「桜の季節」序章 第二話 「揺らぎなき、その想い」
今日も朝が来た。
カーテンの隙間からこぼれる朝日がまぶしい。
僕は顔を洗って、朝メシを食べた。
昨日、入学式だった。
僕は昨日のことを一つずつ思い出した。
真陽、怒ってないかな・・・・。
いや、あれは怒るというより傷ついた感じだったな。
結局、あの後、謝れなかったしな。
今日会ったら、絶対謝らないと。僕が軽薄だったことを。
さて、学校に行こうかなと思ったその時、
ティッティッティッティッティー
左胸の内ポケットから電子音が聞こえる。
「ん、電話だ。誰からだ?あ・・・・。」
真陽の番号だった。どうしたんだろう。
「もしもし?」
「あ、浅瀬山、だけど・・。」
「うん、どうしたの?」
「もう、家、出た?」
「ううん、まだだけど・・。」
「あのね、今日、学校行く前に、病院行くから、先に行ってて。」
「病院・・って、お見舞いか?なら、俺も一緒に行くよ。な?」
「・・・・・・・・。」
??? どうしたんだろうか。5秒間ほど、沈黙が続いた。
そして、真陽の声が聞こえてきた。
「こないで・・。」
「え・・!」
「おねがい、こないで!」
真陽の言葉は意外なものであった。
「こないでって・・・・、どうして・・。」
ガチャッ ツーツーツー
電話が切れた。いや、真陽が切ったのだろう。
でも、どうして?
真陽・・・・、僕の顔をみるだけで昨日のこと、思いだしちゃうから?
そう考えると、一緒にお見舞いに行こうと言った僕の言動がますます軽薄に思えてくる。
あぁ、何やってんだ僕は・・・・。
僕は家を出た。僕の住んでいるアパートと真陽の住んでいるアパートは、すぐ近くにあるので、いつも近くの公園で待ち合わせして、一緒に学校に行っている。
幸い、大学が母校のすぐ近くにあるために僕たちは通学コースを変えずに済んでいる。
もっとも、僕にとって嬉しいことといえば、前と変わらず真陽と一緒に通学できるということなのだが。
公園の横を通り過ぎる。ここは小泉中央公園。小さいけどジャングルジム、ブランコ、滑り台、シーソー、砂場、鉄棒と、公園としての機能は十分に果たせるスペックとなっている。
また、緑も豊富で、近所のお母さん方から評判が良い。
そしてこの公園は、僕と真陽が初めて知り合った、思い出の場所なのだ。
僕は小学5年生だった。この公園で遊んでいると、真陽が来て、僕にこう言ってくれた。
「すなやま、くずれちゃうよ。」
その言葉が、みょうに僕の頭に響いた。
その声が、僕のろうそくに火をつけた。
その姿が、僕の視覚に色を与えた。
その頃まで火がついていなかったのはなぜか。
僕は寂しかったのだろうか。
灰色の頃、一人で、孤独で、冷たくて。
そこに、色のついた天使が舞い下りた。
理屈じゃない。そう、僕は恋をしたんだ。
僕に真の灯を照らしてくれる、天使に。
真陽の家を通り過ぎた。もう病院、行ったよな。
真陽は、来るなといった。
僕もあの後、軽薄な言動を反省した。
でも、行かないでどうするんだ。
僕だって多かれ少なかれあの事故の関係者だし、真陽も、真由ちゃんも放っておけない。
それに、自分が軽薄だからとか、僕はそういうんで自分を抑えられる人間じゃない。
できる精一杯のことをしたい。
僕は病院へと向かった。
幸い、病院は、学校の近くにある。これなら遅刻もせずにすみそうだ。
☆ ☆
この病院は、小泉総合病院という。
真由ちゃんの病室は、確か205号室だったはずだ。僕は205号室へと向かった。
二階に上がると、自動販売機の前に、女性が立っていた。
よくみると、それは真陽だった。
「真陽。」
声をかけてみた。真陽ははっとしたように振り向いた。
僕の声を聞いて、驚いたようだった。
「くるなって言ったのにきたから、驚いてる?」
聞かれてもないことを、言ってしまった。
静かに、真陽の口が開いた。
「ごめんね・・・・。」
・・!真陽が泣いている。とたんに僕も悲しくなってきた。
「ど、どしたの?真陽。俺、何か悪いこと言った?」
「ううん。私ね、あの日、真由があなたに告白するって聞いて、あの子を励ましてあげたの。そしたらあの子、はりきっちゃて・・・・。それで、注意力が散漫になったんだと思うの。私の、私のせいで・・真由は・・。そういう子だって、わかっていたはずなのに。そんなだから、今、ひゅーまをみるだけで、私、どうしていいかわからなくなってしまって・・。でも、こんなこと言ったって、何にもならないのにね・・。本当にごめんなさい。」
それだけ言って、真陽は僕の横を通って階段を下りていった。
やはり真陽は、傷ついている。
しかも、それ以上に真陽は自分を責めている。
このままじゃだめだ。
精神的な病にでも冒されてしまったらそれこそお終いだ。
なんとかせねば・・・・。
でも、こんな僕に一体、なにができるというんだ。
僕には、人を気遣う心も足りない。肝心なときに人を傷つけてしまった。こんなだから、今は、自分の意思に反して、体が動いてくれない。
心も、動いてくれない・・・・。
僕は、真由ちゃんの病室に入った。
真由ちゃんは相変わらず瞳を閉じている。開ける様子もない。
「目、覚ましたら、ちゃんと言ってくれよな。ちゃんと、返事するからな。」
そんな当ても無いようなことを言いながら、こみ上げてくる涙を抑えようとした。
涙ぐみながら、僕は、言った。
そろそろ学校が始まる。もう行かなくては。
おみやげにと持ってきていたリンゴを置いて、僕が病室から出ようとすると、すれちがいに、誰かが入ってきた。
高校生くらいの女の子だ。
母校の制服を着ている。間違いはない。
「きゃっ。・・・・あの、え〜と、どちら様でしょうか?ここは浅瀬山 真由さんの病室なのですが・・。」
「あ、いえ、怪しいものではないです。真由ちゃんのお姉さんの友達の、神崎 陽由真といいます。」
「お姉さん?ていうと、真陽さんのこと?ふぅ〜ん、あの人がねぇ・・。この人と・・。はぁ〜。もったいなぁ〜。」
「な、何か勘違いしていないかい?」
言いたいことはわかる。要するに誤解だ。
僕たちを恋人同士とでも思ったんだろう。
そして不釣り合いだとでも言いたいんだろう。
そんなこと、とっくの昔に痛感している。
それに、確かに僕は真陽のことが好きだが、真陽が僕のことをどう思ってくれているのか、まだわからないのだ。
「はいはい、上記のことが言いたいんでしょう?わぁーってるって。
でも、あんたは好きなんでしょ、真陽さんのこと。」
バレバレだ。
どうやら、真陽以外には、僕のこの気持ちはすぐわかるみたいだ。
僕は顔を真っ赤にした。
でも、否定はしなかった。
僕は、本気で真陽のことが好きだから。
本気・・、やはり本気なんだ。彼女はそれを改めてわからせてくれた。
真由ちゃんのこともあってか、しばらくは僕の中でも真陽に対する気持ちはおあずけ状態になっていたのだ。
「ありがとう。」
おもわずお礼を言っていた。
「はい?なんかした?私。まあいいや。とにかく、神崎さん?あんた、本気で真陽さんのこと好きなら、しっかり彼女のこと、護ってあげなきゃだめだよ。あの人、心に悲しい部分を持ってるから・・。真由のこともあるし・・・・。」
驚いた。ここまで人の気持ちが読み取れる娘とは。
おそらく、感情表現の得意な娘なのだろう。
関係者だとわかった途端に口調をくずすところからもそれがわかる。
もちろん、言われずとも、そうするつもりだ。
「あ、学校始まる。それじゃ、がんばんなさいよ。」
「あ、ちょっ、君っ。」
去っていった。
名前はなんていうんだろう。いい人そうだから、それぐらいは聞いておけばよかったかもしれない。
よし、僕も学校へ行こう。
第三話につづく
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