」
 煙が消え、そこに立っていたのは……やはり羅生門だった。
「ふん。わらわがわざわざ訪ねてきてやったというのに、施錠をしておるとは無礼なヤツだ」
「て、てめぇ! なら鍵だけ壊せよ! ドアがなくなったら部屋の中が寒いだろうが!! ってなんかツッコミどころ間違ってる気がするし……」
「わらわはこの寒空の下、歩いてここまで来て凍えそうなのだ。そのような細かいことなどに構ってはいられなかったのだ。ほれ、さっさと冷たいコーヒーを用意するがいいぞ」
「くそ……本当にコーヒー用意したら飲めないお子様が生意気言いやがって……」
 憎まれ口を叩きつつも、俺は冷蔵庫に用意してあったコーヒー牛乳のパックを開け、清涼感のあるガラスのコップに注いで氷を二つ入れて出してやった。羅生門は瞳を輝かせて少しずつ飲み始めた。
 そうやってしばらく何も話さずに時間が過ぎた。俺は手持ち無沙汰になってテレビをつけた。どのチャンネルでもクリスマスにちなんだ番組が放映されている。だがまったく頭に入ってこない。横にいる羅生門のkとが気になって仕方がない。
「な、なぁ羅生門」
 俺はたまらなくなって声をかけてみた。
「なんだ?」
「腹、減らねぇか? ピザか寿司でも出前取るか? 今日はクリスマスだしな、奮発してやるよ。ほら、チラシテレビの上にあるから」
 そう言って立ち上がろうとすると、それを羅生門が制した。
「冥王。今日はそなたにゆっくり過ごしてもらうために来たのだ。だからそなたは座ってテレビでも見ているがよい。夕食はわらわが作ってやろう。少し遅いがそなたの腹は大丈夫か?」
「あ、あぁ、俺も腹ペコだが……って羅生門、おまえ料理なんかできるのか?」
「つくづく失礼なヤツだなそなたは。わらわは米国で何年も一人暮らしをしておったのだぞ。向こうはパン食ばかりでかなわぬからな。日本の実家から送ってもらった米中心で自炊をしておったのだ」
「へ、へぇ〜」
 なんだか、羅生門を見直した。こいつは、俺が思っていた以上にしっかりしたヤツなんだなと思った。
 羅生門は自分の鞄からエプロンを取り出した。最初からご馳走してくれるつもりでここに来たらしい。なんて嬉しいことだろうか。
「あ……ちょっと待て羅生門」
 俺は頭に一つの事が思い浮かび、エプロンをつけようとしている羅生門を制した。
「なんだ? 材料なら適当に見繕ってきたから心配はいらぬぞ」
「い、いや、そうじゃなくて……どうせエプロンをつけるなら裸になって……」
「なっ……」
 たちまち羅生門の顔が真っ赤に染まっていく。
「な、なにを考えておるのだそなたは! そ、そのようなことをしたら、飛び散った脂が素肌に触れたときに熱いではないか……」
 もう最後の方はうまく聞き取れないほど消え入りそうな声だった。必死で拒絶する理由を探している姿があまりにかわいらしい。
「じょ、冗談だよ。本気にするなって」
「むぅ、そなたが言うと冗談に聞こえぬのだ」
 一度こちらをジトリと睨んでから、羅生門は今度こそエプロンを身に着けた。そしてキッチンに向かう前にこちらに尋ねてきた。
「米は炊けておるのか?」
「おう、炊飯器に3合ほどあるぜ」
「ふむ。ならば20分ほど待つがよい」
「何を作ってくれるんだ?」
「それは出来上がってからのお楽しみというものだ」
 そして待つこと20分。俺を待っていたのは鮮やかな焼き色を加えられた米と、それを彩る野菜とスープだった。
「出来たぞ。羅生門特製あんかけチャーハンだ。野菜もふんだんに使ったから身体に良いぞ。少々にんにくを加えておるからそなたの仕事疲れも緩和されるだろう。スープには麻油を使用して岩海苔を入れておいた。風味が良いから味わって飲むのだぞ。キムチチャーハンとどちらが良いか悩んだのだが、そなたは中華は嫌いではなかったか?」
「あ、あぁ。中華はどっちかといえば好きだな」
「そうか。ならば良かったのだ」
 料理のことになると羅生門は饒舌になった。それなりのこだわりがあるのだろう。
 味はといえば、かなり美味かった。流石は米料理が得意と自負するだけあって、硬くなりかけていた昨日の米をここまで美味しく加工されると感動で涙が出そうになる。
「ど、どうしたのだ? にんにくのにおいがきつかったか?」
 羅生門が心配してあわててハンカチを俺の頬に当てる。あぁ、俺ほんとに泣いてたのか。
 いやしかし羅生門はかわいい。普段の横柄な態度とこういう女の子らしさとのギャップもまた良いものだと思える。
 料理をすべて食べ終わると、羅生門は食器を洗い始めた。
 俺も手伝うと言ったが、二人でやると効率が悪いと言われ、おとなしくテレビを見ている。
 ふと、キッチンで皿を洗う羅生門のほうを見る。まだ年端もいかない少女が、俺のために汗を流して料理を作ってくれたのだ。そのことに素直に感謝し、感動を覚える。
 俺の足は自然と立ち上がっていた。
 背後から羅生門に近づき、その姿を、そっと抱きしめた。
「わっ。な、なにをするのだ冥王。危ないではないか」
 羅生門の声が耳に届く。
 俺は何か言おうとした。言おうとしたのだが、意思は声になってくれなかった。
「め、冥王? そなた……」
 俺は泣いていた。羅生門の髪に顔をうずめ、泣きじゃくっていた。
 羅生門は何も言わずに、皿を洗っていた手を止め、濡れたままで後ろ手に俺の頭を撫でてくれた。優しく、撫でてくれた。



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