「桜の季節」序章 第一話 「春の訪れ、すべてのはじまり」


  桜が咲きはじめたころ・・・・。

 三月の半ばのことだ。

僕の名前は、神崎 陽由真(カンザキ ヒユウマ)。

今年、ここ小泉大学に合格した将来有望な学生の一人だ。

 今日は入学式。この大学は、このへんじゃあ、結構名の通った 有名大学だ。

今、僕の隣を歩いている真陽もここに合格した。

彼女の名前は、浅瀬山 真陽(アサセヤマ マヨウ)。

同じ予備校に行っていた人だ。小学校時代からの知り合いで、 結構仲も良い。

 ハッキリ言おう。口では言えんが。
僕は彼女のことが好きだ。しかも初恋だ。今年で8年間の 恋だ。我ながら恐ろしい。

 でも、彼女は僕のことをどう思っているんだろう。

同じ予備校に通うようになってから、むこうから積極的に 話しかけてきてくれるようになった。嬉しいことだ。

 でも、今僕の隣にある真陽の顔は、あまり元気そうではなかった。

そりゃそうだろう。

 実は、真陽には妹がいる。名前は真由(マユ)という。

真陽の話だと、彼女は僕のことが好きだったらしい。

それで、僕に告白しようとしたんだ。

その日、僕は真由ちゃんに、中央公園前に来て欲しいと言われた。

そこで告白するつもりだったらしい。

 でも、直前になって勇気が出せず、他愛もない会話をして、 彼女は帰った。

その後、トラックにはねられたらしい。

もう何週間も目を覚まさないのだ。

すべては真陽が話してくれた。

泣きながら・・・・。

 よく見ると、真陽の目の回りが腫れている。昨日も、泣いたのか・・・・。

 キャンパスを歩く僕たちの前に、大きな広場が広がった。

「あれが・・・・太陽桜・・・・。」

 真陽の見つめる先には、大きな桜の木がそびえ立っていた。

あれはこの大学で一番大きな桜の木で、太陽桜と呼ばれている。

余談だが、あの桜には、様々な伝説がある。

もっとも、どれが真実で、どれがデマかなんてわからないが。

「きれいだね・・・・。」

 真陽の心が少しでも癒されるようにと言うつもりだったのだが、本当にきれいだった。

しばらく二人で見とれながら広場まで歩いていったのだが、そこで僕の視覚は異変に気がついた。

「誰か、倒れている・・!」

 太陽桜の下に、女の子らしい人が横たわっていた。

「大変だっ。」

 僕が駆け出すと同時に、真陽も僕の後をついてきた。

女の子は、高校生か大学生かといったところだが、母校の制服を着ているので、恐らく高校生だろう。

 そんなことを思いながら、ぼくはその娘の顔を見た。

「・・・・!唯!!」

 その娘は、唯だった。唯は、僕の高校時代のバレー部の後輩だ。

その唯が、ここに倒れているのだ。

「・・・・ん、・・・・あっ、神崎先輩!!」

 彼女は目を開き、元気一杯に僕の名を呼ぶ。

「よ、よう。おはよう・・・・。」

 何と言っていいかわからず、とりあえず挨拶をしてみた。

すると、今度は後ろから話し掛けられた。

「ひゅーま、その娘、誰?」

と、真陽が尋ねてきた。

「え、ああ、バレー部の後輩だよ。ほら、応援の時、いっつも賑やかな娘。」

 変な誤解はされていないだろうか。

もっとも、誤解されるくらいもてる自信などないが。

そこまで言うと、唯が立ち上がり、丁寧に挨拶をした。

「はじめまして。神崎先輩の後輩の、小坂 唯(コサカ ユイ)と申します。よろしくおねがいしまーす。」

「あ、浅瀬山、真陽・・。よろしく・・。」

 真陽も対応して答えるが、どこかよそよそしい感があった。

「あ、あのさ、唯。何でこんなとこにいるんだよ。」

 僕は素朴な質問をしてみた。

「え〜、先輩の入学のお祝いに来たんですよぉ〜。それで、桜がきれいで、風も気持ちいいから、眠っちゃたんです〜。」

 驚きを通り越して呆れた。この娘は前から人とちょっとずれてるところがあるなぁとは思っていたけれど、まさかここまでポケポケさん だったとは・・・・。想像以上である。

「そ、そうか。ありがとうな。学校、始まるからもう帰りなよ。」

「あ、ホントだ。いっけな〜い。ちこくするぅ〜。それじゃ先輩、頑張ってくださいね〜。」

唯が僕の横を通るときに耳元で小さく囁いた。

「いいひと連れてるじゃないですか。頑張ってくださいよぅ〜。」

「な、何言って・・・・。」

振り返ると、唯はもう消えていた。

なんて足の速い、いや、素早い娘なんだろう・・。

「何、言われたの?」

 真陽に問われた。

ま、まさか聞こえてはいまいな。あんな恥ずかしいこと。

「た、大した事じゃないよ。」

 こういう時、どう答えたらいいんだろうか。

本当のことを言う訳にもいかんし・・・・。

「ふうん・・。ずいぶん、仲、いいんだね。」

 まずいな。悪い意味で誤解されてるな、こりゃ。

「仲いいっていっても、唯が人なつっこいだけさ。」

「呼び捨てしてるし・・。」

 う・・。そういわれても、唯に頼まれたから呼び捨てなだけであって、僕はちゃんと「小坂さん」って呼びたいんだ。

でも、そうすると、唯が怒るんだよ。僕は喧嘩は好きじゃないから。

と、言いたかったのだが、こんなことを言うと言い訳っぽくなってしまうので、やめておいた。

「別に、いいだろ。」  そっけない態度をとってしまった。

真陽は繊細な心の持ち主だ。それくらいのことは、長年のつきあいからわかる。今の言葉で傷ついてしまったかもしれない。

僕なんかのために真陽が傷つくだなんて、おこがましい話かもしれないが、僕は真陽のことが心配だからこそそう思っている。謝るべきか・・。

「真陽・・・・。」

 言おうとしたその時、

「ひゅーま・・。私、妹のお見舞いに行くから、先、帰るね。」

「あ、お見舞い、俺も一緒に行くよ。真由ちゃんのだろ?」

「!・・・・」

 「まゆ」

その言葉を聞いただけで、真陽の瞳から、大粒の涙がぽろぽろ流れ落ちた。

しまった・・・・。

「ま、真陽。ごめん・・・・。」

 それ以上、何も言えない。いや、何を言っていいかわからない。 ただ、今は真陽を気遣うことしか出来なかった。

思えばわかっていたはずだった。真陽がどれだけこの言葉、いや、名前に敏感であるか。

 僕が悔いていると突然、真陽の髪が僕の胸に触れると同時に、 頭は僕の胸にぶつかってきた。

「ど、どうしたの、真陽?」

 真陽は僕の両腕をしっかりと握りしめながら言った。真陽の肩はぶるぶると震えていた。

「「まゆ」って言わないで。その音、聞いただけであの日のこと、  思いだしちゃうの。やめて、おねがい。」

 泣きながら、真陽は、叫んだ。僕は、そっと真陽の後ろに 手をまわし、やさしく抱きしめてあげた。

これは、了承と受け取ってもらえただろうか。

もちろん、嫌な事故を忘れることがベストだとは思っていない。

でも、考えなくてもいいときってあると思う。

いや、考えちゃいけないときもあるだろう。今は、そのときなんだ・・・・。




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