神々の夢 第一話 十五の日



 むかし、こんなことを言った人がいた。

 ‘‘ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、

久しくとどまりたる例なし。’’

「流れゆく川の流れは、絶えず流れ続けて、

それでいて、以前流れていたもとの水ではない。

よどみに浮かぶ水のあわは、一方では消え、一方ではでき、

永い間そのままであるようなことはない。」

これは人のこころも同じである。常に揺れ動き変化してゆく。

さっきまでのあなたは、

もう今のあなたではないかもしれない・・・・。

水のあわのように、できては消え、

できては消えてしてゆく記憶のなかで、

私達たちはいったい、どのくらいの思い出を残せるのだろうか?

その数はゼロに近い・・・・。

なぜなら私達は、たった一週間前の記憶さえ思い出すのに苦労する。

私達人間というものはなんて単純なものだろうか・・・・。

しかし、人間はだからこそ今でも、自然を破壊し、

生き物を殺し、地球を汚し続けられるのだろう。

その時は苦しくとも、

そんなもの時間が経てば忘れてしまうから・・・・。

人間がこの青い星を、黒い星に変えてしまう日も近いかもしれない。

でも、考えて欲しい。

この星の色、あの青い空とあおい海を・・・・。

‘‘青’’ほど自然の中にあって、

美しい色はないのではないのだろうか。

しかも青はその一方で時として、

人間に殺伐としたものを感じさせる。

それはもしかしたら、自然からのある種の警告ではないのだろうか。

私たち人間の目に映る青は、ほんの表面だけ・・・・。

空の青に向かって昇ってゆけば、

そこにあるのは漆黒の闇に包まれた宇宙。

海のあおの中に沈んでゆけば、

そこにあるのは漆黒の闇に包まれた深海。

青をたどってゆけば、そこにあるのは暗黒の闇・・・・。

もしかしたら、青という色にはなにか、

‘‘光と闇’’という、まったく正反対な2つのものを

媒介する力があるのかもしれない。

それが空であれ、海であれ、世界であれ、

そして人の心であっても・・・・。



 さて、そんな青く美しい空と海に囲まれた大海に浮かぶ島、‘‘メアナ島’’。

このメアナ島は大陸の西、およそ100キロに浮かぶ、南北に細長い‘‘柿の種状’’の島で、島のほぼ中央にあるマイナロ山を境に、東の大陸側と西の大海側の2つの地域に分かれる。東の大陸側の町エクストラは、海上交通の要所として古くから発展し、大陸の町に負けない発展を誇っている。

一方、西の大海側の村々では、エクストラのような発展はないものの、人々は静かでのどかな日々を暮らしている。

 そんなのどかな大海側の村、マセーレ村にカルゼは住んでいる・・・・。

「も〜う。カルゼ。聞いてるの?」

桟橋に座り、足先を海につけて、ボーと水平線を眺めていたカルゼは、はっとして横を見た。

カルゼと同じブロンズの髪を、長く伸ばした少女があきれた表情をしてカルゼを見ている。

クララだ・・・・。

「あ〜、ごめん。ごめん。聞いてなかった。はははは・・・・」

カルゼは笑ってごまかした。

‘‘そうだった・・・・。

クララと話をしてたんだった・・・・。’’

カルゼはまるで、我に返ったように今の自分の状況を思い返した。

 ちなみに、この‘‘クララ’’と言う少女は、カルゼの幼なじみで、人口百人ちょっとのこの村で、唯一、カルゼと同じ十五歳。

あと十代と言えば、村一番の美人で今年二十歳になる十九歳のシーラと、十二歳と十歳のリックとジョンの兄弟だけ・・・・。

だから、カルゼとクララは、何をするにもいつもいっしょ・・・。

お互いまるで双子のような存在だ。

まあ、正確にはカルゼの方が半年ほど年上なのだが・・・・。

「ねぇ。そう言えば、カルゼ、明日で十六歳になるわね。」

クララがまた、何か言っている。

「そー言えば、そうだったかな・・・・。」

カルゼは明日、十六歳の誕生日を迎える。

「そーだったかな、じゃないでしょう。十六歳の誕生日って男の子には何があるかわかってんの?」

クララはまたあきれた顔をしている・・・・。

「知ってるさ。あれだろ、え〜っと、たしかマイナロ山にマイナロ石を取りに行くってやつだろ。あんなの楽勝、楽勝。」

「楽勝、楽勝ってね・・・・。わかってんの?あんな危険なところに一人で行くのよ。しかも、野宿しなきゃなんないし、その間にオオカミにでも襲われたらどうする気?わたし、心配であさっての晩は眠れないと思うわ・・・・。」

さっきまでのあきれ顔が、心配そうな顔に変わった。

「オオカミ? はははは。オレが、オオカミなんかに食われるわけないだろ!」

カルゼは少し強がってみせた。

「ホントかな〜〜?」

・・・・クララは全てお見通しのようだ。

カルゼは慌てて話を変えた。

「・・・・な、なぁ。話の途中で悪いんだけどさぁ・・・・ここ、暑くないか?」

たしかに今は、昼間の二時過ぎ。

一日で一番暑い時間帯だ。

しかも、ここは桟橋の上で日陰もない・・・・。

暑いのも当然だ。

「たしかに暑いわね〜。それに、そろそろ戻って今夜の前夜祭のパーティーの準備も、手伝わなきゃなんないしね!カルゼ、今夜はあなたが主役なんだからね!」

そう言ってほほえむと、クララは立ち上がって歩き出した。

「まったく〜、何がおかしいんだよ〜。」

そうこぼすと、カルゼも後を追うように立ち上がった。

 輝くような夏の太陽も水平線のかなたに消え、にぎやかな夏の夜が世界を包む。

 その夜は前夜祭のパーティーがあった。

明日からのマイナロ山の往復は、この村では非常に重要な儀式の一つだからだ。

十六歳になった少年が、一人でマイナロ山の火口まで行き、この島ではマイナロ山の火口付近にしかない、‘‘青鉄’’と呼ばれる青い鉄の原石であるマイナロ石を取ってくるという儀式で、その取ってきたマイナロ石は、その少年が将来、結婚する際に相手に、指輪にして渡すのだ。

しかし、途中、道らしい道もなく、マイナロ山までは片道でも丸一日かかるため、往復で丸二日はかかる事になる。

その間、何か大きなけがをすれば一巻の終わりという、非常に危険な儀式でもあるのだ。

過去にも、十六歳の少年が命を落とした事があったらしい。

 さて、そんな危険な儀式を明日に控えた前夜に、少しでも緊張をほぐそうと、いつ<の頃からか始まったのが、この前夜祭のパーティーなのだ。

カルゼは自分が主役のパーティーなんて初めてだったので、少しドキドキしながら席についた。



 ・・・・・・・・・・



 しかし、パーティーも中盤になると、みんな主役そっちのけで、ひさしぶりのパーティーを楽しみはじめた。

まあ、パーティーなんてものはこんなものである・・・・。

カルゼは明朝に、日の出とともに出発するので、さっさと寝ようと思ってそそくさと会場を後にした。

 途中、昼間の桟橋の横を通りかかると、誰かが桟橋に座っているのを見つけた。

‘‘・・・・シーラさんだ。’’

カルゼはそう思って、近づいていった・・・・。

桟橋の上は、月明かりと村の広場からもれてくる明かりとで真っ暗というより、薄暗い状態だった。

「シーラさん、こんなとこで何やってるんですか?」

と、カルゼが声を掛けると、

シーラは驚いた様子で慌てて目をこすった。

「あれ?もうパーティーは終わったの?」

と言って、どことなくさみしげに、こっちを見た。

「いいえ。なんか、みんな勝手に盛り上がちゃって・・・・。つまんないから、先に帰ってきたんですよ。シーラさんは?」

そう言いながら、カルゼはシーラの横に座った。

シーラは視線を真っ暗な海へ向けて言った。

「不思議なものね・・・・。昼間はあんなにきれいだったこの海にも、こんなにも真っ暗で、恐ろしい一面があるなんて・・・・。」

そう言われてカルゼも海に視線をやった。

海は昼間の輝きを失い、まるで吸い込まれたら二度と戻れない、黄泉の国への入り口のように見えた。

シーラは視線を落として続けた・・・・。

「今ねぇ・・・・ある人の事を考えてたんだ・・・・。」

「ある人?」

「その人ねぇ・・・・死んじゃったんだ・・・・九年も前にね・・・・。」

「死んだって・・・・いったい・・・・」

「私の兄さん・・・・カルゼは憶えてないでしょうね・・・・。あなたが七歳、私が十一歳だった頃の話ですもの・・・・。」

カルゼは驚いた。

シーラに兄がいたなんて、全然知らなかったからだ・・・・。

「で、でも、どうしてまた・・・・。」

カルゼは恐る恐る聞いてみた。

「マイナロ山・・・・。兄さんはそこで崖から転落して死んだわ・・・・。十六のときにね・・・・。これがどういう意味か、わかるわよね・・・・。」

・・・・今のカルゼには、あまりにも衝撃的な事実だった・・・・。

‘‘前回、マイナロ山に登った人が死んでしまって、しかもその人がシーラさんの兄さんだった・・・・。

そ、そんな・・・・。’’

カルゼは何も口に出すことができなかった・・・・。

「ごめんなさい・・・・。本当は、今こんなこと、言っちゃいけないんだろうけど・・・・。でもね、・・・・私、もう誰もこんな不幸な死に方 してほしくないんだ・・・。私ね、今まであなたやクララのこと本当の弟や妹みたいに思ってきたの・・・。だから兄さんを亡くして、 今度はあなたまで亡くしてしまったら、と思うと・・。」

そう言うと、シーラはひざを抱きかかえて、そのままふさぎ込んでしまった・・・。

泣いているのだろうか・・・・。

「シーラさん・・・・。」

カルゼは何と言えばいいのかわからなかった・・・・。

しかし、シーラにとにかく泣き止んでもらいたいがために、わざと明るく装って言った。

「シーラさん!オレさぁ、絶対に戻ってきて見せるよ!オレ、こういうサバイバルみたいなの得意だし、それにきっと、シーラさんのお兄さんが守ってくれるだろうからさ!だって、これ以上、かわいい妹を泣かせる兄貴なんて絶対いませんよ!!」

カルゼの必死の思いが通じたのか、シーラは顔をゆっくり上げると、

「ふふふ・・・。カルゼにそんなふうに、励まされるなんてね・・・。なんか、おかしいわね・・・・。わたし・・・・さっき本当はね、今日のパーティーであなたを勇気づけようと思ってね、いろいろと言葉を考えていたの・・・・。だけどダメね・・・・。兄さんの事ばかり思い出しちゃって・・・・。そしたらわたしが逆に勇気づけられちゃうんだもの・・・・。ホント、おっかしいわね。」

そう言ってシーラはカルゼに微笑みかけた。

それを見てカルゼもホッとした・・・。

「よかった・・・・。やっぱりシーラさんには、笑顔が一番ですよ!なんか勇気づけられるもの!!」

そう言って、カルゼもシーラに微笑み返した・・・・。

それを見てシーラは安心したようにこう言った。

「実はね・・、わたし、もう一つカルゼに言おうと思ってた事があったんだ・・・。わ、わたしね・・・・そ、その・・・・。」

シーラは急に下を向いて、赤くなった。

「実はね、来年わたし・・・・結婚しようかなぁと思ってるんだ・・・・。」

それを聞いて、カルゼはビックリした。

なぜならシーラには、今まで一度だってそんな噂がたったことはなかったからだ。

「ほ、本当に?全然知らなかったなぁ・・・・。」

藪から棒な話にビックリしているカルゼを見て、シーラは少し笑いながら、

「全然知らなくて当然よ。だって相手はエクストラに住んでるひとだもの。‘‘トラス’’っていうまだ駆け出しだけど、とっても親切でやさしいお医者さんよ。私よりも3つ年上。一年程前、わたしのお父さんが病気で倒れたときに、わざわざエクストラから来てくれてね、 その時に知り合ったの。それからも時々、私がエクストラに行く度に会ったりして、この前、両親に彼と結婚したいって言ったら、彼なら許すって賛成してくれたわ・・・・。ただ・・・・」

急にシーラの声が途切れた・・・・。

「どうかしたの?」

カルゼが聞くと、

「彼ね、エクストラに大勢の患者さんを抱えてるの・・・・。だから、どうしても私がエクストラに、とつがないといけないの・・・・。ってことは、来年でカルゼともお別れになるわ・・・・。」



シーラはさびしそうにそう言った。

「はっはっは。シーラさん。子供じゃないんだぜ。もう一生、会えなくなるわけじゃないんだし、オレもシーラさんの結婚、祝福させてもらうよ!まぁ、シーラさんになかなか会えなくなるのは、さびしいけどさぁ・・・・。」

カルゼはまた強がって見せた。

「よ〜し。じゃあ、そのためにもあさっては、絶対に戻って来なさいよ。」

シーラは、いつもの調子を取り戻したようにそう言うと、カルゼの方を見て、ニッコリと笑い小指を差し出した。

「約束よ。」

カルゼも少し照れ笑いしながら小指を差し出し、固く指きりをした。

「はい、約束しますとも、・・・・ねーさん!」

そう言うと二人とも、ふきだすように笑ってしまった。

「はははは、も〜う、カルゼったら〜、年上の人をからかうんじゃないの〜。でも、うれしいわ。一度でいいから、そんなふうに呼んでもらいたかったのよね・・・。」

そう言ってシーラは、苦笑した。

「・・・・・・・・・」

しばらく二人とも、黙って暗い海を見つめてた。

「さぁ。子供は寝た、寝た。明日、寝不足で倒れるゾ〜。」

シーラが堰を切ったように言った。

「も〜う。子ども扱いは、やめてくださいよ〜。」

カルゼはそう言って、立ち上がった。

どのくらい、話したのだろうか・・・・。

村の広場ではまだ、ドンチャン騒ぎをしているようだ・・・・。

「あれ、シーラさんは戻らないんですか?」

家に帰ろうとしたカルゼは、横でまだ座っているシーラにそう聞いた。

「うん、もう少しここで海を見ていたいの・・・・。大丈夫、あしたの出発の時には必ず見送りにいくわ・・・・。」



‘‘今は、そっとしといてあげよう。’’



カルゼはそう思って、あえて何も言わずに立ち去ろうとした・・・・。

「カルゼ・・・・・ありがとう・・・・・。」

立ち去ろうとしたカルゼに、シーラが小さな声で言った。

「・・・・・お礼を言うのはこっちですよ・・・・・。」

カルゼは他にも言いたい事、聞きたい事がいっぱいあったが、それらを必死に抑えて一言そう言うと、その場を立ち去った。



 こうして、カルゼの十五歳最後の日は終わった・・・・。



  <第二話につづく>




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