第1章 利益のない依頼 Scene2 Side-A


古都テムズは、約二千年前から栄えてきた都市である。

と、言われている。

確かに、街のあちこちには古代国の遺跡があって、

古い文献なんかにも名前が載っているし、

街全体が良い意味での古めかしい雰囲気を漂わせている。

何はともあれ、この都市が国でも上位にランク付けされるほど

栄えていることにはかわりない。田舎者はそんな都市に憧れ、

いざ実際にその足を踏み入れてみると、

「人がいすぎだー」

と叫ぶことになる。

そして、その叫びは都市の喧騒の中へと消えていったりするのだった。

「グッ、、、くっそー」

ジャック・リンバステンはまさにその典型であるらしく、

都会の波に呑まれていく田舎者を見事に演じていた。



あ、演じてたんじゃなくて素か。



あのタコ事件(と、彼らは呼んでいる)から一日とちょっと。

彼らは、無事テムズに着いていた。

「何してんの?置いてくわよー」

「おもしろいもの見つかったー?」

「ハリー。面白いものは宿に行ってからよ」

「そうか!我々は宿に向かっていたのか!」

「ルイスさん、私の言った事聞いてくれてましたよね?」

遥か彼方(とジャックは感じた。実際は10メートルも離れていない。

まあ、人の流れを挟んではいるが)から他の仲間の声が聞こえる。

他の仲間といってもゼナルだけいない。

彼とは途中で別れたのだ。宿で落合うことになっている。

{行変え}それはそうと、ジャックは声のした方へ向かった。

人の流れに流されそうになりながらも、

何とか辿り着くことができた。

「たかが10メートルやそこらの距離を渡ってくるので
 なんでそんなに時間がかかるのよ」

イライラした声をかぶせたのはロリーナだった。彼女は気が短い。

「お前な、それはここを渡ってきてから言えよ」

「もう、そんなことで喧嘩しないで。宿に行くわよ」

エリスが街の地図に目を落としながら歩き出した。

その隣にアリスが並ぶ。他のみんなもそれに従った。

「ところでエリス。我々は一体何をしにここに来たのだ?」

ルイス以外はみんな膝をついた。

「おいおい、そりゃかなり前に話し合ったろ?」

「ルイスが最近ついてると思ってたら、なるほど、
 記憶力を犠牲にしてたのね?」

そういう訳でもないだろうが。

「私たち、暁の石競争に参加しに来たんですよ」

「して、暁の石競争とは何ですかな?」

「何ですかな?、じゃねーよ。
 その詳しい事を明日聞きに行くんだろうが」

何所で拾ったのかジャックは右手に持っていた小枝で

ルイスの後頭部を叩こう、、、とする前に

ロリーナに足払いをかけられて転んだ。

「ってーな。何すんだよ」

「バカじゃないの?それはさっき聞いたでしょーが。
 あんたも記憶力なくなったんじゃない?」

ジャックはその場にいなかった気もするが、

そのことはこの際放っておかれたらしい

「では、今一度説明してくれぬか?」

ルイスにズイと寄られて、ロリーナは思わず一歩下がってしまった。

「え、えーと。それは、、、」

「うはは。てめえも覚えてねーんじゃねーか。やーいバカ」

「う、うるさいわね。まるっきり忘れてたヤツよりマシよ」

だからジャックはいなかったんだって。

しかし、そのことに気が付かないジャックもジャックだな。



小学生(高学年)のようなけんかをはじめた二人は、

そばにあった小売店の棚を壊し、

店のオヤジに怒られてようやく静かになった。

「二人とも子供だよねー」

ハリーに言われているようでは仕方ない。

「あのー、じゃあ私が説明しましょうか?」

小さくてを挙げたアリスに、今度はジャックがズイと寄った。

片手でルイスを引っ張って来る。

「よし。この石頭に今度は忘れんよーに、

 しっかり説明してやってくれ」

「それはジャックでしょ」

お前もだ、ロリーナ。



エリスは会話に参加せず、

立ち止まって地図とにらめっこをしている。

こうなると他の5人は暇だった。

「ええと。暁の石競争というのは、、、、」

2年に一度開かれるテムズに古くから伝わる伝統的ないわゆる、

宝石争奪戦のことで、内容は、街のど真ん中にある、

暁の祠という遺跡の地下にあらかじめ置かれた暁の石という

宝石を取ってくるという非常に簡単なものだ。

けれども、この祠に入って無事暁の石を持って

帰ってきた者はここ20年間は一人もいない。



その理由は、 「二つあるんです」

「じらさずに早く進めてくれよ」

「じゃあ、あんたも少しは黙ってなさいよ」

「アリス、続けてくだされ」

「あ、はい。じゃあ一つ目は、、、、」

その祠の地下は、巨大な迷路状態になっているからだ。

大会の役員も、石を設置する部屋までの道筋しか知らず、

全くといっていいほど解明されていない。

なので、大会参加者の過半数が、

毎回帰ってこれなくなっているのが現状だった。

「じゃあ俺等が参加したらまずいんじゃねーの?」

「そこでなんであたしを見るのよ!」

「二人ともうるさいよう。聞こえないじゃんかぁ」

「ご、ごめんね」

「そーそー、ほらアリス。先いっていーぞ」

(元はといえばあんたがぁぁ)

「それで、二つ目は、、、、」

この大会は、妨害OKなので、参加者同士で潰し合いがあるのだ。

もちろん、真剣勝負なので、負けたら三途の川を渡ってもらう

ことになる。場所はテムズより広いのではないかといわれている

地下遺跡である。しかし、人間、考えることは同じなようで、

はちあわせという事が非常に多いらしい。

「ま、そこらへんは大丈夫だろうけどよ」

「その他に、、、、」

自分達の通ったあとにわざわざ罠を仕掛けて行く連中がいるという。

帰る時どうするんだろうか?一個一個はずして行くとか?

「よほどのアホだなそりゃ」

「あんたも変わんないわよ」

「てめーなんかもっと悪いじゃねーか」

「んなわけないでしょーが」

再び小学生(中学年)のような喧嘩が始まる。

「今回は覚悟してもらうわよー」

「な、おい。石は反則、、、、、」

ロリーナが投げた頭くらいの石を(どこにあったんだろう?)

かろうじてジャックがよけると、それは向かいの家に突っ込んだ。

「あちゃー。ほら、あんたが当たんないから」

「そーゆー問題じゃねーだろーが」

とその時、



ドガアアアアーーーーン。



いきなり、石の突っ込んだ家が、今度は吹っ飛んだ。

「え?」

6人とも声が出ない。

エリスはまだ地図を覗き込んでいたが。

「い。あ、あたしじゃないわよ、、、、ね?」

思わず足が下がって行く。

「いーや。お前の仕業だ。いい機会だ。

 お前はいっぺん刑務所に、、、」

「そんなこと言ってる場合じゃありません」

ジャックの台詞をさえぎってアリスが叫んだ。

「そうである。早くしないと捕まってしまう」

ルイスはすでにはリーを小脇に抱えて走り出していた。が、遅い。

人一人抱えているハンデを考えても遅い。



だもんで、ロリーナはすぐにルイスに並んだ。

そして、ルイスを引っ張って加速する。

ロリーナに少し遅れて逆隣にジャックが並ぶ。

「ねえ、時々思うんだけどさあ。ルイスって本当に騎士なの?」

「失礼な、私が騎士道に反したことをしているとでも?」

今、している。

「そーだよな。獲物も刀だし」

「ちょっと。どうしたの?迷っちゃうじゃない」

唯一人、状況を理解していないエリスは、

ジャックに手を引かれていた。



暫く走った後、かなり離れたところまで来ると、

6人は適当なところにへなへなと座り込んだ。

「ハア、ハア、、、、フウ。もう、完全に迷っちゃったじゃない。

 これじゃいつまでたっても宿に着けないわ」

「いや、ハアハア、そ、フー、ハア、れ、ハア、ハア、ハア、
 ハア、、、、」

もう少し呼吸を整えてからしゃべらないと、

一体何を言っているのかわからないルイス。

よしんば、ちゃんと言えたとしても、

言いたい事は理解してやれないかもしれないが。

「ねえ、宿の名前ってなんて言うの?」

ルイスとはうってかわって、こちらは息一つ乱れていないロリーナ。

「化け物、、、、あうっ」

ルイスの次にヘロヘロになっていたジャックは

ロリーナの拳で地面に沈んだ。

「カフェ・ド・ドールって所よ」

カフェ・ド・ドール。喫茶店のような名前だ。

「へ?ねね、それって、、、、、」

ハリーがエリスの服を引っ張る。

だがエリスはそちらを向かなかった。

「なんか、喫茶店と宿がくっついていて、

 喫茶店の方がメインなんだって聞いたわ」

「そうじゃなくってさあ。そのカフェ・ド・ドールって、

 もしかしてあれ?」

「は?」

エリスは、今度はハリーに向き、

そしてその小さい手の指す方向に視線を転ずる。



そこには、

「カフェ・ド・ドール。
 なんだよ、向かいに在ったのに気づかなかったんかよ」

そう、白い壁に赤い屋根の、

入り口にカフェ・ド・ドールと入った看板がある店が、

そこには在った。

「あ、、、れ?」

ありがちな展開にエリスは声も出ない。

「んーこれぞまさに、バカの功名。さっ、早く行こーぜ」

「それって怪我の功名って言うんじゃ、、あ」

再び地面に沈んだジャックの横を、

エリスとハリーは何事も無かったかのように通り過ぎた。

「懲りないわねえ、二人とも」

「ホント、ホント。あ、ゼノンだあ」

見ると、店からゼノンが出て来たところだった。

「遅かったな。ここに来てからずいぶんたったぞ」

「え、ああ、大変だったのよ」

言いながらエリスはジャックとロリーナを交互に見る。



その様子を見てゼノンは肩をすくませ、一つ息を吐いた。

「まあいいさ。それより話したいことがあるんだ。

 荷物を置いたら下のカフェに来てくれ」

「何事かあったのか?」

ズズイと迫るルイス(他意はないだろうが、

彼がやると取調室で犯人を問い詰める刑事のように

見えてしまう)に、ゼノンは片目を半閉じにし、

「まあね」

と答えた。




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