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最新更新(7月25日)
小説『冥王計画羅生門』第19話UP!!


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それは舞い散る桜のように






日記はトップが重くなってきたら適当にもねもね。
2006年4月9日午前2時11分

冥王計画羅生門第38話「インターセプタ4・明日この街が灰になっても」


 目の前には宿敵がいる。
 だがひでは、横で崩れ落ちている友人をほうっておく事ができなかった。
「あ、あぁ……ナトリ……」
 見てはいられない。
 巨大なロボットに乗って飛び去っていった少女とどういった関係にあるかはわからないが、あれが神崎が探していた人物に間違いはないだろう。
 少女は自分の意思で去っていった様子だった。つまり、神崎にとっては突き放されたも同然ということだ。
 ……それは確かに辛いでござるな。
 だから彼は、友人のもとに膝をついた。
「神崎殿」
「ひ、ひで……俺……」
「しっかりするでござる、神崎殿!」
 よく通る声でひでが一喝。神崎ははっとしたように目を開いた。
 それを見たひでは軽く息を漏らして笑う。
「その目がいい。おぬしはその目をしているほうが好ましいでござるよ」
「ひで……」
 そこへ、
「ひでー。はやいよみんなー」
 遅れてゆずゆが追いついてきた。
 ……む。
 これはまずい、とひでは思った。
 敵は真の力を解放している。この場にゆずゆがいては巻き込まれる可能性がある。最悪の場合、人質に取られることもあり得る。
 ……あの者の場合、それはないと信じたいでござるが。
 だが、絶対にないとは言い切れない。保護者として、ゆずゆを危険な目にあわせるわけにはいかない。それに、
 ……ふふ。ゆずゆには、殺し合いをする拙者を見られたくないでござるからな。
 先ほどからゆずゆを先に帰そうとしていた本音はそこにあった。
 ……なれば。
 去っていった少女の心持ちもわかろうというもの。
「……ならば、答えは一つでござるな」
「ひで?」
 ゆずゆがひでの脚にしがみついて見上げてくる。
「神崎殿。もう一度願いたい。ゆずゆを連れてこの山から脱出をしてはくれぬでござるか」
「え……」
 神崎が顔を上げると同時、
「やー。やだっていったでしょー」
 ゆずゆが甘い声でわがままを言う。
「ゆずゆ」
 今度は本格的にしゃがみこみ、視線の高さをゆずゆに合わせ、ひでは言う。
「拙者はあの者を知っている。そして出会った以上、戦わなくてはならない。それが男というものでござる」
「う、うん」
 ひでの剣幕に圧倒され、仕方なくうなづくゆずゆ。ひでは更に、
「だが拙者はゆずゆの保護を引き受けた身。ここでゆずゆを残して、ゆずゆにもしものことがあったら、拙者は自分で自分の腹を切らないとならなくなるでござる。それはゆずゆも嫌でござろう?」
「……うん」
 卑怯だよ、そんな風に言うなんて。と、ゆずゆは思っているだろうか。だが、これが今のひでにできる精一杯の優しさだった。
「大丈夫でござる。今生の別れではない。必ずすぐに迎えに行くので待っていてくれるでござるか?」
「うん、わかった。でもかえってきたら、まってたゆずゆをほめてくれる?」
「もちろんでござる。土産に団子でも持ち帰るでござるよ」
「うん、なら、いうこときく」
 ゆずゆはわかってくれたようだ。さて、あとは。
「神崎殿。ゆずゆの脱出はあくまで『ついで』でかまわないでござる。山を出てゆずゆを安全な場所へ送り届けたら、あとは自分の目的を果たすでござる」
「俺の目的……?」
「あの少女を探していたのでござろう? なら、追いかけるのが道理というもの」
「だ、だけど……俺は……」
 何を気にすることがあるのだろうか、この男は。そう思いながらも、ひでは神崎を諭す。 「おぬしとあの少女の間に何があったのかはわからぬ。だが、これだけは言えるでござる。あの少女は、――泣いていたでござる」
「!」
「女の涙を拭うのは男の役割。違うでござるか?」
「それは……違わない、けど。でも、神来鈴は、まだ山の中に……」
「おや、探し人はもう一人いたでござるか。しかし……」
 ひでは自分の顔が少し険しくなるのを感じた。
「残酷なことを言ってしまうでござるが、この山の中にもう拙者たち以外の気配はござらん。その神来鈴という者も、もう比叡山にはいないでござるよ」
「そ、そんな……!」
 神崎が頭を抱える。
「……そっか。あぁ、いや、わかってたはずなんだ、自分でも。サンキュ、ひで。俺、ナトリを追うよ」
「それがいいでござる。そちらの鳥人の翼があれば、すぐにここから脱出できるでござろう」
 いつの間にか神崎の隣に立っていた男を見上げて言う。
「私の名は鳥人ではない。ヒリュウだ」
「失礼をしたでござる。ではヒリュウ殿、友人を頼むでござるよ」
「知らぬ者との約束はしない主義なのだが。いいだろう、引き受けた。乗れ、少年幼女よ」
 神崎とゆずゆを乗せてヒリュウが飛び立とうとしたとき、
「神崎殿」
 ふと、ひでは口をあけた。
「よく、目を開けて見るといいでござる。この世界の真の姿を」
「それはどういう……うわっ」
 神崎が問いかけた瞬間に、ヒリュウは有無を言わさず飛び立った。目にも留まらぬスピードでひでの前から姿を消し、空の向こうへと飛んでいった。
 ……流石はよくわかっているでござるな。
 ふぅ、と一息ついて、ひでは立ち上がり、背後を振り返った。
「お待たせしたでござるな、KイUツSキU殿」
「待ちくたびれちゃったよ、僕」
 KイUツSキUはふんぞり返って鼻をほじっていた。
「ふふ、こちらの会話が終わるのを律儀に待っていてくれるとは、おぬしも成長したでござるな」
「そんなことはどうでもいいよ、まさかこんなところで君に会えるとは思ってなかったよ、ひで」
「それは拙者も同じでござる。気配を感じたとき、まさかとは思ったが、おぬしの姿を見て、邪魔者を排除したくなったでござるよ」
「くくく、やっぱ君らしいねぇ。自分が戦ってるところを見られたくないってところは」
「拙者の流派は門外不出でござるからな。見せた相手は必ず殺す。拙者と戦って以後、生き延びた者はいない。――おぬしを除いては」
「これは光栄だねぇ。……ところで、アルファの反応からなんとなくわかっちゃったっぽいんだけど、さっきの、冥王?」
「ほう、わかっていたでござるか」
「うん。でも僕も君を見たらそんなことはどうでもよくなっちゃったよ。君と殺りあえるんだからね」
 言って、KイUツSキUがのっそりと起き上がる。
 ひでも刀を構えなおし、警戒を深めた。
「くくく。こうしてまた君と戦える日が来るなんて夢のようだよ。何回目だっけ?」
「今日を含めて七回目でござるな」
「そっかぁ、もう七回にもなるのかぁ。初めて会ったときはよくも一方的にボコボコにしてくれたねぇ。本当、遠慮がないんだから君は。思えばあのころからいけ好かない奴って思ってたんだよ」
「そういうおぬしは、遠慮なしに不意打ちをかけてきたでござろう」
「卑怯だと罵る?」
「いや、拙者の油断が悪かったでござる。あれは良い拳でござった」
「ほめるの? 気持ち悪いなぁ。んで、三回目のときはとんだ邪魔が入ったんだっけね。問題はその後だよ。まさか村が襲撃されるなんて考えてなかったよ。そこまでするか普通、ってね。ダチをやられたことだけは死んだ今でも許せないねぇ」
「おぬしこそ、その後で拙者の船を襲撃したではござらんか。多くの戦友の命が宇宙に散ったでござる。それだけは、世界を超えてきた今でも許せぬ部分でござる」
「まぁ要するにお互いが許せない存在なんだよね僕たちって」
「そうでござろうな。そしてあの日、十一年前でござったか。お互いの力が暴走を起こして……ふふ、あのときは大変でござったな。両者痛み分けというべきか」
「なんで? 勝ったのは君でしょ。僕、あれで死んだんだから」
「そうでござったな。それでおぬしはそのまま第四世界へ行ったのでござるか」
「そういう君が第五世界にいたなんて、知らなかったけどね。まぁ、こうして会えたんだし、もうどうでもいいか」
「だな。この日を待っていたでござる」
 言いながら、ひでは思う。
 そうだ。待っていた。自分は確かにこのときを心待ちにしていた。
 だけど、迷いがないと言えばそれは嘘になる。
 この世界に来て、一つだけ、大きな誤算があった。
 それが、ゆずゆの存在だった。
 自分は、ゆずゆの保護者になった。この勝負は、その責任よりも優先されるべきだろうか。
 この逡巡を一旦忘れるため、ゆずゆを神崎に託したのだ。それに、今の神崎には、ゆずゆのような存在に癒されるというのも悪くはないと考えた。
 ……どちらにせよ。
 ゆずゆには必ず迎えに行くと言った。せめて、その約束だけは守らなくてはならない。それが最大限の譲歩だから。
 ……負けるわけにはいかない!
 細い目を少しだけ見開き、ひでは疾走を開始した。
「!!」
 ひでの動きを受けて、KイUツSキUも腕を振り上げた。
 ぱちん、と指を鳴らした。
 いくら動きが速くても、『視える』物なら止まっているのと同義になる。それがKイUツSキUの能力、『瞬間空間圧縮』(グラビティ・ブラスト)の特徴である。重力は『そこ』に『発生』するのである。そして『発生』と同時にその『効果』をなす。
 その特徴だけ見れば、圧倒的にKイUツSキUが有利である。発生した重力により、ひでは押しつぶされる。
 だがひでは動いた。
 重力の発生。そこに割り込んでこそ、刀を極めし者。
 ひでの刀が空を斬る。
 それだけで、KイUツSキUが作り出した重力は弾かれた。
 剣戟で、圧倒的な重力に対抗しうるのだ。
 これこそがひでの真骨頂。彼に特殊な能力の類は剣に関して言えば、ない。ひでは純粋に剣技のみでKイUツSキUの能力に匹敵する力を持つ。
 それは過去に何度も対峙しているKイUツSキUにはよくわかっていることだ。
 重力が空を穿ち、剣戟が空を穿つ。これがひでとKイUツSキUの戦い。
 どれほどの時間が経っただろうか。しばらく二人はその場に立ち、動きを繰り返していた。
「どうしたの、ひで。いい加減、斬り込んでおいでよ」
「はっはっは、おぬしこそ、馬鹿の一つ覚えのようにそれを飛ばすだけではござらんか」
 だんだんと笑みが混じり、二人の間には挑発の声が飛び交う。
 そしてひときわ大きい重力と、渾身の剣戟がぶつかりあった後、
「はぁ、はぁ……」
「……ふぅ。衰えてはいないでござるな」
 二人の動きが一旦止まった。
 戦況は膠着状態にある。
 ひでは思う。
 ……『あれ』でもするしかござらんか。
 先天的な特殊能力を持たないひでがこの世界に来て後天的に身に付けた能力。
 これこそが、ゆずゆをこの場から遠ざけた最も大きい理由であった。
 ゆずゆの保護者として、こんなものをゆずゆに見せるわけにはいかない。
 だが、この場には二人しかいない。もはや見ているのは宿敵のみ!
 精神が研ぎ澄まされてゆく。
 ひでは迷わずにその力を発動させた。
「な……!」
 KイUツSキUは目を見張った。ひでの周囲の状況が一変したからだ。
 ひでの足場の周りに、紫色の光が出現したのだ。
「な、なにをするんだ、ひで!」
「はっは、おぬしは見たことがないでござろうな。この世界に来て、拙者はこんなトンデモナイ力を手に入れたでござるよ」
 ひでは刀を地面に突き刺した。
 その瞬間、紫色の光が三つに割れ、ひでの周囲に三つの球となって浮遊した。
「今こそしかと見よ! 第六世界・ゴージャスタンゴが絢爛舞踏、ひでが誇る最初で最後、唯一の奥義!」
 球は徐々に形状を変え、それぞれ一つの姿となってその場に現れた。
「……いでよ!! 『常夏三姉妹』(トリプル・サマー・オブ・ラヴ)!!!!」
2006年4月6日午前1時5分

冥王計画羅生門第37話「エクストラオーディナル1・冥界都市KYOTO」


 ナトリは『それ』を呼びだした。世界から。
 『それ』は何もないところから現れた。水素を金属へ、物質を変質させる。
 降り立ったのは巨大人型ロボット。鋼の合金は紅く燃える炎を反射し、熱く揺らめく。
 ロボットの肩に乗ったナトリは、数秒後、目を開いてこれを見た。
「え……? な、なにこれ……?」
 ナトリは知っている。『彼』が、過去に何度も自分を救ってくれた、超兵器であることを。
「な、なななな! なんだよこいつ、僕はきいてないよそんなの!」
 KイUツSキUが何やらわめいている。ロボットの背丈はKイUツSキUとほぼ同程度。いきなりこんなものが何もない空間から出現したら驚くのも無理はない。
 だがナトリはそんなKイUツSキUには目もくれず、自分を乗せたロボットに見入っている。
「あなたが……スーパーピンチ……」
 そう、これこそがナトリの秘めた能力の一つ、『がけっぷちのスーパーピンチ』である。
 ナトリは思い出す。幼少の頃を。
 保育園の帰り道、公園で遊んでいるときに同じ組の男の子にからかわれて泣きそうになったときのことを。シーソーの上、男の子の一人が「なんだよこいつ泣き出して、つまんねぇの」とナトリを突き飛ばした。シーソーから落ちそうになったナトリは、その短い一瞬の中、自分は死ぬと思った。いや、思ったのではない。死を確信したのだ。そのとき目の前に広がった光景を、今、ナトリははっきりと思い出せた。
 砂場から金色に輝くロボットが出てきて、大きく無機質な掌で、落下するナトリをキャッチしたのだ。その弊害としてシーソーは破壊され、周囲にいた男の子たちがどうなったのかは知らないが、希須加がうまく処理したと後から聞いた。
「お父さん……あっち……」
 十一年前、父親方受け継いだ遺志を、ナトリはようやく思い出し、今、こうして形にした。
「あっち、絶対死なないよ!」
 本気で負ける、本気で死ぬ。敗北や絶望を痛感したときにこそ、人は助けを求める。絶対的な何かを。神秘的な力を。ナトリの呼び声に応えて、世界は使者をつかわした。すなわちそれが、このロボットである。
「いっけー、スーパーピンチクラッシャー! あの図体でかいのをぶったおせー!」
 世界は彼女の声に応える。せめてもの恩返しをするために。相手の姿がたとえ違っても、そこに流れる血は同じ味をしているのだから。
 スーパーピンチクラッシャーが動く。拳を振り上げ、右ストレートを放った。
「あぶしっ」
 油断していてまともに食らったKイUツSキUは吹っ飛んでいく。チビKイUツSキUボールを食らったときよりも飛距離が大きい。
 ……効いてる。
 ピンチになった自分は負けない。もう負けない。そう確信する中、ナトリはあることに気づく。
 ……あっち、笑ってる。
 そう。敵を、敵といえど人の形をしている者を、殴っている。そんな中、自分は笑っているのだ。それがどんなに恐ろしいことか、ナトリにはわかる。戦慄と恐慌の中、自分は震え上がっている。これから手にする勝利と血飛沫の予感に、だ。
 ……こんなのは。
 こんな自分は嫌いだ。いつもそうだ。スーパーピンチクラッシャーを呼び出すと自分はいつもこうなってしまう。加減が利かなくなるのだ。
 楽しくて仕方がない。殺戮とは、こんなにも愉しいものだったのかと。いつも思い、そしていつも泣いて後悔する。だがそれでも、ナトリは自我を保ってこられた。一番大事な部分が残っていたからだ。
 ……お兄ちゃんにだけは、見せられないよねー。
 自分の能力について、兄に話したことはない。兄にだけは知られたくない。自分の、こんな一面を。破壊の喜びに満ちた、自分のこんな笑顔を。
「ひいいぃっ、なんだこいつは! ちくしょおお!」
 KイUツSキUが必死に体当たりをしてくる。しかし、立っているだけのスーパーピンチクラッシャーに当たって、KイUツSキUは弾け飛んでいく。
「だ、だめか……僕じゃ勝てないのか……ひぃぃ」
「おとなしく殺されなー!」
「うひょー、発言がさっきよりも好戦的ー!」
「うるさいなー、バイカル湖に沈んだらどうせ死ぬでしょー!」
「ぶ、物騒な女の子がいるよー! 萌えー!」
 もはやKイUツSキUは混乱して何が言いたいのかわからない。
「いいわ、もうあんた死になさい! いくわよースーパーピンチクラッシャー! スーパーピンチクラッシャー・バードモードチェンジ!」
 ナトリの声に応え、世界は変質を始めた。スーパーピンチクラッシャーは変形し、鳥のような形になって比叡山上空を舞う。なお、変形ギミックが複雑で変形中にナトリのスカートが挟まって脱げ、ナトリの下半身が裸になったことは些細なことでナトリ本人も気づいていないがあえて言及しておく。
「しゅ、羞恥心もない女の子がいるよー! 萌えー!」
「黙れー! スーパーピンチ・バード・アタアアアアアァァァァック!!」
 鋭角的になった頭を標的に向け、一直線に突進をする。これが当たればいくらKイUツSキUであろうと粉々に粉砕される。
 だが、
「……むんっ!」
 攻撃があたる瞬間、KイUツSキUが力を発動した。
「え……なにを?」
 止まっている。スーパーピンチクラッシャーが、突撃姿勢のまま、KイUツSキUの目前で止まっているのだ。
「う、動いて! 動いてよスーパーピンチクラッシャー!」
「くくくく、これが、僕がエレメンタルギアボルトの『鬼』と言われる所以だよ」
 それこそが『鬼』の力。
 KイUツSキUは重力を操作する能力を持っている。
 スーパーピンチクラッシャーの突進能力と、KイUツSキUが前方に解放した重力は、ほぼ同等。だから状態が停止したのだ。
「くっ!」
 ナトリは一旦KイUツSキUから離れた。
「スーパーピンチクラッシャー・アグレッシブモード!」
 スーパーピンチクラッシャーが再び変形し、先ほどの形態に戻った。
「ふん、おもしろいねー、それ。あっちのスーパーピンチクラッシャーと力比べってわけー?」
「くくく、離れていたら使えないとでも思ってる?」
 KイUツSキUはぱちん、と指を鳴らした。その瞬間、
「……んぐぅっ!?」
 ガツン、と強い衝撃がナトリとスーパーピンチクラッシャーを襲った。
 スーパーピンチクラッシャーは地にひれ伏した。上方からの重力に押しつぶされる形になったのだ。
「くくく、『鬼』をなめてもらったら困るんだな。この指はね、僕の目の届く範囲に瞬時に重力を発生させることができるんだ。今まで隠してたけど、これつかっちゃえばもう君に勝ち目なんかないんだよ」
「うぅ……」
 スーパーピンチクラッシャーが起き上がる。
 ナトリは思う。
 結構なダメージだ。どうする。どうする。蹴るか? 重力蹴っちゃうか?
 いや、駄目だ。相手が使うのはただの力ではない。重力だ。ただの力ならば左足の能力で反作用の力とかでっちあげて蹴ってしまえばいいが、何しろ相手は地球が持つ力、重力だ。大前提として存在する力をどうこうするなんてことはできない。
「さぁ、これで終わりだよ」
 KイUツSキUが指を鳴らす。その瞬間、やられる――。
 ……駄目。
 ……生きたい。
 ……なんとかしてよ。
「重力なんてえええええええええええええええぇぇぇぇえ!!!!」
 その瞬間、



 世界は、


 彼女の呼び声に、



 応えた。




 その一瞬、直後だった。
 がきいいぃん、と甲高い金属の音が響いた。
「!?」
 ナトリは顔を上げた。自分はなんともない。スーパーピンチクラッシャーもなんともない。自分と、敵との間を遮るものがある。
 それは、背後のナトリを見ずに、こう言った。
「女性に手を上げるのは感心しないでござるな、KイUツSキU殿」
 長身の男。纏うは和服。手には日本刀。
 ……え、この人……。
 剣戟による空圧だけで、KイUツSキUの放つ重力を薙ぎ払ったというのか。
 その信じ難い現実に、ナトリは目を丸くした。
 男はナトリをちらりと振り返り、
「なぜか一瞬、体が軽くなったのでここまで一気に飛んでこれて間に合ったでござる。怪我はないか? 神崎殿の妹君よ」
「えっ」
 その瞬間、酷く見知った声がした。
「ナトリっ!」
 ……あ。
 声がした方向を見た。
 遠く、林の中を、兄と何かが走ってくる。
 ……え。
 見られた。
 ……お兄ちゃんに。
 最も見られたくない自分を。
 ……見られた。
「あ、あ……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ナトリは泣き崩れた。すべてを闇にして。すべてを無に帰して。
 スーパーピンチクラッシャーの掌が優しく彼女を包み込む。
「な、なんだこのロボット! ナトリっ、おい、無事か!?」
 鋼鉄の指の向こうから聞こえる声を、ナトリは涙の防壁で遮っていた。
「スーパーピンチ……あっち……あっちね……」
 ぐす、ぐず、と泣きながらナトリは声を漏らす。
「あっち……もう、やだよぉ」
 その瞬間、






 世界は彼女の声に応えた。





 スーパーピンチクラッシャーはナトリを握ったまま、空高く飛び立っていった。
 誰かの名前を呼ぶ少年の叫び声を背に。
 燃えさかる比叡山を背に。
2006年4月5日午前2時12分

冥王計画羅生門第36話「君の為にできることが僕にもまだ残ってるかな?」


 高度約六十センチ。速度は毎時およそ五十キロ。俺は今、滑空している。
「でさ、おまえ一体何者なんだよ」
 俺は問う。俺を背中に乗せて滑空する鳥人に。
「少年よ。今はそんなことを訊いている場合か? 聞かせてもよいが、君も気づいているだろう。私は喋っていると飛ぶ速度が落ちる。君の助けたい者の場所へ到達するのが遅れてしまうことになるがそれでもいいのか?」
「くっ……わかったよ。でもな、事が済んだらきっちり聞かせてもらうからな。おまえには訊きたいことが山ほどあるんだ」
「……いいだろう。そのときまで、生き残っていればの話だがな」
「え?」
「しっかりつかまっているがいい。いくぞ」
 ぐわん、と視界が動く。加速したのだ。
 な、なんて速さだ。自転車でもこんなに速度出したことないぞ。
 俺とヒリュウは比叡山の林の中を滑空している。この山火事の中、ナトリを、神来鈴を助けるために。
 急がないと。あの二人は無力なんだ。俺みたいに冥王の力が与えられているわけじゃない。異世界の変なやつの襲撃にでもあえば、死んでしまう。それ以前に、この山火事の中ではその命も時間の問題だ。
 俺は眼下の謎の男を見た。男は自分のことをヒリュウと名乗った。こいつだって信用できるわけじゃない。だけど……さっき、親父が言ったのと同じ言葉を聞いたとき、こいつは俺に協力しようとしているんだと、なんとなくだがそう感じ取れた。今はこの直感を信じる。悔しいけど、今の俺じゃ、二人の場所がわかってもそこまでたどり着く前に山が焼けちまう。
 急がないといけない。そう思い、背中につけた滅法棍を強く握ったそのときだった。
「あれは!」
「どうした?」
「と、止めてくれ!」
 ヒリュウが滑空をやめ、俺を地面に降ろした。ヒリュウも気づいたのだろう、視線を俺と同じ方向へ向けている。
 何か、異様なものが、大挙してこっちに来ているのだ。
 ……な、なんだありゃ。
 すべて同じ顔の人間が、各々に悲鳴を上げながらこっちへ迫ってくる。いや、目的地はこっちじゃない。あれは何かから逃げている様子だ。
 同じ顔の人間たちは口々に、ひぃー、とか、うひゃー、とか叫びながら俺たちを横切っていく。俺たちの存在に気をとられている場合ではないというように。
 坂の上を見上げると、山頂。赤く染まった山頂。
「あそこで何が起きているんだ……?」
「少年、山頂に二人の気配は?」
「え、あぁ」
 言われて、俺は神経を集中する。異常聴覚の応用。ナトリと神来鈴の音を探した。そこで、とんでもないことに気づいた。
「なっ……」
「どうした、少年」
 どうしたもくそもない。なにが、どうなっているんだ。
 なんだって、どうして、神来鈴の音が聞こえないんだ……。
 俺は更に神経を研ぎ澄ませた。探せ。少しでもいい。掴み取れ。神来鈴の響きを。
 藁をも掴む思いで神来鈴の気配を探すが、どうしても見つからない。
 そんな……どうして! 声が聞こえない。それが意味するのはたった一つの真実。神来鈴はもう……、
「浮かない顔をしているでござるな」
 思考を切る声があった。
 俺もヒリュウも思わず顔を上げる。
 声の主は、大木の枝に立っていた、その声の主は、
「ひで!」
 俺の呼び声に応えるように、その男は軽い身のこなしで枝から飛び降りた。
 男は、腰に刀を携え、腕には小さな女の子を抱いていた。俺のロリスカウターによると多分五歳。
「久しぶりであるな、神崎殿。そちらは……背中の翼を見る限り、ダンスドールの方とお見受けするが、知り合いでござるか?」
 なんかずいぶんのんきに挨拶をされたので俺もヒリュウも呆気にとられた。
 するとひでに抱かれていた女の子がひでを見上げて言った。
「ひで」
「ん、なんでござるか?」
「ゆず、暑いよ。早く山から下りようよ」
「うーん、これは困ったでござるな。拙者は新しい用事がこの山に出来てしまったでござるが……ゆずゆをそれに巻き込むわけにはいかないでござる」
「えー、やだよ、ひでもいっしょじゃないと」
 何やらひでは困っているようだ。
 あー、何からつっこんでいいのやら……とりあえず。
「おい、ひで。久しぶりってこないだ電話で話したろうが」
「おや、そうであったか? 記憶にござらんが」
 まぁ、意味のわからない叫び声をあげたから俺が一方的に切っただけで、話したとはいえないかもしれないのだが。
「って、そんなことはどうでもいい。なんでこんなところにいるんだ!」
「この山は剣の修行で時々使っているのでござるよ。一昨日からゆずゆと山篭りをしていたのだが、突然の山火事であわてているところであるよ」
 ひでの実家が剣術の名門だってことは聞いていたが、ここを修行場として使っていることは知らなかった。
「神崎殿」
 次に何を訊こうかと逡巡している俺に、ひでは言った。
「いろいろと訊きたいこともあるでござろうが、拙者は山頂にいる宿敵と会う用事ができたでござる」
 山頂?
 言われて、意識を山頂に向ける。そのときだ。
「できれば、ゆずゆを連れて安全なところまで避難してもらいたいのでござるが」
 感じた。ナトリの声を。山頂から。
「えー、やだよひで。ゆず、ひでといっしょがいぃー」
「これこれ、わがままを勘弁してほしいでござる。一緒に行けば、ゆずゆが危険でござる」
 間違いない。ナトリは山頂にいる。
「というわけで、神埼殿。ん、聞いているでござるか?」
「悪い、断る。俺も山頂に用事ができちまった」
「むぅ。ではそちらのダンスドールの御仁、引き受けていただけるでござるか?」
「断る。私はこの少年に用事がある。一人で行かせて死なせるわけにはいかない」
「むぅ。仕方ないでござる。いいかい、ゆずゆ」
 ひではゆずゆと呼ばれた少女の額に軽く口付けし、言った。
「山頂に着いたら、危険がいっぱいでござる。難しいことは全部拙者に任せて、ゆずゆは木の陰にでも隠れているでござる。いいね?」
「そうしたらいっしょにつれてってくれる?」
「本当は嫌だが仕方ないでござる」
「うん、じゃあいうこときく」
 ゆずゆも納得したようだ。
 さて、俺にはまだ理解できていない。
「ひで、訊いてもいいか?」
「神崎殿、これだけは言っておくでござる」
 ひでがこちらを見た。
「今、この世界には様々な異世界の思惑が渦巻いているでござる。この意味、冥王となったお主にはわかるでござろう?」
「なっ……」
 こいつ、何を言っている?
 何を知っている?
「安心なされよ。少なくとも拙者はお主の敵ではござらん。拙者は第六世界・ゴージャスタンゴの絢爛舞踏、侍のひででござる」
 そんな風に名乗ったひでは、踵を返し、山頂を目指して走り出した。
 俺とヒリュウも急いで追いかける。
 だーくそ、わけわかんねぇ!
 ダンスドールとかゴージャスなんちゃらとか、カタカナ並べんじゃねぇ!!
 だけど、ひでや隣のヒリュウが、異世界の人間だって事だけは理解できた。未だに信じられねぇが……俺はもう、信じられるだけの体験をしてきている。なら、信じるしかねぇ。
 そう思って、俺は走った。ひでのあとを追いかけて。
 後頭部に激鉄を走らせる。――いける。俺は音速になった。
2006年3月16日午前1時26分

冥王計画羅生門第35話「エクストラオーディナル1・移りゆく毎日を交差する二人の影の中」

 ナトリとKイUツSキUの戦闘が始まってから約5分が経過していた。
「ぬー。卑怯者ー。自分で戦いなさいよー」
 KイUツSキUの巨漢を見上げ、ナトリが叫ぶ。しかしKイUツSキUは、あぐらをかいて座り込み、自分の髪の毛を抜いているだけだ。髪は宙に舞い、次々と姿を変えて何匹ものチビKイUツSキUとなって着地する。
 西遊記じゃないんだから……、とナトリは思う。
 厄介にもほどがある。いくら倒しても、そのころには新しいチビKイUツSキUが目の前には何匹もいるのだ。
 一匹一匹はそんなに強くない。ナトリの体術を持ってすればものの数秒で片付けられる相手だ。
 だが問題はその数だ。相手は物量で攻めてくる。しかもその数は……KイUツSキUの髪の本数分だけあるというのだ。
「何本あるのよー」
 何匹倒しただろうか。迫り来るチビKイUツSキUをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。いい加減、こちらの体力も厳しい。だが、倒れればその時点で負けだ。KイUツSキUをハゲにするまでは負けられない。
「お嬢ちゃん、結構粘るね。でもまだまだ。僕あと四千本は髪あるし」
「げげー」
 ナトリは後ずさった。少なくともあと四千匹のチビKイUツSキUを倒さなければならないのだ。体力がもつわけがない。
 ナトリは考える。なんとかしてKイUツSキUに直接ダメージを与える方法はないかを。
 そうしている間にも、数匹のチビKイUツSキUが迫ってくる。
「しつこいんだからーもー」
 踏み込み、直近のチビKイUツSキUに肘を食らわせる。倒れたチビKイUツSキUを踏み台にして、ナトリは大きく飛び上がった。
「うひょー」
 下から見上げていたチビKイUツSキUが大喜びだ。
「見るなー!」
 そいつを頭から踏みつけ、ナトリは更に大きくジャンプした。チビKイUツSキUの一匹が、追いかけて飛び上がってきた。
 今だ、とナトリは思った。あれを使おう。
 ナトリは精神を集中した。左足に。黄金に輝きだす。
「くらえぇー!」
 足元に飛びついてきたチビKイUツSキUを思い切り蹴飛ばした。
 ナトリの罵声はチビKイUツSキUに向けてのものではない。視線の先、ふんぞり返っているKイUツSキU本人に対してのものだ。
 それは、一瞬だった。
「ふげっ」
 蹴り飛ばされたチビKイUツSキUがKイUツSキUにヒットし、巨体が比叡山を転がった。
「へっへー、どんなもんよー」
「い、今の何? 見えなかったんだけど」
 重力加速度を受け斜面を転がり落ちるのを何とか食い止めたKイUツSキUは起き上がりながらナトリを見る。
「そのちっちゃい体のどこにそんな力が……」
「人を見た目で判断しちゃいけないって親から言われなかったー?」
「いや、確かに言われたけどさ。今のはそんなレベルじゃないでしょ」
「ふっふーん、この黄金の左足があれば、ワールドカップ優勝も夢じゃないもんねー。あ、でもボールが破裂しちゃうからダメかー。てへっ」
 無駄口を叩きつつも、ナトリは頭の中で次の一手を考えていた。
 ……効いている。
 確実にダメージを与えることができた。あとはこの蹴りを直接叩き込めば勝てる。
 ナトリは周囲のチビKイUツSキUを次々と蹴り飛ばした。KイUツSキUに向けて。
「ふぎょっ。べぎゅっ。にぎゃっ」
 形容し難い声を上げてKイUツSキUが吹っ飛ぶ。そのたびに巨体は比叡山を揺らす。
「どう? これでもまだちっこいの出す?」
「ぬぬぅ」
「そろそろお相手願いたいんですけどー」
 大丈夫。勝てる。
 ナトリは徐々に確信していく。
 この左足、実は今回が初めての使用だが、意外と自分に合った能力のようだ。
 港でチンピラの一人から『取』った能力。彼はサッカーが得意だったようだ。本人には悪いが、しばらくはボールを蹴れまい。蹴り方を忘れてしまっているだろうから。
 だが『取』った能力は完全なものではない。任意劣化させる必要がある。その穴を突いた劣化。それが反発の無効化だった。物を蹴ったときに生じる、反作用の力。与えた痛みは自分の足にも来る。それを無くし、更には昇華させ、反発を逆転させたのだ。つまり、単純に考えて二倍の威力の蹴りとなる。そこに生じる反作用の力も逆転させ、威力は二次関数的に増す。加減しないと蹴る対象が破裂してしまうくらいに。だが威力の増加は無限ではない。一瞬のうちに威力は増加するが、足が対象に接触しているのも一瞬なのだ。どれだけの間、対象に足を接触させておくかが力の入れ加減につながる。
 名付けて無限蹴舞(インフィニティ・ストライフ)。ナトリ命名。たった今付けた。
 さて。
 目前、KイUツSキUはどうやら手段に悩んでいるようだ。手の内を全て見せたということだろうか。
 ならばいける。ナトリは思う。この蹴りを、相手に直接当てればそれで終わりだ。兄と、父と、母。彼らの思い出の地を業火に晒した張本人に天罰を下し、バイカル湖よりも深い後悔の底に沈めることができる。
 ナトリは駆け出した。敵に向かって。
 飛び上がり、敵の顔面めがけて蹴りを放つ!
「ひぃっ」
 KイUツSキUは片手で顔面を隠してもう片方の腕を伸ばしてくる。
 ……そんなガードで!
 一気に蹴る。だが、
 ナトリの足は、そこで止まっていた。
「え……?」
 驚きの声を上げたのは、ナトリだけではない。KイUツSキUもまた、意外だという表情をして、自分の片腕を見上げていた。
 KイUツSキUの右腕が、ナトリの膝を、掴んでいたのだ。
「しまっ……」
 思ったときにはもう遅かった。KイUツSキUはそのまま掴んだナトリを持ち上げた。
「きゃあっ」
 ナトリは宙吊りの格好になって逆さに持ち上げられた。
 スカートが重力に従うのを必死に止める。
「ちょっ……このスケベー!」
「な、なぁんだ。どんな強いキックかと思ったら、全然じゃないか。拍子抜けしちゃうなぁ」
 KイUツSキUの顔に余裕が戻ってきた。
 ……やばい。ナトリは感じた。今手を離すとスカートの中身が丸見えだ。というか、両手で前を押さえているから現在後ろは丸見えだ。ちなみに先の兄と神来鈴との行為の最中、シャツを脱ごうとしていた間に兄はいつの間にかナトリの下着を脱がせていたようで、今は下着ははいていない。だから今、ナトリの尻は外気に晒されていることになる。
 ……くぅ。
 手が使えない。左足は掴まれている。右足には能力が備わっていない。……打つ手なしだ。
 迂闊だった。勝利を盲信するあまり、自分の能力の欠点が見えていなかった。
 無限蹴舞は、ナトリの左足に備わっているものだ。チンピラの男は根っからのストライカーだったのだろう。だから使っていたのは踝よりも先だったのだ。膝に同じ能力が反映されるわけではないのだ。そこを完全に見落としていた。能力が備わっていないナトリの膝など、修行である程度鍛えられてはいるものの普通の中学二年の女の子の膝だ。こんな大男を蹴り飛ばす威力など持ち得ない。
 ピンチ、ピンチ、ピンチ! ナトリの頭の中で響く。『ピンチ』の三文字が。
「あ……」
 ナトリは感じた。何かが『来る』のを。
 どこから来るのかはわからない。しかし、その何かは確実に近づいてきている。
「あ……あぁ……」
 これはデジャヴか。それとも第六感か。自分はピンチだ。ピンチだからこそ、必ず助かる、必ず勝てるという確信がナトリの中で生まれた。
 遠い意識の奥底から、ナトリは呟いた。
「す……ぱ……ぴ……ち……」
 瞬間。




 世界は呼応したのだ。




 彼女の呼び声に。






2006年3月15日午前1時21分

冥王計画羅生門第34話「フィフスワールド・予定調和? あくびが出てくる」

 彼女の呼び声に、世界は呼応した。

 どれほど待っただろうか。

 ついにこのときがきたのだ。

 自分が、自分として、何かを為すときが。

 待ち侘びた主の覚醒。

 そのためならば、地形の変化など厭うに敵わず。

 何億の人間が苦しもうとも我は苦しまず。

 ただ、あるがままにこの心を導いて。

 願いを超えて新しい自分へと。

 閉じた扉をこじ開ける。

 力など無用の長物。

 なぜなら、

 無限に流れ込んでくる、

 川上の更に川上、

 その源にある泉、

 底から湧き出す光は全てを照らし出し、

 闇に隠れたものを白日の下に晒す。

 ついに、

 ついにきたのだ。

 このときが。

 今がそのとき。

 今こそそのとき。

 さぁ、

 始めよう。


















 バイカル湖が消失した。
















2006年2月8日午後4時19分

冥王計画羅生門第33話「インターセプタ3・シモンちゃん:下妻市公式ウェブサイト」

 ウクレレの音が低く響く。比叡山、山頂。『鬼』はそこにいた。
「KイUツSキU様。未だ対象は動いていない模様です。いかがいたしましょう?」
「んー、まぁもうちょっと焼いてみようよ。そのうち尻尾を出すでしょ」
「Tes.」
 テスタメント、と聖書で契約を意味する言葉を放った部下はそのまま下がった。
 山頂、巨大なテントが張られたその一角は、異様な雰囲気をかもし出していた。
 テント内、中央に座り各方面に指示を送っている男の名はKイUツSキU。座っているのに巨大なテントの頂点にまで届くほどの座高の持ち主である。巨体。それがこの男をもっともよく言い表している言葉だろう。
 テントは上に行くほど狭くなっており、足元の部下からではKイUツSキUの顔をうかがい知ることはできない。
 この男、一言で言うなら異常である。しかし、ただの異常な人間であればこの世にいくらでもいるだろう。この男の異常さは、そんじょそこらの異常さとは一線を画す。
「エレメンタルギアボルトからの帰還要請はまだだよね。はやいとこ羅生門捕まえちゃおうよ。そうすればエレメンタルギアボルトもゴージャスタンゴも僕のもんなんだからさ」
「しかし、KイUツSキU様。すでにガンパレードに留まって約2ヶ月が経過しております。このままではいずれ強制送還の指示が下るのも時間の問題ではないかと……」
 部下の進言に、KイUツSキUは眉をしかめた。もっとも、部下には見えていないが。
「わからないやつだなぁ。だからこそ急いで羅生門を捕獲するって言ってるんじゃないか。このままおめおめ帰ったら、僕たち全員火あぶりだよ。君、向こうに家族いるんでしょ。多分家族も同罪だよ」
「そ、それは……」
「そういうことにならないように、今頑張ってもらってるんじゃないか。羅生門さえこっちのもんになれば、僕たちの思うがままさ。誰も僕たちを裁いたりしない。裁くのは僕たちのほうなんだからね」
「て、Tes.」
 引き下がっていく部下を一瞥し、KイUツSキUはどこからか取り出した巻き寿司をほおばり始めた。
「ウマー」
 ご満悦だ。しかし食べ終わると、再び不機嫌な顔に戻った。
「でも、なんでなかなか出てこないんだろうね羅生門。アルファの反応からしてこの山のどこかにいるのは間違いないのに。こっちは人手不足なんだからさっさと現れてくれればいいのに」
 そう言っているところに、外から報告を持ってくる部下がいた。
「KイUツSキU様!」
「なに? 羅生門見つけた?」
「いえ……アルファ反応のない人間が来ました!」
 そのときだ。
「うわあー!!」
 叫び声と共に、一人の部下がテントの外から飛んできた。
「なんだ、騒がしいなぁ」
 KイUツSキUがのっそりと動くと同時に、テントの中に入ってくる新たな人影があった。
「あなたたちね、この山に火をつけたのは!」
「?」
 KイUツSキUは声の主を見た。確かに人間だ。人間の女。いや、女と言うには若すぎる。それは少女だった。セーラー服を纏った少女。
「うひょ、セーラームーン登場?」
「あっち、セーラームーンじゃないんだけどなー」
「じゃ、マーキュリーやね?」
 KイUツSキUはこの世界の文化に精通している。2ヶ月間の生活の賜物だ。
 少女はKイUツSキUを見上げ、溜息を漏らした。
「うわでっかー」
「で、でかい!?」
 KイUツSキUは突然大声を上げた。
「かわいい娘だから部下を蹴散らしたことは多めにみてやるが……この僕をでかいと言ったことに関しては折檻が必要だなぁ」
 KイUツSキUはゆらりゆらりと立ち上がった。
 テントが頭に持ち上げられ、すぐにそこは室内から室外に変わった。
 少女はただならぬ殺気を感じ、すぐに身構えた。
「な、なによ。やる気ー?」
「ふふふふ」
 KイUツSキUは手元のアルファを確認した。反応はない。この少女が羅生門でないことは明らかだ。しかし、プライドを傷つけられた。自分の心に対して、謝罪を要求せねばならない。
「人間の少女、僕は蘇我組の親分、エレメンタルギアボルトのKイUツSキUだ。今の暴言、聞き捨てならないからお仕置きしちゃうよ」
「自分で親分なんて言う普通? というかエレメ……って何?」
「うるさいなぁ。とにかく僕にいてこまされたらいいんだよ君は」
「ふん、させないもんねー」
 少女はバックステップを取った。一旦間合いを取る行動だ。
 だがKイUツSキUにとってはまったく意味のない行動だった。その巨漢、これぐらいの距離なら一歩で詰められる。
「山火事起こしたの、あんたたちでしょー?」
「うん、そうだけど」
「あれ? やけに素直ね。調子狂っちゃうけど、とにかく」
 少女はKイUツSキUをビシっと指差して言った。
「お兄ちゃんの思い出の地を燃やそうなんて考える輩は、神崎自警団がナトリ、バイカル湖よりも深い後悔の底に沈むまで成敗する!」
2006年1月9日午後11時47分

冥王計画羅生門第32話「蒼天の紅き神の座」

「ゥァイッキャーンフラァィヤッウェエエエエエエェェェェイ!! ゥァイッキャーンフラァィヤッウェエエエエエエェェェェイ!!」
「ちょっとお兄ちゃん、待ってよー」
 ナトリの声が後ろから追いかけてくる。生い茂る比叡の木々たちをかいくぐり、今俺は走っている。気分はちょっぴり廃。
 山頂近くの炎を目指して、俺たちは山を登っていた。布陣を組んで歩き始めたのが数十分前。変化は早くに訪れた。
 神来鈴が車椅子を滑らせて崖から転落していったのだ。
 あまりにも突然のことだったので俺もナトリも反応が遅れ、助ける事ができなかった。夜の比叡山は炎によって紅く照らされているとはいえ十分に暗く、神来鈴の安否は確認できていない。
 だから俺は壊れた。壊れることにした。
 何が守ってやるだ。俺は何も守れない。弱い男だ。弱い存在だ。軽はずみに俺の問題に巻き込んで、その結末があれだ。
 落ちていく瞬間、神来鈴は何事か言っていた。風が強く、まったく聞こえなかったが、口の動きからは、
「先に行ってください。ご心配なさらず」
 俺にはそう言っていたように思える。
 もう、俺は生きてなんかいられなくなりそうだった。あんな小さな女の子に何を言わせているんだ。その身を犠牲にしてまで、こんな俺を気遣ってくれて。俺は最低だ。
 だから歌う。俺は歌い続ける。
「ゥァイッキャーンフラァィヤッウェエエエエエエェェェェイ!! ゥァイッキャーンフラァィヤッウェエエエエエエェェェェイ!!」
 踏み出した一歩は闇。そこに空間はなく、
「ゥァ……え?」
「お兄ちゃ……きゃー!」
 意識が落ちていく。いや、違う。俺が落ちていく。俺の身体は崖から投げ出され、真っ逆さまに落下していった。
 落ちていく感覚。意外と澄んでいた。思考が透き通っていく。
 あぁ、俺なんか、このまま死ねばいいんだ。生きていたってなんにもならないじゃないか。なら、このまま……。
 目を閉じようとした瞬間だった。目の前を、紅黒い影が横切った、
「!?」
 と思った直後、俺の身体は何者かにすくい上げられていた。
「ふぅ」
 俺はおそるおそる声の主を仰ぎ見た。直後、衝撃が来る。着地の振動だ。
「ぬぬ……痛くない。痛くはないぞぉ」
 声の主は明らかに痛そうに耐えた。
「ともあれ少年、命を粗末にするものではない」
 それは整った顔立ちの、でもどこかくたびれたような、がっしりとした体型の男だった。見れば背中には紅い翼が生えている。
 ……翼?
「!!」
 俺は男から飛び退いた。
「ん? どうした」
「て、てめぇ……コキョオの仲間か!」
「ふむ、そうだが」
「そ、そうだがって……敵がなんで俺を助けるんだ!」
「敵……?」
 男は顎に手を当て考え込む仕草をした。よく見ればその顔には目立つ特徴があった。
 額に小さな円形の空洞がある。
 それが何かはわからない。
 男はその空洞と、二つの瞳を俺に向けて言った。
「ふむ、少年、敵と味方、などという二勢力のみで物事を判断するのは得策ではないな。もっと広い視野を持ったほうが賢明だ」
「な、なにを……」
 親父みたいな喋り方をしやがる。
「こ、この火事も、てめぇの仕業か!」
「この山で起きていることは私の知るところではない。私は君に用があってきたのだ、少年」
「何……?」
「詳しくは道すがら話す。とりあえずは私の背に乗ってくれ。ここにいては焼け死んでしまうからな。脱出する」
「ま、待て!」
「?」
「俺は……行けない」
「何故だ?」
「残してきているんだ……ナトリと、神来鈴を。あいつらを、助けなきゃ。俺が守ってやるって言ったんだ。みんなを、あいつらを……なのに、俺……こんなに弱くて、こんなに情けなくて……なんにもできなくて……」
「……」
 男は俺をじっと見ていた。そしてやがて、口を開いた。
「それは……いや、その二人は、君にとって大切な人なのか?」
「え……あ、あぁ」
「命に代えても、守りたいと思う人なのか?」
「……ああ」
「……ふっ」
 男が、笑みを作ったような気がした。
「ならば、今は君に協力しよう、少年。その二人を助け出し、共にこの状況を突破する。いいか、回避ではなく突破だ。私の話はその後にでも聞いてもらおう」
「回避じゃなく、突破……」
 聞いた事のあるその言葉。親父が言っていたこと……なんで、こいつが?
 俺の疑問を知ってか知らずか、男は構わずこう言った。
「紹介が遅れたな。私は第2世界『ダンスドール』、『血盟騒楽』所属、戦慄のハゲワシが使い魔、ヒリュウだ。覚えておいてくれ」
2006年1月9日午後4時37分

冥王計画羅生門第31話「人により程度は異なりますが、ナトリにより性行為への依存が生じます」

 旅人は自分の旅の終わりをわかっているのだろうか。いつ目的地に到着し、いつ帰ってくるのか。そのとき、自分の家族や友人、恋人は自分のことを待ってくれているのか。旅人は自分の旅の終わりをわかっているのだろうか。
 おそらく、わかっていない。というか、考えていない。旅人にとって、『旅をする』という行為自体が楽しみなのであって、どこどこへ行くとか、いつまでに帰ってくるとかは、おまけみたいなものなんだろうと。俺はそう思う。
 小さい頃、あれは俺がまだ小学生だった頃だと思う。当時、俺の家は小学校の校区の端にあり、校区を区切る線路の踏切を渡ってしまえばもうそこは校区外という状況にあった。これが意外と過ごしにくかったのだ。
 今でこそ、好きな時間に好きな場所へ行く事ができるが、小学生となるとそうもいかない。学校のルールとして、『校区外に出てはいけません』とされているのだ。しかし俺の場合、校区内だけで過ごすにはあまりにも不便な場所に住んでいたのだ。出ればいいじゃないかと思うかもしれないが、このときの俺はまだ善良な小学生だ、校則を違反することに何かしらの抵抗があったのだろう。あまり校区外に出ようとしなかったんだ。
 それでも、ある日、俺は校区外に出た。母さんから頼まれてダイエー上鳴尾店にニラを買いに行かなきゃいけなかったんだ。校区内には他にもコープなんかもあったのだが、いかんせん校区の端っこの俺からしてみれば遠いのだ。それならばダイエー上鳴尾店まで足を伸ばして、ついでにドムドムハンバーガーやサイキ文具店を眺めていくのが乙というものだろう。
 その日、俺はワクワクしていた。学校の友達があまり歩いたことのない道、そこを俺は歩いた。自分だけが知っている道、自分で切り開いていく道。それこそが、旅の楽しみなんだと、小さいながらにおぼろげに感じながらステップを踏んだ遠い冬の日。
 俺は今、その全てを否定しよう。
 目の前には、シングルベッド。一人で寝るには少々大きいかもしれないが、今夜はナトリと神来鈴も一緒だ。ベッドの上にはすでに二人がいる。きゃいきゃい言いながら、(主にナトリが神来鈴を)乳繰り合っている。こうして二人を並べて見てみると、やはりナトリのほうが大きい。お姉さんだ。比べて神来鈴のほうはマジでちっちぇぇ……本当に羅生門と同じぐらいじゃなかろうか。
 旅人は、帰るときのことを考えない。帰る場所のことを考えない。何を言うか。馬鹿げたことを。こいつらを待たせて俺になんの利がある? 待ち人はいつまでも待ってはくれない。ならば、自分から会いに行くのが理というもの。俺は帰る。必ずここへ。俺を待つ、生暖かい場所へ。
 俺が決意も新たに涙を流していると、ナトリがひょいと飛び起きた。上半身に白いTシャツ、下半身には下着のみ。見れば神来鈴もシャツの色が黒というだけで後はナトリと同じ格好をしている。
「ねぇ、お兄ちゃん、しないのー?」
 ええこっちゃええこっちゃ。
「あの、冥王さま。先ほど、ナトリさまと相談したんですが、やはり三人で一緒にという話になりまして……」
 最強の格好だ。二人とも。たまらん。目が。俺の芽が。メガドライブ!!
 アクセル全開。脳内全壊。ロリ、いきまーす!
「その……よろしいでしょうか?」
 俺の眼下で四つんばいになって上目遣いに見上げてくる神来鈴。シャツの襟から透き通るような白い肌が覗く。淡い桜色した、控えめな、二つの蕾。

ま だ ノ ー ブ ラ か 

 考えてみれば当たり前なのかもしれないが、考えなかったらこの異常性は水爆級ですよ!?
 ということはナトリもまたノーブラに違いない。俺のことをよくわかっている、本当に良く出来た妹だ。しっかり可愛がってやるぞ。
 俺はまず神来鈴の頭を撫でた。
「よしよし、今日は二人まとめて面倒みてやるからな」
 俺は考えた。二人同時にする方法を。やはりオーソドックスなのは上と下に役割分担する手か。
「じゃあ神来鈴。さっきお口でしたいって言ってたから、してもらおうかな」
「えっ……」
 神来鈴の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。うわ、純な子だ〜。萌える〜。
 すでに我がフェイドゥムは神来鈴の眼前にスタンバイ・レディ。門が開くのを一日千秋の思いで待っている。
「あ、あのっ、めぃ……」
 消え入りそうな声。ここへきて不安になっているのか。俺は包み込むように両手で神来鈴の頬をさすってやった。
「ちょっとずつ慣れていってくれればいいから。いきなり無理強いはしないよ。さ、お口開けて。あーん、て」
「ぁ……」
 薄く唇を開き、神来鈴は俺のフェイドゥムを受け入れ始めた。唇だけで先端を挟み込む行為。
「ぬぅっ!」
 動きは拙い。だが、だが、だが……! 何だこの胸を締め付けるようなもどかしさと涙がこぼれそうなほどの愛しさはああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
 気が狂いそうなので気晴らしに神来鈴の顔を見た。一所懸命、ご奉仕をする顔だ。時々しゃくりあげて震える鼻がまためちゃめちゃかわええええええ。
「……神来鈴」
「……はい。なんでしょうか?」
「慣れてきたら、さ。舌を使ってみたりもっと深くくわえ込んでみたりして、変化をつけるともっと良いよ。あと、その手で袋の部分もみもみして。優しくね」
「ふぁい」
 神来鈴は俺が言ったとおりにした。下を絡ませ、口の奥に出し入れする。歯が当たることを怖れているのか、まだまだ動きはぎこちなく遅いものだが、これはこれで非常に心地が良いものだ。同時に来る十指の感触。柔らかい、暖かい、散弾銃。ところどころに着弾しては浮いていく。
「んむ……ほぉぃふ、はっへむ……」
 気が狂ったのでナトリを混ぜることにした。
 俺は上半身をベッドに倒した。
「ナトリ、俺の顔の上に」
「うん、気持ちよくしてね、お兄ちゃん」
 ナトリが俺の顔をまたいで座る。
 ……これが便器の視点か。
 許すまじ、便器。
 俺は便器に呪いの念を送りながら、ナトリを愛撫した。私の愛撫は凶暴です。
 下着の上から、そして下着の下へ指を滑り込ませ、前と、後ろの穴へと指を沈み込ませていく。
「ゃ、っあ……」
 ともし火のような、か弱く、そして力強い声が漏れる。俺に力と元気をくれる。頑張れ、神来鈴。
「ナトリ、シャツ脱げ」
「うん……」
 ナトリがシャツの袖から腕を抜いた、その瞬間。
 状況は起こった。

 2005年1月16日午後9時前。俺と、ナトリと、神来鈴の三人は、急いで服を着て小屋の外へ出た。
 暗いはずの比叡山の夜は、やけに明るく、そして……。
 やけに紅かった。
「なんだ、これ……」
 俺は呟いた。
 山が、燃えている。
 炎が、轟々と上がっているのだ。
「大変だ!」
 山火事なんて。火が広がったらこんな小屋、ひとたまりもない。
 脚が逃げようとして、踏みとどまった。目の前の、二人の少女を確認して。
 ナトリと、神来鈴。二人は、俺が守らなきゃいけない。特に神来鈴は、両足を骨折している身だ。一人になんてしておけない。
「ナトリ、消防車を!」
「ダメ、電波ないよここー」
「くそっ、助けも呼べないのか!」
 下の街の人たちが気付いてくれていればいいが、どうだろうか。まだ9時前だ。結構人通りも多いはずだから誰かこの火事に気付いてもおかしくはないだろう。
 少しの期待を込め、俺は携帯電話を閉じた。俺のも無理だ。こんなことならFOMAにしなきゃ良かったかもしれない。まぁ、それは後の祭りだな。
 もう一度、炎を見上げる。山頂付近だ。何かの違和感があった。小屋の中で聞いた音。かなり大きな、何かが硬いものにぶつかるような音。
 ……あそこで、一体何が起こったんだ。
 ここは比叡山だ。親父ゆかりの地。そしてコキョオと戦った地。末法鏡が隠されていた地。もはや、何が起こってもおかしくない場所だ。
 ならばこの火事も、俺と過去を、俺と羅生門をつなぐ何らかの糸なんじゃないか? そう思って頭から離れない。
「……ナトリ」
 こいつを、危険に晒すわけにはいかなかった。
「神来鈴を連れて、山から、降りろ」
「そんな!」
「おまえなら車ぐらい運転できるだろ」
「そういう問題じゃないよ、お兄ちゃん!」
 ナトリは激昂した。
「お兄ちゃんはどうすんの!」
「俺は……」
 振り返り、炎を背後にナトリを見た。
「あそこにいかなくちゃいけない気がするんだ」
 悲壮そうな表情を。
「何かが俺を待ってるんだ」
 俺を突き刺す、その瞳を。
「ナトリ、おまえにはあまり詳しく話してやれないで本当に悪いと思ってる。おまえはこんなに俺に協力してくれてるっていうのにな。不義理な兄を許してくれ」
「今生の別れみたいな言い方!」
 ぱしん、と乾いた音が響いて、その後に聞こえた、ナトリの声は。
「……しないでよぉ……」
 涙混じりで、俺の視界を揺らす、ナトリの声は。
「だってあっち、まだお兄ちゃんと十分エッチしてない! お兄ちゃんはもう満足なの? あっちにはもう飽きちゃった!?」
 健気で、儚げで、一所懸命な、ナトリの声は。
「もっと……もっともっと、あっちのおまんこにっ、お兄ちゃんのおちんちんっっ、ずぶずぶ突っ込んでぇっっ!!」
 弱くて、強くて、どこか感付いたようで頭が痛くなる、ナトリの声は。
「お兄ちゃんいなくなったら、あっち、寂しくて死んじゃうよぉ……」
 この世のどんなものよりも、美しく、気高かった。
 でも、このときの俺は、揺れる視界の中で何を見ていた。
「ナトリ……おまえ、俺から……ぐっ!!」
 脳裏をよぎる様々な光景。意味がわからない、意味のない映像たち。俺の中の記憶……なのか?
「お兄ちゃん……少し、思い出せたんだね?」
「う、うぅ……」
 俺は立っていられず、その場に膝を付いた。
「はぁはぁ……なんかわかんねぇけど、なんか見た。思い出したのか、何を思い出したのかすらわかんねぇけど」
「うん、それでいいよ。昔のこと思い出すたびに、きっとお兄ちゃん、強くなっていくから」
「それは……」
 どういうことなのだろうか。だが、今はそれを訊いている場合ではない。
「ナトリ、本当に、一人でいかせてはくれないのか?」
「絶対ダメだよ……イクときは二人一緒だよ」
「あの……私もできればご一緒したく……」
 そうだ。神来鈴もいたんだった。
 俺は二人に説明した。俺の想像する、現在の状況を。今までのこと、羅生門のことや、親父のことを。なるべく簡潔に。要するに、戦う必要があるかもしれないということをだ。そしてこれは、俺の個人的な問題だということをだ。
「お兄ちゃん、それ違う」
「え?」
 ナトリが俺の話をさえぎった。神来鈴が後を続ける。
「今の話ですと、冥王さま個人の問題という話以前に、この世界の危機という感じがしますが」
「そうだよー。それなのに、お兄ちゃん、一人で抱え込んじゃダメだよー」
「そ、そうなのか? 本当に、そうなのかな?」
 なんだろう。なんか、体が軽くなった気がした。今まで俺に重くのしかかっていた重圧、責任感みたいなものが、一気に軽くなった感じだ。問題は大事になったと知らされた。世界の問題だ。だが、気持ちは随分と楽になったと思い知らされた。それを実感した途端、ふいに、熱いものが俺の頬を流れた。
 人が、いてくれる。仲間が、周囲にいてくれる。わかりあえる人間が、いてくれる。それだけで人はこんなにも救われるんだと。このとき初めて、思った。
 浮かぶは羅生門の姿だ。今は一刻も早く彼女に会いたい。そのためにも、この危機をどうにかして脱さなければならない。そして強くなった俺を、羅生門に見せる。それが、俺が羅生門にできる、最大限の努力だ。
 俺はナトリを見、そして神来鈴を見た。
「ナトリはある程度戦えるからいいとして、神来鈴はどうしようか」
「私も、冥王さまのお力になります」
「っていっても、その脚じゃなぁ」
「任せてください。この乗り物の操縦方法でしたら、お二人が出かけている間に練習してましたからもう完璧です」
「いや、そうじゃなくて……戦えるのかってことなんだけど」
「戦闘能力のお話でしょうか」
「うん」
「記憶がないので正確なことは言えませんが、私の体の中に根付いている微かな記憶の微粒子たちが、この状況下で活性化しています。これは、私が以前、似たような状況にいたことがあったということではないでしょうか。あるいは、戦場にいたとか」
「うーん、戦場ねぇ」
 こんな10歳くらいの女の子が戦場にいるわけがない。しかしこの子は俺を冥王と呼ぶ人間だ。ということは羅生門や親父つながりでそういう場所にいたとしても割とおかしくはない。  考えても答えが出ないのではどうしようもない。俺はふぅ、と一息ついて言った。
「わかった。三人一緒に行こう。もしも戦闘になったら、全員で戦う。だが、これだけは忘れるな」
 じっくりと二人を見回し、二人が唾を飲み込んで息を整えたのを確認し、俺は言った。
「死ぬな、それだけだ」
 二人は同時に頷いた。
「じゃあ、行こうか」
 俺たちは炎へ向かって進みだした。俺が先頭を歩き、ナトリが最後尾。車椅子で移動する神来鈴の前後を警戒する布陣だ。
 山火事から逃げず、火の元へ行こうとするなんて命知らずな行為だろうか。だが親父は昔、こう言っていた。
「本当に守りたいものを守るためには、自分の命も顧みずに突き進むことも時には必要であることだ。その危機、自らの命に迫る危機と守りたいものに迫る危機を同時に突破するのだ。回避するのではなく、突破するのだ。それができて初めて、雄という生き物は大きく成長することだろう」
 こんなときに親父の言葉が思い出されるのは癪だが、なるほど含蓄の効いた言葉だと思う。昔の人も「虎穴にいらずんば虎児を得ず」と言うしな。
 ふと、親父と最後に言葉を交わしたときのことを思い出した。蘇我組を潰すと言って親父は去っていったが、無事だろうか。できれば無事でいて欲しいと、願う自分の思いが悔しくて。俺はまた、涙を零していた。
2006年1月8日午前4時41分

冥王計画羅生門第30話「おいしさ+150ml」

 膝に怪我をした少女を車に乗せ、俺たちは小屋へ向かった。親父が昔、山ごもりするときに使っていた小屋。俺も何度か行ったことがあるはずだが、何故だか場所が思い出せない。仕方なく、ナトリに道案内を任せた。
 小屋は小高い丘にあった。小屋の前の地面には多きな穴が開いており、中は空洞になっている。俺はそれを見たときはっとした。そこが、一昨日コキョオと一戦を交えた場所だったからだ。丘から見下ろすと、廃ダムが見えた。ウィリーに失敗し、羅生門と一緒に転落した場所。ほんの二日前のことなのに、随分と昔のことのように感じる。あの時とは、なにもかもが違ってしまっている。
 小屋の中は割りと小奇麗だった。
「あっち、たまに来て掃除してるんだよー」
 とはナトリの言だ。なるほどよく片付いていた。食料も日持ちするものを中心に貯蔵されている。我が妹ながら良く出来た妹だと今更ながらに感心してしまう次第だ。
 とりあえず布団を敷いて、少女を寝かせてやる。
 脚の怪我は……どうしたものか。
「大丈夫です、冥王さま。これぐらいの傷、なんてことはありません」
 神来鈴と名乗る少女はそう言うが、明らかに血がだらだらと零れている。とてもじゃないが大丈夫だとは思えない。
「お兄ちゃん、救急セット、あったよー」
「でかした、ナトリ。この子の応急処置、できるか?」
「ん、やってみるよー」
 ナトリの応急処置はテキパキとしたものでしかも的確だった。
 神来鈴の両足の骨はどうやら折れているようだった。ナトリの治療を終え、今は包帯を巻いて安静にさせている。
「ふぅ、一時はどうなることかと思ったぜ」
「あはは、お兄ちゃん前科一犯だねー」
 実は一犯ではない。銃刀法違反や車の強奪なんかもやっている。だがそれをナトリに言う必要はどこにもない。
 何故か小屋には車椅子があった。親父もここで骨折していた事があったのだろうか。
 とりあえず神来鈴の移動は車椅子でしてもらうことにした。これからしばらくこの山で過ごすことになるわけだから、神来鈴もずっと外に出られないのでは息苦しいだろうというナトリの配慮だ。
 さて、この不思議な少女・神来鈴なのだが、一体何者なのだろうか。俺を『冥王さま』などと呼ぶということは、羅生門か親父の関係者だと思うのだが……だが、本人から訊き出そうにも事故のショックで断片的に記憶を失っているらしく、まともなことは覚えていないようだ。ただ、俺のことを知っていて俺が冥王であるということ、それと自分が冥王の力となるための存在であること、それだけを覚えているらしい。
「なるほど。冥王さまの妹のナトリさまは修行のためにここを訪れたのですね」
「あぁ、そうなんだけど、君にこんな怪我をさせてしまって、修行どころじゃないよな」
「そんな! 私のために冥王さまが気に病むことなんてありません。私、冥王さまの力になるためになんでもします! 本当ならば、今すぐにでもこの身で冥王さまの修行の手助けをしたいところですが……」
「そ、その脚じゃ無理だよー」
「……ですよね。では、私はここの留守を預かります。冥王さまが大安心を持って修行を終えられるように、家事を預かります」
「そこまでしてもらっちゃ悪くないか?」
「全然平気です。というか、冥王さまのために動かないと、私、不安で」
 神来鈴は微笑を浮かべて言った。
 整った顔立ちに乗る薄い唇の動きに合わせて綺麗な声が生まれ出る。なんて可愛らしいんだろう。
「冥王さまがお望みなら、私、夜のお相手だって」
「い、意味わかって言ってる……?」
「も、もちろんですよ! えっと、ですね……」
 神来鈴は急にしどろもどろになり、顔を赤面させながらも答えた。
「あの、め、冥王さまの……お、おちん……ちんを、おくちでご奉仕させていただいたりですね……あと、この身の穴という穴を使って、ですね……」
 見る見るうちに顔が赤くなっていく。いや、ちょい待ちや。この辺で止めとこう。
 と思ったのだが、そこへナトリが割り込んだ。
「それはあっちのお仕事だよー」
 ナ、ナトリさん!?
「で、ですが……」
「お兄ちゃんの身体はナトリのなんだからねー、神来鈴ちゃんにはあげないよー」
「あの、私にも少し……なんならご一緒でも」
「あ、それいいかも。神来鈴ちゃん、ナイアイディー」
 なんですと!?
 今夜から、ナトリも、神来鈴も、わいのもんやて!? 二人いっぺんに食っちゃえるとわけなんだら!? この世の春がきたあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあぁ!!!!(・∀・)!!!!

 家事を預かると言い張る神来鈴を残して俺とナトリは小屋を出て修行場に向かった。小屋から程なく離れたところに親父が使っていた修行場がある。
 そこはちょっとした広場みたいになっていて、親父が残した様々なもの、サンドバッグや丸太ブランコなどが設置してあった。
「さて、修行っていっても、何からやればいいんだろう」
「んー、そだねー。じゃお兄ちゃん、一回手合わせしよっかー」
「手合わせって、ナトリ、おまえとか?」
「あー、お兄ちゃん、あっちのこと馬鹿にしてるー? あっち、これでもこの一年近く毎日修行してたんだよー。一年も修行サボってたお兄ちゃんに負ける気はしないんだけどなー」
「おいおい、言うねぇ。怪我しても知らねぇぞ」
「いいよ。かかっておいでー」
 言って、ナトリは構えた。両手で拳を作り肩の前に構える、神崎流体術の基本の構えだ。
 俺もそれに倣う。体が型を覚えている。
 相手は妹だ、本気でやるわけにはいかない。ウォーミングアップのつもりで軽くやって、まずは兄の実力というものを見せてやるとしよう。
 ナトリが先に動いた。身体を沈め、滑るようにして俺の懐にもぐりこんでくる。
「!」
 俺はバックステップで間合いを取った。ナトリは更に脚を出してくる。距離が縮まる。
「1、2っ……」
 右足、左足のステップで俺へと詰め寄る。
 伸びてくるのは左の拳。
「3」
「!!」
 俺は身体をねじって避けた。
 ……意外に速い!
 避けた反動を利用して肘を入れる。だが、そこにはナトリの姿はもうなかった。
「えっ……」
「あっぱぁー!」
 ターンして俺の背後を取ったナトリは、がら空きになったわき腹から拳を入れてきた。
「がぁっ!」
 まともに入った。俺はよろめいた。だがダメージは少ない。直撃とはいえ、ナトリにそれほど大きな力はない。
 しかし。
 ……油断できないな。
 俺は本気モードに入った。
 五感を研ぎ澄ます。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、そのどれもが極限にまで敏感になったとき、生まれるものがある。それが第六感だ。
 俺は動いた。ナトリの右正面へと。
 ナトリの知覚でまだ俺の動きに追いついていない。
 これなら……いける!
 前へとステップを踏む。ナトリの肩口へと右の拳を放り込む。
 いける。
 そう確信した直後。
 ナトリに動きが生じた。
 ……知覚が追いついたか?
 だが遅い。気付けても間に合わなければ意味がない。この攻撃は入る。俺の確信はまだ消えていない。
 ナトリは俺に背中を向けた。どういうつもりだ? 俺を見失っているのか? まぁいい。そのまま右の肩口へ俺の拳を。
 だが。
 次の瞬間、俺の拳はナトリの右の掌に受け止められていた。
「何っ!」
 わずかにこちらを振り向いたナトリの顔は何故か少し寂しげで、だがその表情が見えた瞬間、俺は腕を引っ張られていた。
「うああ!」
 世界が回った。否、俺が回ったのだ。ナトリは自分の背中に俺の体重を乗せ、一気に地面にたたきつけたのだ。背負い投げだ。
「いつつ……」
「お兄ちゃん」
 背中をさする手とは逆の腕を引き上げながらナトリが俺に声をかけた。
「……お兄ちゃん、弱いよ」
「ナトリ……」
 俺はこのとき、正直傷ついた。妹に「弱い」と言われてしまったのだ。強くありたいと、強くなりたいと願う俺が、だ。
 ナトリの表情はさっきの寂しげなものから変わっていない。
「どうしちゃったの? 昔はあんなに強かったのに。ねぇ、思い出してよ、お兄ちゃん。道場でお母さんを倒したときを」
「母さんを……?」
 倒したのか? 俺が?
 記憶にない。まただ。自分の記憶からかけ落ちている部分だ。それを今、ナトリから聞かされた。
「……!」
 なにかが脳内をフラッシュバックする。
 それは何だ。懐かしいような、新しいような、見たこともないような、母さんが目の前で倒れている姿。それは俺が倒したのか。俺の拳はそのとき、何色で……。
 俺ははっとして眼が覚めた。何だ、今のは……。記憶の断片だとでもいうのか?
 ナトリが心配そうに俺を覗き込んで言う。
「ごめんね」
「え……なんでナトリ、謝って?」
「お兄ちゃんがこんな弱くなっちゃったの、あっちのせいかもしれないの」
 ナトリの言っている意味が、よく、わからなかった。
「だから、あっちが責任持って、お兄ちゃんが昔の強さに戻るまで修行に付き合うから。だから……」
 ナトリの瞳から何か落ちてきた。俺の頬に零れるこれは……涙だ。
「だから、ごめんね、お兄ちゃん……」
 ナトリが泣いている。意味がわからない。だけど、俺にはなんて声をかけていいかすらわからなかった。
 俺が弱いことが原因で泣いているってことだけはわかった。だから俺は、ナトリの涙を指で拭ってやった。
「強くなる」
「え?」
「必ず、強くなるさ。だから、泣くな。そのための修行に来たんだろが。強くなって、おまえの不安も何もかも吹っ飛ばして、道場だっていつか再興してやるさ。だから、そのときおまえは俺のとなりにいてくれよ、な」
「お兄ちゃぁん……」
 ナトリはもはや口を歪めて泣き始めた。
 こんなふうに泣くナトリをもう何年も見ていない気がした。ナトリは、俺が考えていたよりもずっと気を張って今まで生きてきたのだろう。
 それを、ほんの少しでも昔のようなナトリに戻してやる事ができて嬉しく思う反面、原因が自分の弱さであることに情けなくも思った。
 ……強く、ならなくちゃいけない。
 もう一度、羅生門に会うためにも。自分の過去を、取り戻すためにも。ナトリの不安を、ナトリの涙を、拭い去るためにも。
 そう、強く思った。
2005年12月25日午後2時21分

冥王計画羅生門第29話「神来鈴」

 修行のための準備とかその他いろいろなことを終えた俺とナトリは、車に乗り、一路比叡山を目指した。
 だが、金がなかったので仕方なく国道171号線をひたすら走ることにした。
 朝なのでそう時間もかからずに着くだろうと思ったが、道路は以外に混んでいて、出発してから約1時間が経つが、未だ全行程の半分も過ぎていない状態だった。このままではガソリンが底を尽きてしまうので手近なスタンドに入ることにした。
 従業員が大仰なジェスチャーで車を誘導する。窓を開けると嫌味なほどの営業スマイルを剥けて訊いてきた。
「いらっしゃいませ。本日は廃屋でしょうか、イレギュラーでしょうか」
「なんか変なニュアンスや変な音が入った気もするがまぁいいや。ハイオクを満タンで。はい、カードね」
 俺はクレジットカードを手渡した。三井住友VISAカードだ。これは高校のときにバイトをするためにつくった口座のものだが、高校卒業の折にクレジット機能付きのものに更新しておいたのだ。
 それにしてもクレジットカードとは便利な代物である。何しろ、現金がなくても物が買えてしまうのだ。
 物品だけではない。飲食店などでもクレジットカードが使える店が増えている。特に居酒屋などがそうだ。酒を出すところだと、会計が意外に高くなりがちなのでクレジットカードを使える店のほうが客も安心して飲み食いできるというものだ。そういう理由から、各居酒屋はカード会社にいくらかのマージンを支払ってでも、自分の店でカードを使用できるようにするのが普通だ。
 これがまた良い利用方法を導き出す。特に、定期的に飲み会をする人にオススメの方法だ。例えば一ヶ月に一回飲み会をするとして、その参加者が自分を含めて10人とする。わかりやすいように一人当たりの支払い代金を5000円としよう。飲み会終了時、全員から金を集めるのは非常に面倒である。そこで、おもむろにクレジットカードを取り出してこう言うのだ。
「とりあえず払っておくよ」
 こうすることで、スピーディな支払いの後に全員から集金をすると、45000円の現金が手元に入ることになる。それはもちろん翌月の支払日に返さなければいけないお金だが、翌月もまた飲み会をするとどうだろう。自分の支払い代金5000円を支払うのは当然なので、それとは別に翌月の飲み会で集めた45000円を返済に充てれば良い。つまり、無利子で45000円を借りる事ができるのだ。もちろん自転車操業である。
 余計なことを考えているうちに従業員が窓を拭き始めた。と、そこでナトリの声を聞いた。
「お兄ちゃん、あっち、ちょっとトイレ行ってくるねー」
「おう、急がなくていいからゆっくり気持ち良くなってこい」
「もう、エッチなんだからー」
 ナトリが車を出てとたたた、とトイレへ入っていく。
 俺はそれを見やりながら、なんともいえない気分になった。
 助手席を見る。それはさっきまでナトリが座っていた場所だ。
 ……ここに、数秒前までナトリの尻が……。
 温かいだろうか。これを触れば温かいだろうか。そんな思いが俺の頭をよぎった。
 シートは、ナトリの尻と接触していた。俺が、シートと接触する。それは、俺の手とナトリの尻との第二次間接接触を意味する。
「……!」
 大変な事実に気がついた。コイツは、このシートは、俺のナトリの尻に触っていたのだ、と。
「ナトリの尻に無断で触るとはとんだ不届き者だな。許しておくことはできん」
 俺はおもむろにサイレンサー付き麻酔銃を取り出し、助手席のシートに向かって二、三発放った。
「ふむ」
 これでシートも懲りたことだろう。寛大な俺はそのへんで勘弁してやることにした。
 さて、次は俺の番だ。どけ、シート。
 俺はシートにぺたぺたと触り始めた。
 わずかに残るナトリの残り香。それが今、俺の手に馴染み始める。それはとても幸いなことだ。人間の皮膚というものは微妙な起伏が細かく刻まれているため、今獲得したナトリの空気、いわばナトリエアーは、これから先どんなことがあろうとも、俺の手の中に残り続けるだろう。記憶ではなく、記録として。
 だが俺は、そこである種の違和感を覚えた。前にも何度か感じたことのある、不思議な感覚だ。
 デジャブ、というやつだろうか。
 俺がそんなことを考えていると、ふいに助手席のドアが開いた。そこに立っているのは俺のフェイドゥムではない、もちろん俺のナトリだ。
「お兄ちゃん? ……なにやってんの?」
「ぬ。いや、これはだなナトリナトリの尻をまぐわらせようと不届きな思想を持つシートを成敗しようと成敗したのだが俺も尻の熱にやられてしまったようで尻の星へ旅立っている最中で」
「もー、落ち着きなよ」
 そう言って、ナトリはそのまま助手席に、俺の手の上に!!(・∀・)!! 尻を先頭に乗ってきたのだ。
「ナ、ナトリさん!?」
「あっちのお尻が触りたかったら、お兄ちゃんにだったらいつでも触らせてあげるから。だからシートに嫉妬なんかしないでよー」
 お、俺は。
 俺はなんと素晴らしい妹を持ったのだろうか……感動で涙が流れてきた。
 そうこうしているうちに給油が終わり、クレジットカードと領収証が帰ってきた。
 さて、再出発だ。
 俺たちは一路比叡山へ。何の問題もなく向かう。はずだった。まさかあんな事件が起こるとは、俺もナトリも、思いもしなかった。

 一時間後。比叡山山中。
 軽快に飛ばしていた俺たちは、急遽停車し、車から降りざるを得なくなった。
 人を、撥ねてしまったのだ。
「大丈夫か!」
 それが車を降りた俺の第一声だった。
 倒れていたのは、小さな少女だった。
「お兄ちゃん!」
 後ろからナトリが追いついてきた。
「この子……大丈夫なの?」
「……」
 俺は黙っていた。
 見れば、倒れている少女はまだ幼かった。ナトリよりも年下じゃないかと思うほどだ。黒髪で、黒のパンプスを履いていて、着ているのは黒のフリル付きワンピース。肌の白さが際立って、非常に可愛らしい格好をしている。
 俺は、そんな少女を撥ねてしまった。まだ将来有望な少女の未来を奪ってしまったのだ。

「死して詫びる!」
 俺は崖から飛び降りた。
「ちょっとお兄ちゃん、どこいくの!?」
「ちょっとそこへ五千円札を落としてな。新渡戸すわぁーん!」
 だが、俺が手にした紙幣に描かれていたのは樋口一葉女史だった。
 俺が愕然として肩を落とした。
「世界というものは……運命というものは……かくも儚いのか」
「お兄ちゃん、落ち着こうよ。ほら、あの子、起きるみたいだよ」
 見れば、少女が身を起こしている。
 俺は地面に平伏した。
「接写!」
 バシャリ。
 少女が目を開ける寸前にカメラのシャッターを切った。カメラがどこにあったのかは謎だが。
 そして俺は眼を開けた少女に言う。アスファルトに頭を叩きつけて。
「拙者、名はわかりませんが姓を神崎と申します! 先ほどは貴女を痛い目に遭わせてしまい大変申し訳ないことをしてしまったと反省の気持ちでいっぱいであります!」
「お兄ちゃん……」
「そういうわけだから、何でも言って欲しい! 俺にできることならなんでもさせてもらう! それぐらいじゃ詫びにはならないだろうけど、でもそうでもしないと、俺……」
 俺が言葉に詰まると、少女は俺の顔を掴み、地面から離した。そして顔を上げさせる。
「な……何?」
 少女が俺を見てくる。少女の瞳が、俺の眼を真っ直ぐに見つめてくる。
 なんか、不思議な感じがした。見られることではなく、俺が少女を見ていることが、だ。
 そして少女は、ふいに口を開いた。
「……あなた、冥王さまですね?」
「え?」
 俺は一瞬、何を言われたのかがわからなかった。
「私は、神来鈴(じん・ぐるべる)。冥王、あなたの力になるために……あれ?」
 神来鈴と名乗った少女は、言葉の途中で首をかしげた。
「あれ? あれれ? あなたの力になるために……どこから……来たの、私?」
「……」
 俺を冥王と呼ぶ、少女。羅生門の関係者だろうか。だが、その少女も自分についてよくわかっていないらしい。さっき撥ねられたことによって記憶を失っているのだろうか。
「冥王さま? お兄ちゃん、なにそれ?」
 ナトリが訊いてくる。
 まずい。ナトリを俺のいざこざに巻き込みたくはない。だから、冥王とか羅生門とか、そういったわけわからんことを教えるわけにはいかない。
「さ、さぁ……」
 俺はとりあえず身体を起こし、神来鈴を抱き起こした。
「と、とにかく君、どこかケガはないか?」
「あ、はい、ありがとうございます。多分、どこも痛く……うっ!」
 神来鈴は立ち上がりながら、しかし、中腰の状態で俺に抱きついてきた。
「どうした、どこか痛むのか?」
 言いながら、俺は神来鈴の肩を抱きとめる。
 う、薄い。真冬だというのに、この薄いワンピースはなんだ……。
 少女の背は低い。俺の目線の高さからだと見下ろすことになるが、黒のワンピースの胸元から神来鈴の小さな胸の先端がちらほらと見え隠れする。
「き、君も……!」
 ノーブラなのかっ!
「え! 冥王さまも、どこか、ケガをなさっているのですか?」
 少女が心配そうな顔をして見上げてくる。
「いや、俺は大丈夫だ。それより君、どこをケガしてるんだ?」
「はい……ここを」
 そう言って、少女はワンピースをたくし上げ、綺麗な脚を露わにした。
 だが、白くて綺麗な脚は、両の膝が、血まみれになっていた。
「ひ……」
 ナトリが驚きの声を上げる。
「ナトリ」
 俺はあることを思い出していた。
「この山のどこかに、親父が修行で使っていた小屋があったよな」
「え、うん、確か……」
「場所、覚えてるか?」
「うん、多分」
「案内してくれ。それから、この子を車に乗せるのを手伝ってくれ。連れて行こう。これじゃ一人で歩けないだろう」
「そんな、冥王さまの手を煩わせるなんて……」
「気にするな。それに、そのケガを負わせたのは俺の責任なんだ。手当てぐらいさせてくれ」
「……わかりました。申し訳ありませんが、お願い致します」
 透き通ったように綺麗な神来鈴の声。
 この少女が、何故、俺を冥王と呼び、奴隷のように従おうとするのか。そのときの俺には、何もわからず、とにかく少女を助けようと必死にナトリの指示通りにハンドルを切った。
2005年11月29日午前1時48分

冥王計画羅生門第28話「インスペクタ2・繰り返した問いかけは天に舞い明けの空の光に変わる」

 時は早朝。昇り始めた太陽の光を頭が激しく反射する。
 すべてを断った世界に、その男は現れた。
「ふん。久々にゲートをくぐったが、やはり慣れんものだ」
 低い声でそう呟いた男は、自身の持つ機殻翼(カウリング・ウイング)『ヴェール』を展開し、出力を上げた。
 落下を防ぐためである。
 男の眼下には海が広がっている。
「第五世界の海か……随分と綺麗なものだな。だがこの景観も、じきにワシらの物となる」
 しばらくの間そこに浮いていた男は、どうやら目を閉じて精神を集中させているようだ。
 男の聴覚が研ぎ澄まされる。求めていた『歌』が、耳を通して自分の中へ入ってくる。
 男は、くく、と声を漏らして呟いた。
「よくやった、ヒリュウ。そのまま目標を追え。ワシが先に足止めをする」
 挟み撃ちにしてやる、と男は内心でほくそえんだ。
 『ヴェール』の出力を整え、目標地点へと前進加速をする。
「くくく、逃げられると思うなよ、『憎しみの鴎』。このワシ、『戦慄のハゲワシ』からなぁっ」
 男――『戦慄のハゲワシ』は、自分の使い魔からの報告で、この世界に『憎しみの鴎』、つまりオリヒメが介入したことを知った。許可なくクロスゲートを私用することはダンスドールにおいて重罪である。結果、血盟騒楽はオリヒメの行動を謀反と判断したのだ。そして討伐隊が結成されることになったのだが。
 最初は羅生門捕獲のための部隊がそのまま流用される見込みだったが、そこで名乗りを挙げたのがこの『戦慄のハゲワシ』だった。
 『戦慄のハゲワシ』は、以前からオリヒメのことを好ましく思っていなかった。何か計画を立ち上げようとすれば学者の観点からはうんたらこーたらと言っては反対意見を唱える猪口才な若者、という認識だ。なんとか隙を見つけて血盟騒楽から追放してやりたかったが、これは彼にとって願ってもないチャンスだった。
 いけ好かないガキを、自分の手で、追放するどころか制裁を与えることができるのだから。  『戦慄のハゲワシ』は飛びながら右方の山に目をやる。東の方向だ。
「ふん、過去のデータから見るに、クロスゲートの発動時間は最低でもあと一時間か。それだけあればあのメガネのガキを連れて帰るには十分だ」
 そう言い、『ヴェール』の出力を弱める。そして彼は、『歌』を施した。
 『歌』とは、第二世界・ダンスドールの特色とも言える技術である。ダンスドールの人間は、生まれながらにして何らかの超常能力を秘めており、それを『歌』を媒介にして具現化する。彼の場合は『ヴェール』に関する事柄がそれである。
 低く空間を震わせるその歌声は、『ヴェール』の発する振動と共鳴した。その瞬間、『ヴェール』は別の姿を見せた。
 これまではただ開いていただけの鋭角的な翼は、一度自身を収容し、両翼で八枚を数える丸みを帯びた翼となって展開したのだ。
 即ち、出力強化のための変形である。『ヴェール』が第二形態を現したのだ。
 これにより加速性が格段に増す。『戦慄のハゲワシ』は、目にも留まらぬ速さで太平洋の上空を滑っていった。
 オリヒメが眼下に見えてきた。
 『ヴェール』を第一形態に戻し、出力を安定させると、『戦慄のハゲワシ』は一直線に降下していった。オリヒメの眼前へと。
「止まれ、裏切り者」
「!」
 声に驚き、オリヒメが飛行を停止する。
「せ、『戦慄のハゲワシ』殿……!」
「くくく、聞くがいい。これが貴様への逮捕状だ」
 『戦慄のハゲワシ』は歌った。念を『歌』にして。水と、光と、大気を、震わせながら。
「こ、これは……出頭命令?」
「そうだ。法廷は貴様を呼んでいる。意味はわかるな? 貴様に反逆罪の疑いがかかっているのだ。もしも従わなければ……」
 『戦慄のハゲワシ』は声を高らかにして胸の前で握り拳を作った。
「『戦慄のハゲワシ』、また、この『クロガネ』が武力を行使してでも連れ帰る!」
 宣言を受けたオリヒメは、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「……ほぅ。クロガネ、ですか。意外といいセンスをしてるじゃあないですか。ですが、太った体質をなんとかしなければ折角のそのポーズと決め台詞も、全然決まりませんねぇ」
「な、なんだと!」
 クロガネは憤慨した。
 ……これだからこのガキは頭にくるのだ。人を馬鹿にしくさりおって。
 だが、オリヒメの笑みを見て、クロガネには確信めいたものがあった。
 オリヒメは、絶対に命令に従わない、と。
 そしてそれはクロガネにとってもちろん好都合であった。自分の手で直接暴力に訴えることができるのだから。
 ……この状況で笑っていられるとはな、面白い。
 クロガネの中に、燃えてくるものがあった。
 長らく実戦から離れていたために今では隠居扱いだが、クロガネは若い頃は百戦錬磨の鬼と呼ばれていたほどの猛者である。その自分をワクワクさせてくれるのだ、オリヒメは。かつてこんな戦場があった。あの時も今と同じような、海の上での闘いだった。その闘いに敗れたクロガネは、死を覚悟した。しかしその相手は、トドメまでは刺さなかったのだ。結果、その闘いの後遺症で彼は現役を退くことになったのだが、今でもあのときの戦いは忘れはしない。だからこそ燃え上がる。かつてと同じ舞台で、久々に全力で戦うときが来たのだ。
 オリヒメは軽く両手を広げると、
「ではこちらも名乗っておきましょう、オリヒメと呼んでください。残念ながら出頭命令には従えませんね。僕はもう、あなたがたとは決別したのですから」
「ふん。法廷に出るまでもないということか。ならば実刑を待つのみだ。死して終わりにはさせん。貴様の知っていること、貴様の企んでいること、すべて吐いてもらうぞ」
 オリヒメが大きく翼を広げて飛翔した。
「嫌ですよ」
 戦いの火蓋が切って落とされた。
 オリヒメは懐から銃を取り出した。両の手にはオートマチックが二丁。それを水平に連射する。
「!」
 クロガネは迫り来る弾丸を見た。瞬時、『ヴェール』を第二形態へ変形させ、柔軟性のある翼で自分を包み込む。
 弾丸は高い音を上げて翼に弾かれ、速度を落として海に落ちていく。
「ふん。そんな『歌』も施せぬ銃では、この『ヴェール』は貫けぬわ」
「そうですね」
 しかしオリヒメは不適に笑っている。
 何故だ。何故、笑っていられる。自分の攻撃手段が通じないということがわかったというのに。
 その答えは、すぐに来た。
「単に威力ではその翼は砕けない。では、爆発ではどうです?」
「何……ッ」
 状況を理解した。その一瞬。だが遅い。状況は動いていた。オリヒメが『歌』を施す――!
 瞬間、翼が爆発した。オリヒメの宣言どおりに。
「ぬおおぉっ!」
 二発、三発と、次々にクロガネの周囲で爆発が起こる。
「き、貴様ッ……『歌』を……!」
「そうです。着弾発火型の弾丸ですよ。僕の『歌』に呼応して爆発するようになっているんですよ。いくら頑丈なあなたの『ヴェール』と言えども、第二形態は柔軟性を重視しているせいで硬さは第一形態よりも劣る。多数の弾丸をぶち込めば、少しくらいは弾かれずに翼に着弾して残るという算段です。どうですか、」
 オリヒメは上空から水面上のクロガネを見下ろしていった。
「知識は力なんですよ」
 その表情は、力そのものだった。
「ぬぅ。青二才が猪口才なぁ……」
 クロガネは頭に血管が浮き出るほど憤慨していた。
 しかし、とクロガネは思った。
 相手の持つ武器が銃ならば、接近戦に持ち込めばいいだけのことだ、と。
 くく、と笑うとクロガネは『ヴェール』に『歌』を施した。
 海が、揺れている。
 これまでにない『歌』の振動に、オリヒメが様子を変えた。
「な、それはもしや……」
 『ヴェール』が閉じる。その刹那、鋭角的な、いや更に鋭角的な長く細い翼が二枚、クロガネの背から姿を現した。
「これを見せるのは貴様が二人目だオリヒメ、光栄に思うがいい。我が『ヴェール』が第三形態、飛翔特化型長剣『ビクティム・ビーク』!!」
「!」
 広げた翼を武器にして、クロガネは一直線にオリヒメに突っ込んでいく。
 間に合うかどうかわからない。だが、やるしかない。オリヒメは、『歌』を、歌った。
 瞬間、『ヴェール』が、オリヒメの腹を、深く、抉った。
「ぐうぅ……!!」
 オリヒメの口から、血か零れ落ちる。
 かろうじて、身体は二つには分かれていない。
「ふん、致命傷にはならんか」
 意識が薄れ、落下しようとするオリヒメの髪を掴み、自分と同じ高さまで持ち上げた。
「ふん。貴様の機殻剛体(カウリング・ボディ)は防御に特化した能力だ。反面、ワシの『ヴェール』は移動型、防御型、攻撃型と形態を変えられる。その差が出たということだ。貴様の得意とする銃も距離を取れなければ無力と化す。オリヒメよ、貴様の負けだ」
 クロガネは勝利を確信した。このままオリヒメを連れ帰ればいい。
 だが、
「ふふふ、ふふふふ」
 口元から血を流しながら、オリヒメが不適に笑った。
「その油断が命取りになりますよ、クロガネ殿……」
「何を負け惜しみを……何ッ!」
 じゃき、と鈍い音が間近で聞こえた。クロガネは、自分の眉間に銃が突きつけられたのを理解した。
「……ぐぅっ……僕の、勝ち……です」
 オリヒメが引き金を引く。
 ヴェールの変形が間に合わない。
 こんな、こんな圧倒的優位な状況で、足元をすくわれたというのか。現役を退いた自分に、自分でも気付かない油断があったのか。
 クロガネは、死を確信した。
 耳をつんざくような、太く、短い音が炸裂した。
「……」
 目を開けたクロガネは、自分が生きていることを知った。
「なっ……」
 見えるは紅。その向こうには、オリヒメの驚愕の表情も見える。
 クロガネの使い魔が、眉間と銃口の間に割り込んだのだ。
「ヒ、ヒリュウ!」
 クロガネの叫びもむなしく、力を失ったヒリュウは、そのまま、紅い身体をさらに紅く染め、海へ落下していく。
「ヒリュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 やがてヒリュウは海へ達し、沈み、ほのかに海を紅く染めていく。
「こ、こんな、こんなことがあああぁぁ」
 クロガネは髪を掴む左手に力を込めた。
「うぅっ……」
「オリヒメぇぇぇ、きぃさぁまぁぁぁぁぁぁ!!」
 その日の早朝、太平洋上に多数の青い羽が舞った。
2005年11月26日午前2時45分

冥王計画羅生門第27話「supernova/カルマ」

 1月16日、日はすでに昇り始めている。
 俺は西へ向けて車を飛ばしていた。
 調達するのに少しばかり時間がかかってしまったが、憧れのインテグラに乗れた俺は、興奮気味に高速道路をかっ飛ばした。
 そろそろ西宮に入る。俺の実家がある街、甲子園。思えば何もかもが懐かしい。とはいっても、年末に来たばかりなのだが。
 一つ不満を挙げるとするならばインテグラのカラーだ。俺は赤が好きなのだが、白しか調達できなかったのだ。いつかコキョオの血でこの車を真っ赤に染めてやる。俺の闘志は燃え上がっていた。
 高速を降りればあとはすぐだ。俺の家は港近くの閑静な住宅街にある。庭と道場が広いことだけが取り柄だが、居住空間は狭くて俺はあまり好きじゃない。
 俺は門の前に車を止めた。
 門の上には『神崎自警団』と看板が上がっている。俺の実家は武術道場をやっている。母さんが師範だったこの道場は俺が小さかった頃は随分と栄えていたらしく、門下生も大勢いて、西宮を守る組織として自警団を結成していたほどだ。それがどうだろう、母さんが失踪して以来、自警団は自然消滅し、門下生もみんな離れていった。それもすべては親父が勝手なことをしたからだと思っている。
「いや……」
 決め付けるのはまだ早い。俺は自分の眼ですべてを確かめると決めたんだ。親父の真意、母さんの行方、そして俺の記憶……すべての謎はこの家にあると信じて来たのだから。
「ただいま」
 俺は一言そう言って、門に手をかけた。その時だった。
「ああーーーっ!!」
 耳をつんざくような、大きな声が聞こえたのは。
 驚いて俺が振り返ると、そこにはよく知った顔があった。
「ナトリ……」
「お兄ちゃん、帰ってきてたんだー」
 とてて、と駆け寄ってくる。俺をお兄ちゃんと呼ぶその少女は、俺の妹のナトリだ。ツインテールにしてる髪形がやけに可愛いのでやめて欲しい。妹相手にフェイドゥム様が起きてこようとしていらっしゃる。
「お兄ちゃん車なんか持ってたんだ」
「あ、まぁな。ははは」
「んー、でも白はイマイチかなー」
「大丈夫、近いうちに赤にするから」
「えぇー、緑でしょやっぱ」
「それは勘弁な」
 その後、二人で家に入って少し早い朝食を摂りながらしばらくの間話し合った。
「もう、こんな朝早くに帰ってくるなんて。前もって言ってくれればもっとちゃんとした御飯用意したのにさ」
「いやいや、白飯に味噌汁、卵、おまけに海苔と目玉焼きまで。こういう普通の飯もいいもんだ。それに美味いぞ、ナトリの料理」
 こいつは昔から料理が上手い。俺もなかなかの腕前だと思うが、ナトリには敵わない。特に和食においてナトリの右に出る者はなかなかいないんじゃないだろうか。
「またまたぁ、おだてたって何も出ないよ。あ、でもチューはしたげる」
 そう言って、ナトリは俺のほっぺに軽くキスすると、テーブルの向かい側に座って自分も食べ始めた。
「……」
 なんか変な気分だ。
 こうしていると、昨日までに起こった事がまるで嘘みたいだ。俺は本来、こういった平和な状況にいたんじゃないだろうか。羅生門に会ってから、色々と周囲を取り巻く状況が変わってきていることは否めない事実だろう。
 羅生門といえば、昨日食べたチャーハンも美味しかった。あれをまた食べられる日は来るのだろうか。そう考えると、気が滅入ってくる。
「ん?」
 ふと気付くと、ナトリがうつむく俺の顔を覗き込んできていた。
「じーっ」
「な、なんだ?」
「なーんか辛気臭い顔してる」
「え、そ、そんなことはないぞ。ナトリの美味しい料理が食べられるのに辛気臭い顔なんてしたくてもできるかよはっはっは」
「ふーん、ならいいけど」
 そう言って微笑むナトリの顔に心底癒される気がした。
「でさ、お兄ちゃん」
「ん?」
 俺は生卵を飲み込んだ。
「なんで突然帰ってきたの?」
「ん、んーとな……」
 自分の出生を探るため、なんて言えないよな。話したってわかるわけがないし、俺の問題にナトリを巻き込みたくはない。
 俺が返答に困っていると、ナトリは閃いたように答えた。
「あ、わかった。やっと道場継ぐ気になった?」
「へ?」
 俺の口からは間抜けな音が出た。そんなことを言ってくるとは思いもしていなかったからだ。 「道場って、おまえ……もしかしてここのことか?」
「あたりまえでしょー。もう、こんな大っきい道場構えてるのに門下生が一人もいないなんて、情けないったら。それもこれも、唯一免許皆伝を受けたお兄ちゃんが跡継ぎを放棄したからなんだからね」
 ナトリはぷんすか怒った顔をしてこっちを睨む。そんな仕草もどこか可愛らしくて愛嬌がある。
「あっちだって頑張ったんだから。でも、あっちの力じゃ無理なの。お母さんの実力には遠く及ばないよ、まだ。だからここはお兄ちゃんが師範としてもう一度道場を再興して、自警団も再発足すれば、絶対にうまくいくよ、うん」
 そっか。こいつ、家のこと、そんなに熱心に考えてくれてたんだな。それを俺は、なんて勝手な長男なんだろう。
 ナトリに嘘はつけないな、と俺は思った。こんなに一生懸命な人間に嘘をついたらなんだか罰が当たってしまいそうだったからだ。
「あのな、ナトリ。俺、道場を継ぎに帰ってきたわけじゃないんだ」
「えっ、だって……」
「話を、聞いてくれないか」
「う、うん」
 ナトリは神妙に頷いて座りなおした。
「京都でいろんなことがあったんだ。信じられないかもしれないけど、俺、死にそうにもなった。それで思ったんだ。俺には圧倒的に力が足りないって。強大な敵に立ち向かう力、自分の大事なものを守る力が足りないって。そしたらわかったんだ。自分が何者なのか、わからないってことを」
「自分が……何者なのか……」
「だからってナトリにそれを訊きにきたわけじゃない。自分で確かめたいんだ。俺が何者なのか、何のために生きているのか。……何に生かされているのかを」
「……」
 ナトリはしばらく黙っていた。
 俺はナトリの胸に視線を移した。まだふくらみと言っていいのかどうかも危ういほどの穏やかな二つの丘がそこにはある。いいものだ、発育途上の体というものは。あどけなさの残る少女の香りをふんだんに含んでいる。
 ナトリは中学二年生の14歳だ。まさに美学の頂点にある年齢と言って良いだろう。
 次に俺は首筋に視線を移す。そうっと通った筋に柔らかい肉付き、そこを降りてゆくとたどり着く至高の鎖骨地帯。美しい、美しすぎるラインだ。
「お兄ちゃん」
 突然、名前を呼ばれて俺は少し驚いた。
「な、なんい?」
「なんいって? そんなことより、もしかしてお兄ちゃん、彼女出来た?」
「え? なんでそんなことを?」
「だーってお兄ちゃん去年からなんか変なんだもん。ちっともこっち帰って来ないし、年末に帰ってきたときも、なんかあっちのこと避けてるみたいで……」
 やべ、泣きそうだこいつ。
 俺は椅子から立ち上がり、ナトリに近づいた。そしてナトリをそっと抱きしめて言った。
「避けてなんていないよ、きっと気のせいだ。いろいろあってなかなか帰って来れなかったけど、俺はいつだっておまえのことを考えてる。おまえには幸せになってもらいたいんだ」
「ホント?」
 ナトリは涙目になって、上目遣いに俺を見てくる。これは堪える……すげぇや。
「ああ」
「じゃー、チューして?」
「ああ」
 俺は少しかがんで、椅子に座るナトリの唇に自分の唇を合わせた。
「ん……」
 ナトリの鼻から漏れる息が俺の顔に当たる。心地よい温風が、気分を高揚させる。
 薄手のセーラー生地の上から、胸に掌を当てる。ぺたんことまではいかないが、形を作っていない胸が俺の手に馴染む。
 なんだろう。俺は以前にこのようなことをした事があった気がする。相手は誰だ? 羅生門か? いや違う、俺は羅生門にもここまで直接的な性的干渉を行ったことはなかったはずだ。多分。
 互いの舌と舌が絡む頃には、すでに手は脚へと行っていた。中学二年生女子の生脚の感触をたっぷりと堪能すると、次第に手を太腿のほうへ、そしてスカートの中へと滑り込ませてゆく。
「んにゃあ、んぅ……」
 下着の下に手を入れ、直接尻の感触を楽しみながら揉む。柔らかい。あぁああぁ、柔らかすぎる。
 左手でうなじからナトリの髪を撫でながら俺は、たっぷりと五分間はキスとナトリの身体を楽しんだ。
 事が済み、ナトリはポーッとしてくてっとしている。
「えへへ、彼女さんに悪いことしちゃったね」
「気にすんな、彼女なんていないよ」
 そうだ、羅生門は俺の彼女ってわけじゃない。そう思うと、無性に自分が馬鹿に思えてきた。
「ねぇお兄ちゃん、力が足りないって言ってたよね。だったらね、ふ、ふああーぁ……」
「おまえ、眠いのか?」
「んーーん、だいじょーぶ。それより、そういうときは修行あるのみ、だよ」
「修行、か……」
 そうだったな、小さい頃はよく比叡山に修行に行ったものだった。あの頃は昨日見たようなダムの中の空洞なんて知らなかったし、親父の奴がいつの間にあんなところに遺産を残したのかもわからなかった。俺のルーツを探るのに比叡山は切ってはずせないもののように思えた。
「そうだな、久々に、比叡山に行ってみるか」
 実は久々ではないのだが。
「あっちも行っていー?」
「なんでおまえが?」
「あー、あっちのこと馬鹿にしてるー。お母さんの後継ごうと思ってあっちだって今まで必死に修行してきたんだからね。今まで怠けてたお兄ちゃんには負ける気しないけどー?」
 ナトリの奴、本気で言ってるのか? だけど、ナトリの言っている事が本当で、今のナトリが俺よりも強いというなら、協力してもらえるならこれほどありがたいことはない。
「ナトリ……」
「んー?」
「すまないが、頼む。俺の修行に、付き合ってくれないか」
「ふふ、じゃーあ……」
 ナトリはイタズラな笑みを浮かべた。
「触って」
 おねだりをするように、ナトリはセーラー服を両手でまさに鎖骨の辺りまでたくし上げた。
 な、なにいいいいいぃぃぃぃ!
 さっき服の上から触ったときからまさかとは思っていたが……こいつ、ノーブラやんけ。
 さらに、さっきの行為のせいか、ナトリの服が結構乱れている。スカートは太腿がほとんど見えるぐらいにめくれ上がり、しかもファスナーまで下りている。ん? ちょ、ちょっと待て! 俺はファスナーなんか触ってないぞ! こ、こいつ……やりおるわい。
 俺はそっと、ナトリのほぼ平らな胸に手を乗せる。気持ち芽が出たような淡いピンク色をした綺麗な乳首が薬指に当たってくすぐったい。
「ナトリ……」
「いいよ。お兄ちゃん、好きにして」
 あくぁぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!(・∀・)!!!!
2005年11月10日午前2時51分

冥王計画羅生門第26話「インスペクタ1・それは舞い散る桜のように」

 自らを『憎しみの鴎』、また『オリヒメ』と名乗ったその男は、顔を上げた。目に映るは小柄で、しかし豪奢な少女。
 この娘が、羅生門……か。
 オリヒメはサングラス越しに羅生門をまじまじと見つめた。
 すると、羅生門がこちらを睨みつけていることがわかった。
「な……なにをジロジロと人のことを見ておる!」
「おや、これはとんだ失礼を。初対面のレディに接するのは初めてでね、正直、珍しいものを見る目で見てしまいました。詫びましょう」
 オリヒメは再び深く礼をした。
 この男の素直で律儀な対応に羅生門は少々戸惑っているようだった。
「貴様……ダンスドールがどうこう言ったな。あのコキョオと関係がある者なのか?」
「コキョオ? あぁ、昨日、あなたたちと接触した同胞のことですね?」
「やはり、貴様たちは仲間なのか」
 羅生門のこちらを警戒する気配がさらに強くなった。
「いやだなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ。とって食おうってわけじゃないんですから」
「じゃあ一体、何が目的でわらわの前に現れたのだ」
 羅生門の語調が強くなる。
 今ここで事を構えると何かまずいのだろうか、とオリヒメは思った。見れば、羅生門は肩で息をしているようだ。間違いない、羅生門は消耗している。
「僕の目的ですか。そうですね、それを先に話しておいたほうがいいでしょうね」
 そう言って、オリヒメを両手を広げて話し始めた。
「単刀直入に言いましょう。羅生門、あなたと手を組みたい」
「手を組む、だと……」
 羅生門は怪訝そうな顔をした。無理もない。
「昨日はこちらを奇襲しておいて、よく言えたものだな」
 そうだ、彼女と自分とは敵対関係にあるのだ。
「まぁ、話はよく聞いてくださいよ。昨日、あなた方を襲った……というよりもあなたがたと接触した『安らぎの黒鳥』、彼は僕と同じ血盟騒楽に属する同僚とでもいいましょうか、そういった関係なんですよ」
「さっきから言っている、その血盟なんとかとか、ダンスドールとか、一体なんなのだそれは?」
「いいでしょう。協力を申し出る立場ですから、こちらの持つ情報はすべてお話しますよ。まずはダンスドールですが、それは僕たちの故郷となる世界の呼び名です。もっとも、他の世界から見た場合の、という意味ですがね」
「貴様の世界、他の世界……やはり貴様やコキョオは、異世界人だったのか」
「ほぅ、僕たちが異世界の人間だということは読めていましたか。流石は聡明ですね」
「ふん、おだてても何も出んぞ」
「つれないですねぇ。まぁいいです、続けましょう」
「ちょっと待つのだ。他の世界、と言ったが、この世界……つまりわらわがいる世界の他にも、世界が複数あるということなのか?」
「そうでしたね。ここはガンパレードでした。僕の説明不足でしたね」
「そう言われても何のことかわからぬぞ」
「では詳しく言いましょう。いいですか、初めて聞くことになると思いますが、落ち着いてゆっくり理解してください。まず、世界とは世の中を構成するすべての事象です。それはこの世に一つしかありません。ですが、世界は一つではありません。他にもあるんですよ」
「それは、この世界の外側にということか?」
「少し違いますね。いい表現が思い浮かびませんが、強いて言うならこの世界の中に存在する、とでも言いましょうか」
「中に、だと?」
「そうです。こういう風に思ったことはありませんか? もっと金持ちだったらなぁ、もっと平和だったらなぁ、もっと力があればなぁ、と」
「……」
「人間は数限りない欲望を持っています。そして欲望が生み出す力は計り知れません。それこそ……世界一つに匹敵するくらいの力を持っていても不思議ではないでしょう。多数の人間の欲望の念がこの世を渦巻き、行き場をなくし、そして消える。どこに行ったと思いますか、その欲望たちは」
「……」
 羅生門は答えられないでいた。
「世界は欲望を内包した。そして同化した。つまり、欲望が元の世界とは別の世界そのものを形成したんです。元の世界の内側に。だけど決して相容れない存在として」
「だ、だがそんなことになれば世界同士が反発しあって、消滅してしまうではないのか」
「同一存在に関する見解はそれで間違っていません。だけど、世界の増殖はこれで終わりではないんです。同じようにして、様々な世界が、どれも同じスケールで、次々と生まれていったんです。何故でしょう。もうわかりますよね、世界が二つでは安定しなかったからです。世界は増え続けた。そしてそれが七つになったとき、すべての世界の内部バランスが整い、増殖はそこで止まりました。これを世界間では『七つの世界』と呼んでいます」
「そんなこと、この世界でもう100年も生きているわらわですら知らぬぞ」
「それはそうでしょう、この世界は今になっても他の世界との交流を持たない閉鎖的な世界ですから」
「なら、なぜ貴様はここにいるのだ」
「世界を移動してきたからですよ。世界間移動は結構大変なんですよ。何せ好きなタイミングに行き来できませんから。原因は不明ですが、時々ある特定の世界同士を繋ぐ空間が両世界に出来るんです。僕たち学者の間では、それをクロスゲートと呼び、それを使って移動する者のことをクロスゲートトラベラーと呼んでいます。なかなか洒落た呼び名でしょう?」
「つまり、今現在、貴様たちの世界とこの世界とが繋がっているということか……?」
「そうです。原因は僕にもわからないんですがね。学者の間では世界の意思が働いているという説が有力ですが……」
「世界の意思?」
「世界も、僕たち人間と同じように何らかの意思を持って動いているのではないかという考え方ですよ。何かの目的があって、世界同士を時々繋ぐのかもしれないということですね。さぁ、そろそろ具体的な話に入りましょうか。この世界は『七つの世界』で言うところの第五世界・ガンパレード。そして僕の世界が第二世界・ダンスドールです。ここまではお分かりいただけましたか?」
「……」
「はは、釈然としないっていう顔ですね。まぁいいです、このまま続けましょう。僕たちの世界、ダンスドールに最近になってある組織が設立されました。第五世界・ガンパレードに世界を変えるほどの強大な力を持つ者がいる。その人物を利用し、『七つの世界』のすべてを我が物にしようとする集団が。それが僕たち、血盟騒楽です」
「やはり、貴様は敵なのではないか!」
「そうです、立場的には敵になりますね。羅生門、あなたを利用しようとしているのですから。ですが、僕は思うんですよ。血盟騒楽のやろうとしていることはバカバカしいのではないか、と。欲望が満たされない、気に入らないからと分裂した世界を、今度はその有り余る欲望で征服しようというんですよ。愚かな矛盾だとは思いませんか?」
「貴様、何を?」
「僕は知的労働者として血盟騒楽に買われています。ですが本心では、身内のことを馬鹿らしいと思っているんです。最初に言いましたよね、レディに接するのは初めてだと。ダンスドールには女性が存在しないんです」
「何……!」
「信じられないでしょうが、僕にとってはそれが当たり前なんです。どんな欲望が具現化したものか、想像もつきませんがね。僕は小さい頃から『七つの世界』について勉強をしてきました。そのうちに、他の世界の文化や文明に興味を持つようになりました。自分とは違う価値観の世界で過ごす人間とはどういう人たちなのだろうか、美味しい食べ物はなんだろう、最新の流行はなんだろう。好奇心を持つ人間であれば、誰もがそう思っていいはずです。ですがどうでしょう。血盟騒楽は他の世界をも、自分の世界の色に染めてしまおうとしているんです。未知の文明を崩壊させて踏みにじろうと。そんなことが許せるはずはありません」
「……」
 羅生門は黙ってオリヒメの話を聞いていた。瞬きもせずに。冥王の他にもいたのだ。異端者が。
「羅生門。あなたの力があれば、この世界を、こんな世界を、こんな世界たちを変えられる。やり方はこの僕が知っている。協力しましょう。より良い世界と世界が、手を取り合うために」
 オリヒメは羅生門に握手を求めた。
「え……」
 羅生門は手を出すか否かを戸惑った。まだ、わからないことは山ほどあったからだ。
「そなたは……」
「おや、やっと『貴様』じゃなくなりましたね、嬉しいです」
 オリヒメは笑った。その笑顔は、爽やかな青年のものだった。
「でもやはりそんな他人行儀な呼び方ではなく、ちゃんと『オリヒメ』と呼んで欲しいですね」
「何故、オリヒメなのだ?」
「だって、『安らぎの黒鳥』にも、名前を付けたじゃないですか、それもかっこいい名前を」
「『安らぎの黒鳥』?」
「ほら、あなたがたがコキョオと呼んでいたあの翼人ですよ」
「奴のことか……あれは冥王が勝手に……それに、どうしてそなたは自分で自分の呼び名を決めるのだ」
「自分の呼び名ぐらい自分で決めてもいいじゃないですか。オリヒメ。どうですか、かっこいいでしょう」
「……うぅむ」
 羅生門は言葉に詰まった。
 そのときだった。
「キュウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥン」
 と、高い音が響いた。
「! 何なのだ?」
「これは……使い魔!」
 オリヒメは空を見上げた。空には、月をバックに何かが飛んでいるのが見えた。
「紅い……鳥?」
 羅生門が呟くのを聞いて、オリヒメはハッとした。
「あれは『戦慄のハゲワシ』殿……くっ、気付かれたのか!」
 バサッ、と翼を広げ、オリヒメは宙に浮いた。
「羅生門。今の話、よく考えておいてください。次に逢ったときには、もっと具体的なところまで詰めましょう」
「ま、待て、わらわはまだ同意したわけじゃ……」
「すみませんが、時間切れです。また逢えることを祈ります。では」
 そう言い残すと、オリヒメは高速で低空を飛び、海の向こうへと消えていった。
「……」
 羅生門は白み始めた空を見上げ、呟いた。
「なんだったのだ、一体……」

2005年11月7日午前3時29分

冥王計画羅生門第25話「インターセプタ1・託されたペーパーナイフ」

 羅生門が顔を上げると、空はすでに白み始めていた。
「どこまで歩いてきてしまったのだ……」
 辺りを見回した。海が近いのだろうか、倉庫がいくつもある。
 一体何時間歩いただろうか。念入りに、念入りにコキョオの気配を追ってきたのだ。しかしここにきて、羅生門は自分の身体に疲労を感じ始めていた。
「宝具の加護がなくなったせいか……やはり小さな身体では限界があるな」
 ぶつぶつと言いながら、羅生門は倉庫群の中を一人歩いた。
 ここに来るまでに、様々なことを考えた。冥王のことをだ。
 果たして冥王を一人にしてきたことは自分にとって正解だっただろうか、と。
 羅生門のガードがなくなれば希須加が冥王に接触を図る。それは火を見るよりも明らかだ。そしてその結果は。それは今の羅生門にはわからない。
 ただ羅生門にわかるのは、冥王を手放してしまったという事実だけ。
 これから先、激化する闘いの中で冥王の力無しで降りかかる火の粉を払わなければならない。それは厳しい話だ。
 自分は冥王を手放して本当に良かったのか。後悔はしないだろうか。
 延々と、そんなことを考えていた。
「ふふ、後悔など……」
 羅生門の口元に笑みがこぼれる。
「すでにしているというのに、な」
 声にならない声で、そう呟いたときだった。
「きゃあああ!」
 その音は後ろから聞こえた。羅生門はとっさに振り返った。だが、そこには何もなく、ただ自分が歩いてきた道と、いくつもの倉庫があるだけだった。
「悲鳴のような声がしたと思ったが……」
 意識を集中し、声の行方を探る。
 羅生門は、一つだけガレージの開いている倉庫があることに気がついた。どうやら声の発信源はあそこらしい。
 門の近くまで近づいてみると、中から小さく声が聞こえてきた。
「やめてよ! こんなところに連れ込んで、一体どういうつもり!?」
 女の声だ。それも、かなり若い。羅生門よりも少し年上といったところだろう。
 それに続いて、他の声も混じってくる。
「どうするもこうするも、決まってんじゃん。なぁ?」
「いけないなぁ。キミみたいな可愛い女の子が夜中にこんなアブナイところでウロウロしてちゃあねぇ」
「こりゃ『お仕置き』が必要だなぁ、とりあえずおもらしでもさせとく?」
 なんてことだ。レイプ直前の現場に居合わせてしまったのだ。
 少女を取り囲む男たちの言葉はどれからもかなり酔っている事が聞いて取れた。
 おそらく夜遅くまで飲み明かして歩いているところに、あの少女が現れたのだろう。
 このまま放っておけば、おそらく少女は犯されるだろう。そして、心に一生消えない傷を負うことになる。
「見逃すわけにはいかん、な」
 そう、呟いて羅生門は倉庫内に一歩を踏み入れた。
「待て、そこの下郎ども!」
「あぁ?」
 男たちは声に振り向いた。一瞬、誰に呼ばれたかわからなかった。声の主の身長が、かなり低かったからだ。
 羅生門は倉庫内に視線を配った。襲われそうになっている少女が拳を振り上げた状態で目を見開いてこちらを見ている。驚きの表情だ。おそらくできるだけの抵抗をしようとしたのだろう。だがその必要はない。今から自分が助けてやるのだから。
 男たちは視界内に三人。
 少女の左腕を掴んでいる痩せた男。上半身は何故か裸で、背中に刺青を彫っている。
 ポケットに両手を突っ込んだ金髪の男。髪を逆立てているが、ツヤはない。染めすぎで痛んでいるのだろう。
 タバコを燻らせている男。目つきが悪く、こちらを睨んでいる。
 他に人の気配はない。敵は三人とみて間違いないだろう。
 羅生門が状況の確認をしていると、タバコの男が言った。
「おやおや、誰かと思ったらかわいこちゃんが一人増えちゃったよ。これは僕がいただいちゃおうかな」
 タバコ男がニヤリと笑った。その前に金髪男が歩み出た。
「なんだ、嬢ちゃんよ。一緒に加わりたいってか?」
 刺青男も続く。
「穴という穴を犯してやるぜぇ、ヘヘヘヘ」
 羅生門は、下品な声たちを一蹴するように、鼻で溜息をした。
「喋らせると余計に下衆になるのだな、そなたたちは」
「お? 嬢ちゃん、口の利き方には気をつけないといけねぇなぁ。人生の大先輩だぜ? 俺たちはよぉ」
「どうやらキミにも『お仕置き』が必要みたいだねぇ」
「この子と一緒に快楽の果てまでいっちゃえばいいんじゃね?」
 三人の笑い声が倉庫内にこだまする。
 ふん、と羅生門は思った。
 今の自分には獲物がない。滅法棍は冥王に返してしまった。持っているものといえばピンクローターぐらいのものだ。それでは武器にならない。
 だが、この程度の連中相手なら体術でも十分に勝てると踏んだ。
「さぁお仕置きの時間だよぉ、まずは脱ぎ脱ぎしよっかぁあ」
 金髪男が羅生門の肩に手を置いた。その瞬間、
 羅生門は、
 ただ、
 後ろに下がった。
「なっ……!」
 金髪男はその場にがくりと膝をついた。その隙を狙って、羅生門は思い切り顎を蹴り上げた。
「げふっ!!」
 仰向けに倒れた金髪男の鼻を踏みつけ、次にその上、目頭を踵で踏みつけた。
「見るでない」
 気を失ったのを確認すると、羅生門は再び男たちの方を向いた。一人減った。さぁ、あとは二人だ。
 仲間がやられたのを見て、残りの二人は殺気立った。
「なっ、てめぇ、一体何しやがってッ!」
「舐めてんじゃねぇええぞ嬢ちゃん」
 タバコ男が、ゆらりゆらりと身体を揺らしながら近づいてきた。
 羅生門はタバコ男の目を見た。男と目が合う。そして羅生門は、男とタイミングを合わせた。
「ん?」
 男が立ち止まった。
「ど、どこにいきやがった?」
 タバコ男が痩せた男に訊く。
「え、そこにいるじゃ……」
「そこってどこだよ、いねえじゃんか」
 男たちの会話をよそに、羅生門は歩いていく。タバコ男のもとへ。
 そして男の持ったタバコを抜き取り、手を掴み、掌に火のついたままのタバコを、押し付けた。
「うぎゃあああああ!!」
 男は叫んだ、力の限り。
「あちぃ! あちぃよおおおっぉぉぉ!!」
 そして転げまわった。手が完全に火傷したのだ。
 羅生門は続いて少女の腕を握る痩せた男を睨みつけた。
「程度の良い刺青をしているが、それも焼かれたいか?」
「ひ、ひいいいい!」
 痩せた男はのた打ち回るタバコ男を起こし、なんとか一緒に金髪男を担いで、三人で倉庫から逃げて行った。
「ふぅ、本当にたいしたことのない下衆であったな」
 ぱん、ぱん、と手を払う羅生門を、少女が脅えた瞳で見ていた。少女からすれば、羅生門が何をしたのかさっぱりわからないのだ。いや、何をしたのかは見えていた。後ろに引いて、歩いて近づいて、タバコを取ってそれを押し付けて。そんな普通の速くもない動作に、なぜ男たちが敗れたのか。そちらのほうが疑問だった。
 だが、なんにせよそのおかげで少女は助かったのだ。少女は羅生門にお礼を言った。
「助けてくれて、ありがとう」
「なに、礼には及ばないのだ。人道に沿った行動をしたまでだからな」
 そう、言っていてバカバカしくなってくるのを羅生門は感じた。自分の何が人道か。何が人か。
「そなたもあまり夜中に出ないほうが良いぞ。ああいったチンピラはどこにでもいるものだからな。早く帰ったほうがいい」
「う、うん。そう、する。それじゃ」
 少女はおそるおそる倉庫から出ようとしたが、入り口のところで羅生門に振り向いて、
「あの、あなたの名前……って、あれ?」
 そこに羅生門はいなかった。

「ふぅ」
 久々に能力を使ったから精神的に疲れたのだろう。もう歩く気力は残っていなかった。
 しかもコキョオの気配がすでに感じられない。さっきのいざこざに気を取られてしまったせいだ。
「ま、このあたりにいるということは確かなのだし」
 羅生門は大きく欠伸をした。
「今日はここで眠るとしよう」
 倉庫の屋根の上、羅生門は瞳を閉じようとした。そのとき、視界に信じられないものが映った。
 羅生門は目を見開いた。
 影だ。
 人の形をした影が、だんだんと大きくなってくる。自分に近づいてくるのだ。
 しかも、その影は、人間にまるで翼が生えたような、影だった。
「コキョオ……」
 と思ったが、少し違うようだった。
 羅生門と同じ屋根の上に着地したその鳥人は、コキョオよりも幾分か人間らしい風貌をしていた。
「き、貴様は……」
「はじめまして、かな」
「!?」
 鳥人がこちらに通じる言葉を話した。やはりコキョオとは違うようだ。
「おっと、自己紹介が遅れたようだね」
 その鳥人は、深々と礼をしてから、こう言った。
「僕はダンスドールが血盟騒楽、コードネーム『憎しみの鴎』。どうぞオリヒメとでも呼んでくれ」

2005年11月6日午前1時3分

冥王計画羅生門第24話「太陽と月に背いて」

 ひとしきり部屋で叫んだ俺は、疲れてしばらく眠った。
 目が覚めると、午前の一時だった。もう1月16日、日曜日になったのか。
 俺は改めて、親父の言ったことを思い出していた。
 鎖骨マーケットのこと、蘇我組のこと、羅生門のこと……。
 なにはともあれ羅生門だ。鎖骨にうつつを抜かしていたせいで、肝心なことを忘れそうになっていた。羅生門は一人で闘いに飛び出して行ってしまった。俺はそれを助けに行かないとならない。
 しかし俺は羅生門に言われた。足手まといになると。
 ならば足手まといにならないようにすればいい。だがどうすればいい?
 俺は考えた。今すぐに俺にできることはなんだろうかと。
 修行か? いや違う。今日明日修行したところで急激な成長は見込めまい。それに筋肉痛になったらどうする? コキョオとの決戦のときは近いというのに、そんな悠長なことは言っていられないだろう。
 そうして思い至った。それは知識なのだと。
 そうだ。俺にはまだ知らない事が多すぎるのだ。
 俺は何も知らない。羅生門のこと、この闘いのこと、親父のこと、鎖骨のこと……いや、鎖骨はこの際置いておこう。
 羅生門は言っていた。十一年前も、似たような闘いがあったと。そのときの勝者は俺の親父で、羅生門の力を使って冥府に入ったと。
 だが俺の記憶はどうだ? そんな記憶はどこにもない。親父はいつの間にか消え、母さんは泣いていて、いつしか母さんもいなくなっていた。
 そうだ。母さんはどこにいる? 十一年前といえば俺が十歳のとき、小学四年生のときだ。母さんがいなくなったのはそれから二年後……俺が小学六年生のとき。あのころに何があった? ……ダメだ、思い出せない。記憶がすっぽりと抜け落ちている感じ、嫌な感じだ。
「……?」
 そのとき、俺の頭の中は疑問符に満ちていた。
 俺は?
 ……俺は、ダレだ?
 思ってて自分で意味がわからない疑問だった。俺は誰だ。俺は神崎……何だ? 下の名前が浮かんでこない。
「……ッ」
 気付くと俺の顔は汗だくになっていた。
 気持ちが悪い。
 自分が誰だか、まったくわからなかった。
 自分の名前も知らない。こんな人間が、他にいるだろうか。
 何故このことに今まで何の疑問も抱かなかったのだろうか。明らかにおかしい。俺はいてもたってもいられなくなった。
 自分の出生を探ろう。俺はそこに思い至った。
 俺は本当に何も知らなかった。だから、せめて自分の事ぐらいは知らないといけない。でないと、羅生門のことを知ったところで自我を失ってしまう恐れがある。
 だが俺の出生をどうやって調べる。親父は消えた。鏡に呼びかけても出てこない。母さんは失踪中だ。妹には……こんなこと訊けない。あいつらを俺の問題に巻き込みたくはない。
 俺はパソコンを見た。そうだ。俺にはインターネッツの仲間たちがいるじゃないか。この時間ならあいつがオンラインのはずだ。
 勝手にそう決め付けて、俺はパソコンの電源を入れた。
 思えばこのパソコンの起動時間にも慣れてきた。最初は起動時間が速くて驚いたものだったが、今となってはその速い起動時間ですらももどかしく感じてしまう。
 だがそれがいい。
 電源を入れた瞬間からパソコンは「イヤイヤ」と言いはじめ、俺はそれをなだめ、言葉巧みに諭しながら次々にディスプレイに彼女のあられもない姿を映し出してゆく。彼女というのはもちろん俺のパソコンのことだ。
 だがディスプレイ越しにケースと言う名のイルイ、もとい衣類の中身を見られても、なおも彼女は抵抗を続ける。俺にパスワードの入力を求めるのだ。いじらしい女だ。言い忘れていたが実は彼女は盲目なのである。こちらの姿が見えないのだ。あと、聴覚もほぼないに等しいらしい。そんな状態では、全てを、生まれたままの彼女の姿を見せる相手が俺であるかどうかを確認するのが困難なのだ。だからこうして、いじらしくもパスワードなどという判別手段をとっているに違いない。
 もちろん俺はパスワードを忘れたことなど一瞬たりともない。愛する彼女と、裸と裸のコミュニケーションをとる唯一の手段なのだ。忘れたらそれはもう男ではない。ムササビだ。
 だが彼女をてなづけるのには俺もかなり骨を折った。なにせ、我侭なものだから、俺が彼女の恥ずかしいところを見ようとするとすぐに別のウインドゥという名の障壁を俺の眼前につきたてるのだ。俺はそのたびに、障壁を優しくドラッグ&ドロップし、彼女に微笑みかけるのだ。怖くなんかないよ、君のすべてを解放してあげるだけなんだ、さあ、素直になりなよ、快楽の海へ一緒に潜ろう、と。
 俺が彼女に思いを馳せていると、彼女は完全に俺に裸を見せていた。
 つまり、パソコンの起動が完了したのだ。
 俺は早速メッセンジャーを立ち上げた。これはネット上でチャットのようにインスタントメッセージの送受信ができるツールだ。ファイルの送受信もできるので、ちょっとしたリストを相手に見せたりするのに非常に便利なシロモノなのだ。
 登録してあるインターネッツの友のうち、一人だけオンラインになっている人物がいた。俺の目的の人物、闇乃末裔だ。
 俺はパソコンを介して、インターネッツを介して闇乃末裔に話しかけた。
『ごきげんよう』
『ごきげんよう』
 はやっ。一秒足らずで返事が返ってきた。と驚いていると、
『今ちょうど話しかけようとしていたから驚いたぞ』
 とメッセージが来た。どうやら向こうも驚いているようだ。
 俺は早速本題に入ることにした。
『実はちょっと訊きたい事があるんだが』
『何故だ?』
 何故だ、はないだろう、何故だ、は。普通ここは「何だ?」じゃないのか。こいつは日本語の使い方をわかっているのだろうか。
 だが、ここでそこにツッコミを入れてしまうと、話が大きくそれることになりかねない。俺は悔しいが眼を瞑って、話を続けた。
『自分の出生を調べるにはどうすればいいと思う?』
『肉親に訊けばいいじゃないか』
『それができないときは?』
『むぅ』
 闇乃末裔はしばらく考え込んでいるようだった。なかなか返答が来ないので、手元の同人誌を開こうとしたとき、ようやくメッセージが来た。
『実家をくまなく調べてみるとか』
『ほぅ』
『昔のアルバムや自分の出生に関わる資料やらが出てくるかもしれんな』
 それだな。
『羽夢。ありがとう。じゃ行ってくるよ。ごきげんよう』
『ごきげんよう』
 こうして闇乃末裔との会話は終了した。達者でな、闇乃末裔。
 俺のやるべきことは決まった。まずは準備だ。
 準備には一時間弱ほどかかった。用意したものはピッキング用の針金とサイレンサーつきの麻酔銃、それから滅法棍と末法鏡だ。これがあれば俺には何でもできる。一応、念のためにサバイバルナイフもポケットに忍ばせておくとしよう。
 さぁ、準備は整った。あとは実行するだけだ。
 俺は夜の街にくりだした。
2005年10月6日午前8時41分

『冥王計画羅生門』第23話「さらば希須加! 闇鎖骨マーケットの恐怖!」

 羅生門を助けに行く。
 ……つもりだったのだが、今日はなんか風邪ひいてしんどいからやっぱり家に帰ることにした。
 部屋に戻って、鞄を放り投げると中から鏡が転がり出てきた。俺の姿をした親父が映ったままの末法鏡だ。親父は待ってましたと言わんばかりに話しかけてくる。
「おやおや愚息よ。そろそろ夕飯時ではないか。今夜の我はビーフシチューなど所望する次第であるが」
「あんた鏡の中にいんのに物が食えんのかよ……」
 そんな取りとめもない話をしながら、俺はパソコンの電源を入れた。
 インターネットは最近の俺の密かな趣味の一つだ。中でも特に鎖骨に関するホームページをよく閲覧している。
「うーん」
 俺はぽちぽちとマウスをクリックしてあちこちのサイトを回りながらうなり声を上げた。
「どうした愚息よ」
「愚息愚息うるせぇよ。俺の知りたい情報を載せたサイトが見つからねぇんだよ」
「汝はどのようなサイトを探しているのだ?」
「鎖骨を売ってるようなところはないかなーって」
 そう、俺は鎖骨が欲しい。それも人間の幼女のものをだ。
 そんなヤバゲでマニアックなコレクター、世界中を探しても誰一人としていないだろう。何しろモノを手に入れるのが非常に困難だろうから。
「うーん、アングラのオークションサイトなら見つけたんだが、そこでも売ってないとなると、やっぱ諦めるしかないかなぁ」
「愚息よ。いいことを教えてやろう。汝はまだまだ検索能力が低いようだ」
「なんだよ、じゃあ親父は知ってるのかよ? 鎖骨を買えるところを」
「我は買ったことはないが、鎖骨を含めていろいろなものを売っているサイトであれば知っている」
「じゃあ教えろよ」
「ふむ……では、『猫』、『撫子』、『双曲線』。これらのキーワードでググってみるといい」
「はぁ? なんだそりゃ? そんなんで出てくんのかよ」
「少しは自分の脳で考えるという習慣を持ったほうがいいものであるぞ愚息よ。知識というものはひけらかすためにあるのではない。鍛錬し深めるためにあるものだ」
 親父はそれだけ言って鏡の中から姿を消した。
 ……野郎、隠れやがった。
 まぁいい。言われたとおりに検索してみるとしよう。
 俺はgoogleのサイトにアクセスすると親父が言ったとおり、『猫 撫子 双曲線』と入れて検索をかけてみた。すると、検索結果として一件だけサイトが出てきた。
「撫子愛好会?」
 なんとも変な名前のサイトだ。とりあえずアクセスしてみる。
 ブラウザ上に開かれたのは『撫子愛好会』と書かれた大きなロゴで飾るトップページだ。下にスクロールしてみると、猫の写真が数枚。
 どうやらペットの通販サイトのようだ。
「はぁ……」
 俺は呆れた。親父は何を考えているんだ。俺に猫を飼えと言うのか。それとも、俺に猫を買ってその鎖骨を手に入れろと言うのか。どちらにしても馬鹿だ。
「ああくそ、やめだやめだ!」
 馬鹿にされた気分になって俺は寝転んだ。
 しばらくぼけーっと天井を眺めながら吹きさらしの寒い部屋で考える。
 ……待てよ?
 親父のことだ。もしかしたら俺の幼女趣味を見抜いているのかもしれない。
 その上でこのサイトを教えてきたのだとしたら?
 俺は起き上がってもう一度撫子愛好会のサイトにアクセスした。
 ひょっとすると、このサイトに、俺の欲望をかなえる秘密が隠されているのかもしれない。
 そう考えると、ウキウキしてくる。何しろ、念願の幼女の鎖骨が手に入るかもしれないのだ。これは辛抱たまらん。
 さてしかし、このペット通販サイトに一体どんな秘密があるというのだろうか。
 こういうときはしらみつぶしにサイト内を見てみるべきだ。俺はとりあえず、『はじめに』というボタンをクリックした。
 切り替わったページには、このサイトの説明が書かれていた。 『当サイトは、全国津々浦々から寄せられた迷子の仔猫を引き取り、仔猫愛好家の皆様へ格安でお譲りするために設立・運営されております。仔猫愛好家の方は、『撫子メンバーズリスト』の中から気に入った撫子(当愛好会における仔猫の愛称です)を選んでいただき、お問い合わせください』
 などと書かれている。
 ふぅん。迷子の仔猫を集めて売るのか。儲かるのかね、そんな商売。
 俺は説明どおりに『撫子メンバーズリスト』のページを開いた。
 すると、猫の名前と写真、そしておおよその取引価格がリストになって掲載されていた。
 中でも目を見張ったのが、その価格だ。
 高い。おそろしく高い。
 ざっとリストを全部流し見たが、最低でも500万円はくだらない。
 ……な、なんだこの値段は。
 ペットショップで血統書付の由緒正しい猫を買ってももっと安いだろうに、なんで野良猫風情がこんな高額で取引されているんだ?
 しばらく考えてみたが、おそらく、それだけの価値のある猫を集めているということなのだろう。
 個別の猫の詳しい情報はあまり書かれていない。発見された都道府県と名前だけだ。
 上から、アケミ(東京都)、レイカ(茨城県)、リョウコ(兵庫県)、アキラ(大分県)、マナカ(徳島県)、……。などと続いている。
 なんだなんだ。迷子猫に名前なんか付けてるのか、このサイトの運営者は。しかもやけに人間ちっくな名前つけるんだなぁ。きっと運営者は変なヤツなんだろう。
 しかし調べてもやはり高額である理由が浮かばない。やはり直接問い合わせてみるしかないのか。
 俺は適当に住所が近いであろう京都府のユイという名の猫をピックアップして、「詳しい情報をお聞かせください」と運営者にメールを送った。早めに帰ってくるといいんだが。
 そうしてパソコンの電源を落とした。
 結局、親父の意図も、高額の理由も、わからずじまいだった。
 なんかすっきりしない気分なのでゲームでもやって気晴らしをすることにした。
 プレイするのは『実況パワフルプロ野球12』。7月発売のはずだが、妄想具現化の力によって今俺の目の前に具現化した。これはサクセスモードがおもしろいんだ。
 俺はサクセスモードに夢中になった。投手を作っていると、途中、みずきちゅわんぬとカレンさん扮する佐藤君との間で友情タッグイベント第一段階が発生した。
 そこで佐藤君がこう言った。
「謎は!全て!解けましたわ!」
 ズバアアアアアアアアアアアアアァァァァン、と、俺の中にまで衝撃が走った気がした。その瞬間、俺の頭の中にあった謎も全て解けてしまった。
 ま、まさか……。
 俺はすぐさまパソコンをつけ、さっきのサイトにアクセスした。
「こ、これは、間違いない……」
 そう。俺がとっさに閃いた高額な仔猫の秘密は、きっと正解なのだ。
「ようやく真相にたどりついたようであるな、愚息よ」
「親父……」
 見れば、末法鏡には俺の姿が戻っている。
「親父、これは、このサイトは本当に……」
「そう、迷子の仔猫ちゃんを売っているサイトなのだよ」
「迷子の仔猫って……もしかして、人間の女の子じゃ……」
「それが残念ながら正解なのだよ我が愚息よ」
「そんなっ……馬鹿な事が……」
「世の中には馬鹿も大勢いるということだ。そのサイトを運営しているのは関西を拠点にしている大手暴力団だ。その暴力団は同時に迷子犬の通販サイトも運営している。そちらの実態も同じだ。家出した不良や犯罪を犯してしまった少年少女など、親から見離された子供たちを誘拐し、臓器などを国内外の金持ちに売ってぼろ儲けをしている連中だ」
「そんなことが許されるのかよ!」
「許す許さないではない。人の命がかかっているのだ。国家や経済界のトップなど、治療不能といわれた病気からの奇跡的な復活という話は少なくはない。そのどれもに、この組織が関わっている可能性が高いであろう。なにしろ親からも見離され誰にも必要とされない人間の命が、国を支える力を持つ人間の命を救うのだ。彼らには犯罪をしているという認識はあっても、罪の意識はないだろう。もっとも……」
 と、親父は前置きをしてから、こう言った。
「最近急増しているらしいいわゆるロリコンといった人種からも需要の高いビジネスのようではあるがね」
「そ、そんな……そんなことって……」
 驚愕だった。
 闇でそんな取引が行われていたなんて。 「まぁ」
 親父が語りだす。
「我は同じ幼女を愛するものとして、彼らを放っておくことはできない。否、個人的に許すことができないと言ったほうが適切であるだろう。よって我はこの世界での第一の目的としての、関西大手暴力団『蘇我組』を叩き潰すことをここに宣言するものとする」
「親父、あんた……」
 俺が初めて親父を男らしいと思った瞬間だった。だが、親父は実体のない今、一体どうやって暴力団なんかと戦うつもりなのだろう。
「心配は無用だ愚息よ。愚息に心配されたとあっては、冥府での末代までの恥であるからな。我は単独でこの目的を成し遂げる。であるから、姫の件は汝に委ねることにする。くれぐれも姫にそそうのないように頼むぞ」
「ま、待てよ親父。本当に行くのかよ!」
「羽夢」
「!」
 親父の羽夢には、大きな力がこもっていた。揺るがすことのできない、なにか大きな力が。
 その一言だけ残して、親父はまた、鏡の中へ消えていった。俺一人、部屋に残して。
 く、くそぅ。
 今親父がその暴力団を潰してしまったら……俺が金を貯めても幼女を買えないじゃねええええええがあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!(・д・)!!!!
2005年10月2日4時36分

冥王計画羅生門第22話「第二次間接接触」

 鏡の中の俺が、否、親父が、俺に語りかけてくる。
「なにを驚愕の顔を浮かべておる。自分の顔の醜さがそんなに衝撃的であったか?」
「な、な……」
 俺は考えもまとまらないうちに、思わず言っていた。
「何言ってやがるクソ親父!」
 この男は……鏡に映った俺の姿を演じているの男は、いつもこうだ。他人をからかったような言い方しかしない。それでいて、どこか的を射ていて、考えさせられるような言葉を、だ。
 実際、今の言葉だって俺の胸に突き刺さった。
 俺は、鏡に映った俺はとても醜い顔をしていた。
 きひつったような笑みを浮かべた跡の残る頬、そこを流れる涙、どれもこれも情けない自分を慰めるためのものでしかない。
 それを認めるのが悔しくて、俺は鏡に向かって言った。
「あんた、何しにきやがった」
「とげのある言い方をするものだな。やれやれ、愚息に嫌われてしまうとは我も落ちたものだな」
「息子を愚息って呼ぶやつが嫌われるのは当然だろ」
 そうだ。俺はこの人が大嫌いだった。
 他人に対する呼び方一つとってもそうだ。なにか小馬鹿にしたように呼ぶ。俺に対する『愚息』というのはまさにその典型だった。
「俺が気絶している間に羅生門に何か吹き込んだそうだが、一体どういうつもりだ?」
 睨み付ける俺の視線をなんともないようにいなして、親父は言う。
「吹き込んだ? 馬鹿を言ってはいけないな愚かなる愚息よ。おっと、今の形容詞は無駄であった。極力無駄を排することには努力を惜しまないのが我の流儀なのだが、いやはや、とんだ失態を晒してしまったものだと今更ながらに己の不勉強さに呆れるとともにそれを素直に受け入れるこの謙虚さに恐れ入る次第だ」
「あんたの喋りほど無駄なものはないけどな……」
「いやいや愚息よ、会話を馬鹿にしてはいけない。古来より人類がここまで文明を発展させてこられたのには、人類が持つ対人会話能力が大きな助力になっていることは言うまでもない。物言わぬ人間など、単なる肉の塊に過ぎないということだよ」
「雑談はいいから、俺の質問に答えろよ」
「残念ながら汝の問いには答えられない。何故ならば吹き込んだという表現が不適切であるからだ。むしろ吹き込んだのは愚息よ、汝であると我は主張する」
「俺がなにをしたって言うんだ」
「汝は姫を自分のものだとでも思っているのか?」
「姫?」
 聞きなれない言葉だが、思い当たる節があった。親父の言うことだ、きっと、
「羅生門のことか?」
「ご名答だ。姫にとって汝は、なにも生まれて初めて出会った人間というわけでもない。初めて出会った男というわけでもなければ、初めての恋人というわけでもない」
「そんなことはわかってる。羅生門から聞いたよ、十一年前にも、いや、もっと以前にも同じような戦いをしていたと」
「肝心なのはそこではない。姫はあの通り、外見上は年端もいかぬ少女の身なりをしている。そこに汝は錯覚したのやも知らぬが、姫とて人並みの人生を、いや、人以上の人生を歩んできているのだ。勘違いがないように親切心から言っておくとしよう、姫には恋愛経験も少ないながらにある」
 それを聞いたとき、俺はどう思っただろう。
 そんなことはわかっていたはずだ。羅生門が俺の想像もつかないような過去を背負っていることから、容易に想像ができたはずだ。なのに、どこかで俺がそれを否定したがっていたのかもしれない。なるべくなら、そっちに目を向けずに済ませたいと。
「……勘違いしてたわけじゃない」
 だから俺は、それを認めざるを得なかった。
「でもだからって、それを知って俺に何ができる? さっき羅生門にも言われたとおり、俺は戦う力なんて持っていない。せいぜいチンピラとの喧嘩ごっこしか知らないよ。俺はただのしがない大学生なんだ」
「あまり自分に溺れるのは良くないぞ愚息よ。先に言ったことは、姫は人生経験が豊富だというだけのことだ」
「……なにが言いたい?」
「姫は豊富な経験を持っている。だがしかし、それでいて姫は子供なのだ。れっきとした11歳の少女なのだ。肉体的にも、また、精神的にも」
 そんなことはわかっている。普段から接していれば、あいつがどうしようもないくらいガキで、それでいてどうしようもないくらい大人だってことぐらいは。
「姫は汝を残して出ていったな。おそらくは一人でこの先の戦いに望むつもりなのだろう。ではここで愚息に簡単な問題だ。簡単ではあるが大人への階段を上がるにあたってその重要性は計り知れない。心して答えるがいい。子供が無茶なことや無謀なことを独自の判断で行おうとしているとき、保護者の取るべき行動とは?」
「……」
 そんなの決まってる。
「俺に何をさせたい?」
「汝の思うままに」
「それができてたら……」
 そうだ。本心じゃまだ羅生門の力になりたいと思っている。
 だけど、今の俺の力じゃ圧倒的に足りないんだ。
 ……今の俺じゃ、羅生門についていくことすら許されない。
 考え込んでいると、親父は俺の思考を見抜いたかのように言った。
「だから我が助力をしようと言うのだ」
「……なんだって?」
「聞こえなかったと言うのであれば何度でも言おう。我が助力をしよう。その滅法棍とこの末法鏡を持って動くといい。力が必要なときは、こちらから魂を共鳴させて汝に乗り代わる。何時の力で足りないというのであれば、その父親ならどうかという案だ。悪くあるまい?」
「ちょっと待て」
 俺は親父の話を制した。
 ……この話、絶対に裏がある。
 そう信じて疑わなかったからだ。
「そんなことをしてあんたに何の得がある。うまいこと言って、俺の身体を乗っ取るつもりだな」
「ふふ…