第6話「神の不確かな音」


 而して俺と羅生門は卓球を始めた。羅生門には俺が高校時代に使っていたラケットを貸してやったが、これがまたとんでもなく下手糞だった。
 まずは準備運動にとラリーを始めたが、2往復以上続かない。本気で卓球をやったことすらないんじゃないかと思わせる。それを訊いてみると、
「失礼なことを言うなそなたは! 米国に渡る前に、ちょっとぐらいはやった事がある。今はまだ感覚が取り戻せていないだけだ」
 と怒られた。
 羅生門の言い分もわかる。卓球ってのは、しばらくやっていないとコツを思い出すのにちょっと時間がかかってしまうのだ。
 なにはともあれ、練習は終わりだ。そろそろ本番と行こうか。
「よっしゃ羅生門、そろそろ試合やろうぜ」
「羽、羽夢。望むところだ」
「わかっているとは思うが、1点取られるごとに1枚ずつ脱いでいくというルールだからな」
「わかっておる。武士に二言はない」
 羅生門は武士だったのか。道理で大層な名前をしている。
「そんじゃサービス俺からな。よっ」
 俺は真上に球を高く投げ上げた。球は最高点に達し、自由落下を始める。
 ……今だ!
 俺は肩のリミッターをはずした。
「秘技! 脱臼サーーーーーーーブッ!!」
 炎は縦に氷は横に、俺が放ったサーブはその軌跡を台上に描いていく。
「ひっ」
 あまりの凄まじさに、羅生門は小さく悲鳴を上げた。ラケットは差し出すことしかできていない。むろん、当たったところで球が返ってくるはずもない。
 こんこんこん。
 遠くに飛んでいった球が転がる音が体育館中にこだまする。
「よっし、俺のポイントだ。さぁ羅生門、脱げ」
「う、うぅ……卑怯なのだ、冥王。さっきの練習のときはあのような技、見せなかったではないか」
「敵に手の内を明かすかよ。ほれとっとと脱ぎな。それとも俺が脱がせてやろうか?」
「むぅ、わ、わかったのだ」
 ついに羅生門がそのヴェールを脱ぐ。
 そう考えると俺のフェイドゥムは一気にいきり立った。
 羅生門が着ているのは俺が貸してやった真っ赤な上下のジャージだ。その下はもちろん下着。どうせまだワイヤーも入っていないような幼いブラジャーを着けているのだろう。考えただけでもイきそうだ。
 だが羅生門は予想外の行動に出た。なんと、靴下だけを脱いだのだ。
「な、て、てめぇ……」
「これとて衣類であることに違いはあるまい。ルールは破っておらんぞ」
「へへへ、いいだろう。この俺を舐めたことを後悔させてやるぜ!」
 俺は本気になった。本気の前に羅生門はあまりにも弱すぎて、あっという間に下着姿にまでひん剥いてやった。ピンク色の上下セットの下着がひどくかわいらしい。あと一枚だ。なんか羅生門は上下左右セットで一枚だと勘違いしているらしく、靴下も左右同時に脱いだし、ジャージも上下同時に脱いだ。俺にとっては好都合なので黙っておいた。まぁともかく、裸にするまであと1点入れればいいということだ。
 と思ったがこれがなかなか難しい。さっきからラリーが続いているのだ。
 本人が言ったとおり羅生門にはどうやら卓球の経験があるらしく、だんだんとそれらしい動きをするようになってきたのだ。逸れに対して俺は、さっきから前かがみになってしまって上手くプレーする事ができないでいた。
 それでも相手はまだまだ稚拙なプレーだった。甘い球が来たので即刻スマッシュで返すと、羅生門は足をもつれさせて転んだ。
「う、いたたた……くそ、負けてしまったのだ」
「まだ3対0だぜ? 勝負はこれからだ」
 俺は追い討ちをかける。
「さぁ、下着も脱いでもらおうか」
 羅生門はもう何も言わずに、もじもじとしながらゆっくりと上下の下着を脱いでいった。徐々に露になる少女の部分が、俺の脳髄を激しく刺激する。
 小さく、あまりにも控えめに主張する胸。
 その先端にある、まだ周囲の肌と区別がつかないほどの淡い桜色に染まった乳首。
 そして何も生えていないまっさらな部分。その中央にある秘裂。
 そのすべてがまぶしく、いとおしすぎた。
「それじゃ次のプレイ、行くぜ?」
 俺はサーブを打った。
 もはや羅生門は、疲れと羞恥によって満足に動けないでいる。
 当然のことながら、俺のサーブは羅生門の横を素通りしていった。
「俺の、勝ちだな」
 ポケットに手が伸びる。買っておいたピンクローターの所在を確かめた。
 羅生門は顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声で言った。
「お、お仕置きを……いうのだ。う、どうすれば……いいのだ……ぐすっ」
「ら、羅生門……?」
 羅生門は泣いていた。唇をわななかせ、鼻をすすりながら泣きじゃくっていた。
 俺はその姿を見た途端、何故だか遠い昔のことを思い出した。まだ小さい頃の話だ。あの頃の俺は運動神経ゼロで、何をやってもパッとしない男だった。そんなある日、卓球に興味を持った。始めてみればそれはおもしろいスポーツだった。そして俺は気付いたのだ。スポーツに必要なものは基礎体力でもそのスポーツ独特の技術でもない。ミスをしてもその直後のプレイですべてを無理矢理にでも挽回しようとする気迫と精神力である、と。基礎体力や技術はそのうちついてくるものなのだと。小さい頃は運動ができなくてよく馬鹿にされたものだ。近所で野球の集まりがあったときはいつも8番レフトだった。だが卓球を始めてからは違った。無理をするようになったのだ。そうすると、スポーツが今までとまったく違ったものに見えた。野球をするときにも、次は高めで来る、と思っていて低めが来ても、諦めずに無理矢理にでもバットを低めに持っていく事ができた。諦めない、ということによって、物事を広く見る事ができるようになったのだ。すべては卓球に出会ってからの変革だった。
 今、目の前の羅生門はその卓球において、壁にぶち当たってしまっている。羅生門の泣く姿を見て、俺はそこに、遠い昔の馬鹿にされていた頃の自分の姿を重ね合わせたのだ。
 俺の前ならばまだいい。他の人間の前で、羅生門をこんな惨めな目に遭わせたくはない。俺は心からそう思った。
「……羅生門」
 だから俺は言った。
「服を着ろ」
「え……?」
「下着もジャージも、もちろん靴下もだ。試合は一旦中止だ。これから俺がおまえを鍛えてやる。俺以外の誰にも、絶対に負けないようにな」
 ポケットの中で握り締めた拳をゆっくりと開く。取り出した手に握られているのは卓球の球。ピンクローターはまだ、おあずけだ。



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