第一章 利益のない依頼 Scene2 SideB
「ここら辺で割りの良い宿ねえ。そんなモン、自分で調べりゃいいだろーに。フー。待ってな、調べてきてやっから」
その職員の態度はかなり悪かった。
付け加えて強面の顔をした中年親父だったので、ロリーナの評価はさらに低かった。
ちなみに、ハリーの評価だとカウンターが高すぎる、という事になる。
二人とも評価を下すポイントが多少、間違っている。
「あの人本当にここの職員なんでしょうか?」
「偽者って事はないでしょうけど。そう言えばジャックは?」
「外で何か叫んでたよー。ねー。それより誰か持ち上げてよー」
「全く何してんだか、あのバカは」
ここはテムズの観光案内所。観光者の多いこの都市では、観光者のための施設がそこかしこに設けられている。
ここはそのうちの一つだった。
「やっぱりルイスにカウンター選ばせたのが間違いだったかも。ホント、くじ運とか無いわねー」
「な、私はここがたまたま空いていたから、ここにしただけで、、、」
八つあるカウンターのうちこの一つが、妙にすっからかんだったのである。
ルイスがしめた、と思って入ったらこの有様である。
「ほら、これだな。カフェ・ド・ドールってとこだ。ここは喫茶店と宿がくっついててな、喫茶店の方がメインなんだ。、、、ん?他の奴等はどうしたんだ?」
職員が戻ってきた時には、エリスとゼナル以外はいなかった。
「あ、ええと。街の様子が見てみたいらしくて、、、、。それでみんなもう外に」
行ったのではなく、単にこのおっさんと顔を合わせるのが嫌だっただけだ。
手書きの地図をもらって外へ出た直後、ゼナルは一瞬遠くの一点を見つめると、エリスに向き直って言った。
「エリス、少し用事ができた。先に行ってくれ」
「え?でも宿の場所、、、」
「もう記憶した」
そう言うとゼナルは人ゴミへ入っていった。
二呼吸ほど置いて、
「人がいすぎだー」
という叫び声が聞こえてくる。
ゼナルが声のした方を見ると、まるで都会に憧れて田舎を飛び出したはいいが、都会の波に圧倒され、呑み込まれていく田舎者のような顔をしたジャックが見えた。
その向かい側ではロリーナたちがジャックを呼んでいる。
ゼナルはため息だけを残してその場から離れた。
観光案内所からさほど離れていない所で細い裏通りに入る。
そこには3人のチンピラ風の男達と、その3人に囲まれてしりもちをついている20歳前後の髪をショートカットにした女がいた。
先ほど案内所の玄関でゼノンが立ち止まったときに見えたのは、この4人が裏路地には行っていくところだった。
「なるほど。わかりやすい構図だな」
「はあ?いきなりしゃしゃり出て何言ってやがる」
3人のうち右にいた男が吠える。それを真ん中の男が制した。
「まあ、落ち着け。見たところお兄さん、この女と知り合いって訳でもなさそうだ。どうだい?ここは邪魔しないでもらいたいんだけどよ」
「おお、言い考えっすね、兄貴」
左の男がパチパチとはやしたてる。
まるでコントを見ているようだ(それもかなり面白くない)と思いながら、ゼノンは腕を組んだ。
「それはそっちの女性しだいだな。助けてほしいなら助ける、別にいいのなら、、、」
「ハイハーイ。助けてほしいー」
それまで黙っていた女がゼノンの台詞をさえぎって手を挙げた。
状況にそぐわない軽ーい調子の声。あまり相手にしたくないタイプの人間だった。
一瞬踵を返したくなったが、顔には出さずにこらえた。
「決まりだ」
言ってから腰を少し落とし、呼吸のリズムを変える。
「ちっ。おい、ペリクレス。やれ」
先ほど兄貴と呼ばれた男の合図に少し遅れて右側にいた男が走り出す。
「遅いな」
そう言い放つとゼナルは一気に間合いを詰める。
相手の予想外の早さに少し戸惑うペリクレスに足払いをかけ、る前にペリクレスは倒れた。
「??」
「あうう」
落ちていた小さなボールを踏んだらしい。
受身も取れなかったのか、痛さのために立ち上がれないでいる。
これには、ゼナルも驚いたが残りの二人はそれ以上に驚いた様子だった。
「あ、ああ、兄貴!」
「ちっ。魔法を使うとは。厄介だぜ」
違う、全然違う。
ゼナルは、あのときに踵を返していれば良かったと後悔した。
どうして自分の周りにはこうちょっと変わったヤツらが多いんだろう。
まともなのはエリスぐらいのものだ。
「ふざけているのなら帰れ」
「ウスッ。そうさせてもらうっす」
片手を挙げて帰ろうとする左の男は、襟をつかまれて、果たせなかった。
「待て待てまてまてまて!手ぶらで帰ったらこのトスカネリ様のトの字に泥がついちまうじゃねーか!おい、ガボット。お前それでいいのか?」
「俺ッちには泥はつかないから帰してほしいっす」
そう言いつつしぶしぶガボットといわれた彼は元の位置に戻る。
それを見届けてトスカネリは前を向いた。
「さーて、舞台は整ったぜ、、、って、ありゃ?」
そこにはゼナルの姿はもうすでになく、後ろにいたはずの女も一緒に消えていた。
しばし固まる二人。
先に口を開いたのはガボットだった。
「あ、兄貴。誰も見てないっスから、素直になったほうがいいんじゃないスか?」
「あ、ああ。そうだな」
そう交わした後に、二人は胸に同時に手をあてる。そして発した言葉も同時に同じものが出された。
「よかった(っス)」
その声を聞いて、ペリクレスは、
(うう、よくない、、)
と、胸中で独りごちた。
一方、バカを相手にせず逃げてきた二人はというと、
「お客様、ご注文は?」
「あ、アイスコーヒー二つくださーい」
「俺はアイスコーヒーは飲まないんだ。紅茶にかえてくれ」
「かしこまりました」
あの裏路地から少し離れたところにある喫茶店にいた。
「うへぇー。もしかして紅茶しか飲まないってやつ?だめだなーボクみたいに柔軟にならないと」
さっき助けた(のだろうか、あれは)彼女は一人称をボクとして、かなりボーイッシュな感じただよう女性だった。
「別にそういう訳じゃない。それより、聞きたいことがある」
「ナニナニー?」
何にも考えていないという顔。
ゼナルは、自分が何かとんでもないことをしてしまったように思えてきた。
そんなことはおくびにも出さなかったが。
「何日か前のアレ。あのタコはなんだ?」
「はぁ?」
彼女が眉をひそめる。
これは別にゼナルがあの3人組に影響されてトチ狂ったわけでは決してない。
彼が助けた彼女は、ついこの間遭遇したあのタコの中に入っていた女性にそっくりだった、というよりもそのままだったのだ。
だから彼女に関わったのである。
「い、いや。今のは冗談だ(人違いか?)。そうじゃなくて、名前は?」
「(こういうナンパノしかたなのかしらん?)えーと、ボクの名前はねー、、、。あ、知らないんだった」
「は?」
今度はゼナルが眉をひそめた。
「そーそー。ボク昨日から向こうの記憶が無くてさぁ。困ってるんだよ今ー」
その割には軽い。
これで信じるって言うやつは人生やり直せって感じだ。
ゼナルもそう考えたが、口から出たセリフは違った。
「そうか」
「(あれれ。ストレートに信じちゃったよ。ま、ホントのことだから助かるんだけど)だからさぁ、助けてよーって、何立ってんの?」
ゼナルはこれ以上彼女と関わっていたくなかった。
だから、さっきも疑うところをわざと信じたふりをしたのだった。
「悪いな、仲間と落ち合う約束をしているんだ。代金はここに置いておく。じゃあな」
そう言うとゼナルは店を出た。少し間を置いて名無しのゴンベエが出てくる。
「ねーそんな冷たいこと言わ、、、」
ドガァァーーーーン。
彼女がセリフを言い終わらないうちに爆発音が響き、ほんの数分前までいた店から白い煙が出てきた。
「う、、、そ、、、」
二人が呆然としていると、店から3人ほど転がるように出てきた。
「馬鹿野郎。裏の空家ふっ飛ばしてどーすんだよ。サ店を飛ばせって言ったろーが」
「い、いや。俺のせいじゃないっす。仕掛けようとしたら外から頭くらいの石が飛んできて、、、」
「アニキ、とにかく逃げやしょう」
そんなような事を言って3人はあっという間に姿を消した。
「ねー、見たでしょー。なんか知らないけど、ボク狙われてるんだよー。だから助けてよっ。ね?って聞いてるー?」
周りで騒ぐ彼女をよそに、ゼナルは思考をめぐらしていた。
(狙われているだと?何故?もし記憶が無いというのが本当だとしたら、、)
「んー?何ー?」
(あのタコみたいなのと関係があるのか?)
そこまで考えてゼナルは考えるのをやめた。
これは自分一人で考えていてもしかたがない。一度仲間と合流しよう。
そう結論付けて、ゼナルは振返った。
「うわっと」
「わかった。ついて来い。とりあえず仲間と合流する」
そう言ったとたん、彼女は飛び跳ねまわった。
「ホント?やったー」
そして、時が少し流れ、
「お客様、ご注文は?」
「あ、アイスコーヒー二つくださーい」
「俺はコーヒーは飲まないんだ。レモンティーにかえてくれ」
「かしこまりました」
どこかでしたような会話をしながら、二人はカフェ・ド・ドールでエリス達を待っていた。
「俺より先についてるはずなんだが、、」
「なんかあたっんじゃない?ま、気楽に待とーよ」
ゼナルは壁に掛けてある時計を見た。
ここについてからさほどの時間が過ぎたというわけではない。
「あ、もしかしてアレ?」
素っ頓狂な声を出して彼女の指した方を見ると、果たして彼らがそこにいた。
なぜかみんな地面に座り込んでいる。
「ちょっと出てくる。」
ハリーがこちらを指してみんながこちらの方を向くのを見てゼナルが立ちあがる。
「ホント、ホント。あ、ゼナルだぁ」
建物を出ようとするゼナルを真っ先に見つけたハリーが手を振る。
「遅かったな、ここに来てずいぶん経ったぞ」
あまり時間は経っていないが、ゼナルはそう言った。
「え、ああ、大変だったのよ」
エリスの目線の先にはジャックとロリーナがあった。
ため息をつき、ゼナルは自分が拾ってきた不思議少女について切り出した。
その頃、不思議少女は、
「たまに飲むレモンティーも良いもんだなー」
ゼナルの分まで飲んでいた。
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