桜の季節 現代浪漫編 第二話「阿沙加と真陰、その確執<午後の部>」

 

 昼休み。

陽由真や真陽たちは1時間近くあるこの時間を利用して昼食をとっている。

「・・・・はぁ。」

 陽由真は屋上で一人寂しく食堂で調達してきた調理パンを食べている。

「遅刻して高知教授にどやされるわ、真陽は女友達とどこかに昼食べに行ってしまうわ、もしかして今日の運勢は最悪なのか?」

 一人愚痴をこぼしながらパンを黙々と食べる陽由真。そんな彼に後ろから近づく影があった。

「!誰・・あ。」

「よっ、神崎。元気かァ?」

 親しげに話し掛けてくる男、それは、

「有馬!」

 そう、この男は陽由真を運命と絆に目覚めさせるきっかけとなった人物である、花魔術研究会の部長である。

「どうしたんだ、こんなところに。」

「いや、探したんだぜ。ほら、あのレポート。読んだんなら返してもらおうと思ってさ。」

 レポートというのは、あの真陰が書いたという、花魔術研究会○秘レポートのことである。

「一応、俺も部長だし、あのサークルの昔についてあれを読んだら何かわかるかもしれないって思うんだよ。」

「そうか。うん、返すよ。・・あ、でも、あれは家に置いてきたなぁ。」

「何?なぜあんな神々しいものを肌身離さずに持っておらんのだ、神崎ィ!」

「す、すまなかったって。・・そうだな、昼休み終わったら部室で待っててよ。僕、午後の講義今日はないから、取りに帰って部室のほうへ直接持っていくよ。」

「え、そんなに気を遣わんでも・・。って、あ!俺の午後の講義はどうしろってんだ!」

「どうせサボるんだろう?」

「へへ、よくお分かりで。」

「じゃ、そういうことだから、ひとっ走り行ってくるよ。」

「おぅ、さんきゅぅな!」

 そういって別れを告げると、陽由真は家に向かって歩き始めた。

「今日は結構時間があるから、レポート届けたら花魔術研究会で有馬の相手でもしてやるかな〜。」

 

「う〜ん、もう何回寝たかしら・・。」

 真陰が10回目の目覚めを迎えた。

「以外に退屈なものね・・・・。」

 ふらふらと歩いていると、真陰はふと陽由真の部屋へ入り込んだ。

「?・・・・これは・・。」

 陽由真の机の上にあった小冊子を見つけてやっと真陰は目が覚めたという感じになった。

真陰が手にしたもの、それが花魔術研究会○秘レポートだった。

「あぁ、これか・・。こんなのも書いたわね。」

『・・・・!』

「!?」

 一瞬だけ、また阿沙加の気配がしたような気がした。

(まさか、このレポートに反応しているの?何故・・・・?・・そういえば・・!)

 思ったが早く、真陰は早速着替え始めた。

「昨日、デパートのバーゲンに行っといてよかったわね。さすがにパジャマで外に出るのは嫌だからね。」

 ものすごくおばさんくさいことを言う真陰。

(これで・・・・阿沙加と話す機会をもてるかもしれない。)

 一筋の希望を胸に真陰は家を出た。

 

 ちょうどそのころ、陽由真は家に向かっていた。

「ふぅ、さすがに往復となると歩きじゃ結構つかれる・・。」

 言いながら、額を流れる汗をハンカチで拭う。

もう春なのだが、ここのところ暑い日が多い。

雨の降った次の日などは、初夏の暑さに等しいものもある。

「そういや、昨日、真陰が言ってたな。今は桜の精が機能していないから、春が来ないって。だから、代わりに夏が来ようとしているって。この異常気象はそのためか・・。やっぱり、一刻も早く問題を解決しなきゃならないのか。」

 そんなに躊躇している暇はない。

そう思いながらも、折角苦労して手に入れた大学生活。

それを満喫する陽由真にとっては、自分を非現実の世界へ突き出すことはなるべくなら避けたかったはずだ。

 しかし陽由真はもう逃げられないところまで来てしまったのだ。

愛する人々、大切な人々を護るためにも、陽由真は今、頑張らなくてはならないときを迎えている。

 

  於 花魔術研究会部室

「あぁ〜、神崎、遅いよなぁ。」

 有馬は一人で愚痴をこぼしていた。

「あぁ、でも、あのレポート、一体どんなにすごいことが書かれているんだろぅ〜。楽しみだぜ〜。・・・・。」

 自分の声が部屋の壁に反射されてこだまする。

それを聞いた有馬は、少し寂しい気分になった。

「はぁ、ここも寂れたもんだな・・。先輩達がいるころはまだ活気があったんだが・・。俺がこの大学に入ってから、俺以外には一人も部員が・・・・あれ?・・・・なんか、誰かいた気がするんだが・・・・気のせいか・・?」

 かすかに記憶はあるみたいなのだが、どうにも身に覚えがない。

有馬はそんな感覚に襲われた。

「あっれ〜?誰だったっけ、あの人。」

コンコン

「でも、一体なんでこんなこと急に思い出したんだ・・?」

ゴンゴン

「う〜ん、わからん。」

「・・・・だれか、いる?」

「えっ?」

 有馬は今までドアが叩かれていることに気がつかなかった。

そしてドアの前に立っている者の声を聞いたとき、なにか不思議な感じがした。

(この感じ・・・・なんだ?)

 そう思いながら、折角の来客と思い、有馬はそのドアを開けた。

「ごめん、ちょっと考え事してて・・。」

 ドアを開けて、そこにいた女の子に話し掛ける。

そこに来ていたのは、真陰であった。

「えと・・あなたがここの部長さん?」

「え、あ、あぁ。そうだけど。」

 真陰は少しの間、どう言うか迷って言った。

「あの、少し、この部を案内してもらえると嬉しいんだけど。」

「あ、あぁ!いいよ。案内するほどおっきなもんじゃないけど、そういうことなら喜んで。」

「そう、ありがとう。」

「じゃ、入ってそこのイスにでも座って。コーヒーでも入れるから。」

「ありがとう。」

 真陰を通してその後姿を見る有馬に、また不思議な感じがした。

さっきよりはっきりと。

(あの娘・・・・もしかして・・・・。)

 有馬の頭の中に、一つの仮説が出来そうだったが、これ以上は考えがまとまらなかった。

有馬は迷ったが、ここは来客を手厚くもてなそう、とだけ思った。

 同じくコーヒーを煎れる有馬の姿を見て真陰にも思うことがあった。

(あの人が・・阿沙加を変えてくれるかもしれない・・。)

 そう思って、コーヒーを楽しみに待った。

「はい、お待たせ。」

「ありがとう。」

「ところで、どうしてまた急に花魔術なんかに?」

「あ、うん、実はこれを・・。」

 そういって真陽は花魔術研究会のレポートを取り出した。

「そ、それは・・・・。」

「これを、返しにこようって思って。」

「え、君、もしかして神崎の知り合いか?」

「神崎・・陽由真のこと?」

 有馬は頷いた。

「えぇ、そうよ。」

「なぁ〜んだ、そういうことか。神崎の奴、こんな女の子に返しに来させるとは、まったく・・。」

「え、私が勝手に来ただけなんだけど・・。」

「え、そ、そうなのか・・。」

 それからしばらく、有馬と真陰は花魔術のことや陽由真のこと、自分たちのことについて話し合った。

有馬本人はことことについてはっきりとは気付いていなかったが、真陰の語尾が上がらずに伸ばされない口調、物静かな雰囲気、純和風な顔立ち、さしずめ大和撫子とでも言おうか、そのすべてに有馬は自然と惹かれていった。

 二人での話は、おおかた二人とも楽しんでるといった感じだった。

「それでさ、その後なんだけど・・・・。」

ぐぎゅるるるるる〜〜〜〜

 急にものすごい音が有馬の腹から聞こえた。

「う・・・・。」

「だ、大丈夫なの?」

「ちょっと、腹へって来た。君は?」

「あ、私も。昼食べてないから。」

「なら、学食に行かない?おごるよ。」

「え、そんな・・。」

「遠慮しないで。」

「じゃ、お言葉に甘えて。」

 真陰がそう言うと、有馬は喜んだ風になって真陰の手をひいた。

『・・・・。』

 手を握られた瞬間、また、阿沙加の気配が感じられた。

(やっぱり・・この人なんだ。さぁ、阿沙加・・・・出ておいで・・。)

 真陰は自分の力で無理矢理阿沙加を表へ出そうとした。

それ以後、自分での制御はほぼ効かなくなり、こんな危険なことは普段の真陰ならば絶対にしないのだが、今のこの状況、有馬と一緒なら安心だと思ったからそうしたのだ。

 そして今、阿沙加が真陰の表側へ出てきた。

(そして・・私はこれから・・何を・・?)

 

  於 小泉総合病院205号室

タタタタタ

 看護婦が走る音が昼下がりの廊下にこだまする。

「院長!大変です!!」

「どうした!?」

「植物人間状態の患者が点滴中に・・・・急に起き上がったんです!」

「何!?」

ドタタタタ

 騒がしい病院の一室、205号室で、一人の少女が今、目を覚ました。

少女の瞳は、窓の外、遠い大学の太陽桜に向けられていた。

「阿沙加・・・・ちゃん。」

 

(何?この感じ・・・・。)

(何だ?前にも覚えがある、この感じは・・。)

 真陽と陽由真も、太陽桜に導かれるままに走り出した。

 

 そのころ、有馬と真陰の表に出た阿沙加は学食で昼食をとっていた。

(私の前にいる、この男・・。覚えがある。確かあの時・・・・。)

 

 あの時、それは、真陰がこの時代に降りて間もないころ、小泉大学にちょくちょく顔を出していたころだ。

そのときの花魔術研究会には、まだ卒業前の回生たちもいて、それなりに賑やかな部活だった。

 兄がこの部活の部員であった有馬 幸次郎は、兄・幸一郎によく連れて来られていて、一緒に部活を楽しんだ。

真陰は、そのころに、花魔術研究会の部員になりすましていたのだ。

だからそのときに、真陰と有馬に接触があったのだ。

いや、正確に言うと、有馬と真陰の接触はほぼなかったのだが、有馬と阿沙加の接触が多かった。

なぜか有馬を見ると、阿沙加が表に出たがるのだ。

そのたびに真陰は、仕方がない、と思い、阿沙加を出してやった。

 そのせいで、今では不意に阿沙加が出てきたり、阿沙加が自分の意思で出てくるようにもなっているのだ。

逆にいえば、そのお蔭で、今回のような『阿沙加を出す』などというようなことができたのだ。

 

「ねぇ、どうしたの?」

「はっ・・。な、何だ?」

「え、いや、ボーっとしてたからさ。どうしたのかと思って。」

「い、いや、なんでもない。」

 お互いに互いのことを恥ずかしがって、うまい具合に話すこともできないでいた。

「そ、そういえばさ・・」

「?」

 突然、有馬が阿沙加に提案を持ちかけた。

「俺たち、まだ自己紹介してなかっただろ?俺は、有馬 幸次郎。君は?」

 知ってる・・。あなたのことは知っています。

そう言いたい気持ちを押さえつけながら、勝手に自己紹介した有馬に自己紹介をした。

「私は、私は・・・・。」

 名前。何の名前を言えばいいんだろう。

「私は、春月 阿沙加。よろしく。」

 それが精一杯の自己紹介だった。

阿沙加は真陰の記憶をたどって最後に使った偽名を使ったのだ。

それに、『あの時』の真陰も名前は阿沙加で通っていた。

真陰が阿沙加の事を考えてそうしたのだ。

(真陰・・・・。あなたは・・。)

「阿沙加!?」

 有馬はそのときようやくすべてを思い出した。

昔出会ったことのある阿沙加、そして、花魔術研究会○秘レポートの筆者である、阿沙加。

「君だったのか・・。あのときの・・。それに、あのレポートも・・・・。」

 レポートは実際には真陰が書いたものなのだが、この際阿沙加にとってはそんなことどうでもいいのだ。

「覚えていて・・くれた・・?」

「あぁ、もちろん。久しぶりだな。」

 その事実が嬉しくてたまらなかった。

そう、有馬は、阿沙加の初臨以来の初めての恋の相手なのだから。

《はぁ、阿沙加もウブなんだから・・・・。》

 阿沙加の意識に聞こえないような小さな意思で、真陰は中でつぶやいた。

《それにしても、今回の阿沙加を出したことは随分と計算外のことが起こったわね・・。まさか真由が目覚めるなんて・・。》

 

 太陽桜の下。

陽由真、真陽、そして戻った真陰、有馬がそろった。

「な、なんで有馬までここに?」

「あぁ、阿沙加にこのレポート、返してもらったんだよ。」

「阿沙加?」

 陽由真がそう言うと、真陰は有馬に見えないように人差し指を唇に当てて、『静かに』のポーズをした。

「あ、あぁ、そうか。えっと、阿沙加、返してくれてありがとうな。」

 陽由真は真陰に向かい、ぎこちない礼を言った。

「それじゃ阿沙加、俺はこれで。」

「うん。さよなら。」

 二人の様子を見て、陽由真と真陽はただ呆気にとられるばかりだった。

「どうしたの?真陰。今の・・。」

 陽由真よりも先に真陽が問い掛けていた。

「ふふ、こっちの事情。」

 とだけ言って、そっぽ向いてしまった。

「・・・・変なの。」

 同じ女性同士、何か通ずるものがあるらしく、二人で可笑しそうに笑っている。

「はぁ、じゃとりあえず帰って・・・・」

ティッティッティッティッティ―――

「あ・・・・。」

 真陽の電話が鳴った。

ピッ

「はい、もしもし・・・・。」

 真陽が受け答える。

その様子を見守る陽由真と真陰。

真陰のほうはもうどんな内容の電話か見当がついているようだった。

しかし陽由真はどうしたんだろうと見ている。

「・・・・!!はい、はい・・・・はい、すぐに行きます!」

ピッ

 電話を切ると、真陽は急に興奮しだして陽由真に言った。

「ね、ねぇ、ひゅーま・・・・。ひゅーまぁ。」

「ど、どうしたんだ、真陽・・?」

「あのね、あのね・・。真由が・・・・。」

 

「おねえ・・・・ちゃん・・。ひゅーま・・さん。」

 205号室の少女は徐々に自分の意識を取り戻してきていた。

ここがどこで、自分が誰なのか、わかるようになった。

 そして、人が来るのを待っている。

大切な人が・・・・。

「ま・・・・いん・・ちゃん・・・・。」

 

                        現代浪漫編 第四話へつづく