第5話「聖夜に聖人を呪え」


 しかし最近の日本語の乱れには俺も危機感を覚えるばかりだ。俺の同年代の人間でさえ、もはや何語を喋っているのか時々わからなくなることがある。
 ある日、バイトの後輩(同い年)が訊いてきた。
「何かスポーツやってはったんですか?」
 彼は根っからの野球部員で、今年のドラフトで阪神から○位指名された○○選手の後輩というだけあって、かなり礼儀正しく、声もはきはきしており、俺に対しても同い年だからとタメ口になったりせずにきちんと敬語を使ってくれる。
 だが、彼は気を許した相手には口調が崩れてしまうという特徴を持っている。
 俺は答えた。
「スポーツか。卓球をちょっとやってたけどなぁ」
「卓球っすか、あれ闇で超ムズいっすよね」
 『超ムズい』の部分はまぁ流してやってもいい。だが『闇で』ってなんだよ『闇で』って。せめて『密かに』とか『意外と』とか言えんのか。それだとまるで卓球がなんだかいかがわしいスポーツのように思えてくるではないか。そう、ポイントを入れられたら一枚ずつ服を脱いでいくような脱衣卓球……い、いかん、このことを羅生門に報告して今日の議題は「日本語の乱れについて」とするつもりだったのに、こんなことを考えてしまったらもう羅生門と脱衣卓球をするしかないではないか。
 そして俺は今日も羅生門を家に呼んでいた。
「というわけで羅生門、今日は卓球をしよう」
「いきなりなヤツだな、冥王。何を考えておるのだ?」
「なに、スポーツで爽やかな汗を流して、その後に淫らな汗を流そうと思ってな」
 俺がそう言うと、羅生門は少しだけ声のトーンを落とした。
「そ、そなたのそういう素直なところは嫌いではない。だ、だがそれと卓球になんの関係があるというのだ」
「あれ? 羅生門、まさか脱衣卓球を知らねぇのか?」
 俺はさも意外そうに言った。すると羅生門は頭上に?マークを108個ぐらい浮かべた。
「脱衣卓球? 字面から察するに、とてつもなくいかがわしいもののような予感がするのだが……」
 流石は米国帰り、鋭い。
「なにを言っているんだ、それは偏見と言うものだぞ羅生門。固定観念はおまえが最も嫌うものの一つじゃなかったか?」
「むぅ、た、確かにそうだが……ではその脱衣卓球とは一体どのようなものなのだ?」
「まぁ羅生門は何年も海外で暮らしていたから知らなくても無理はないかもな。脱衣卓球ってのは3年ほど前から日本で流行りだした、新しいカタチのスポーツだ」
「な、なるほど。道理でわらわが知らないはずだ」
 もちろん嘘八百である。
「基本的なルールは普通の卓球と同じで、規定ポイントを先に取ったほうがセットを獲得する。あ、そうそう、何年か前から公式ルールが21点先取3セットマッチから11点先取5セットマッチに変わってるから、脱衣卓球でもそれに準拠している」
「ふむふむ」
「このルールの変更によって卓球というスポーツは変わった。羅生門、どこがどう変わったか、わかるか?」
「21点先取が11点先取に変わった……ということは1点がそのセットに与える影響は約二倍だ。つまり、1点の重みが変わったということだな?」
「ご明察。流石は羅生門だな、えらいぞ」
 俺は羅生門の頭を撫でてやった。柔らかな髪を触っていると心地よいが、羅生門は怒って抗議してきた。
「子供扱いするなと言っておろう。さっさと続きを話すのだ」
「わぁった、わぁったって。羅生門の言うとおり、今の卓球は昔よりも1点の重みがはるかに大きいんだ。そこで日本闇卓球協会はある考えを提唱したんだ」
「とてつもなくあやしい組織だなそれ」
「そこは聞き流してくれ。その考えとは、選手の1プレイにかける集中力を増すことを目的として提案された。それがこの脱衣卓球なんだ」
「具体的にどういうものなのだ」
「なぁに、ルールは単純だ。1点入れられるごとに服を一枚ずつ脱いでいくんだ。そうすることによって脱ぐまい、点を入れられるまい、と1プレイに対する集中力は増すだろ?」
「結局字面どおりではないか……そもそも、10枚も服を着ないだろうが」
「確かに、普通は5点ぐらい入れられた時点で完全に裸になってしまうな」
「それ以降の試合はどうするのだ。まさかそれしきのことで棄権などすまいな」
「流石は羅生門だ。そんなことで諦めるなら最初から脱衣卓球なんか参加しないよな。完全に裸になってもなお点を取られた場合、お仕置きオプションというものが待ち受けている」
「なんなのだそれは?」
「相手の言ったとおりの状況下でプレイすることだ。たとえば左手を後頭部に固定してプレイ、とかな」
「それでは負けるほどに不利になるではないか」
「その通りだ。脱衣卓球はシビアなシステムなんだよ」
「むぅ……シビアな世界なのだな、闇卓球界は」
 羅生門は俺の話をすっかり信じ込んでいる。ここらへんはまだまだお子様だな。
「というわけでだ。今日は脱衣卓球の先輩である俺が、これから脱衣卓球の世界へ飛び込もうという羅生門に、基本を教えてやろうと思ってな。で、卓球をしようというわけだ」
「わらわはそのような宣言をした覚えはないが……まぁよかろう。そなたがやりたいというのならば、わらわはそれに付き合おうぞ。神聖なクリスマスに卓球というのもまた、キリストを呪う上では効果的やもしれんしな」
「だろ?」
 正直、キリストどころか今日がクリスマスだということすらも忘れていた。まぁ今となってはそんなことはどうでもいい。
「よっしゃ、じゃあ早速近くの体育館貸切にしに行くか。羅生門、おまえの運動着はすでに用意してあるぞ」
「随分準備が良いではないか。そなた、なにを企てておる?」
「疑り深いな、羅生門は。ただの親切心だって」
「そうか? そういうことならば、喜んで受け取っておこう」
 態度はふてぶてしいが、羅生門はどこか嬉しそうだった。そんな羅生門の姿を見て、俺も嬉しくなる。
 ポケットに手を入れて、中にあるものの感触を確かめた。思わず口の端が緩む。羅生門へのクリスマスプレゼントにとバイト明けに買っておいた、ピンクローターの感触に。



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