「廻り出した運命の歯車」


「このまま、陽由真と一緒に暮らしたい。」

「だから、私もここにいたいです。」

「私も正直、惹かれるものがあるわね。」

 ・・・・・・・・。

僕は、三人の少女の願いも叶えてあげられなかった・・・・。

あの娘たちは、きっと怖かったんだ。桜の精としての任務を放棄することが・・。

 でも僕は、彼女たちを助けてあげられなかった・・。



☆     ☆



「・・・・ん?ここは、どこだ?」

 陽由真が瞳を開くと、茜色の光が瞼を突き刺した。

「終わったわよ。目を開けて。」

「・・・・・・・・。」

 陽由真の耳に入った声は、すーっと流れていき、まだぼーっとした感じで座っていた。

 陽由真が座ったままで上を見上げると、太陽桜が雄々しく咲き誇っている。

「あ・・そうか。あれ?確か僕は、空に飲み込まれてしまって・・・・。」

「いつまで夢を見ているの?ここは現代よ。見なさい。学校があるでしょう?」

 陽由真は確かに太陽桜の向こうがわに校舎があるのを確認した。

「あなたは今までここで過去を見ていたのよ。それで今、見終わったの。どう?はっきりしてきた?」

「ん、あ、そうか、ここは現代なんだな。で、君は、阿沙加・・だよね?」

「違うわ。私は真陰よ。」

「はあ?」

 陽由真は耳を疑った。

この少女は初めて陽由真の前に姿を現した時、真陰と名乗ったのだが、その後、陽由真にそれを否定され、阿沙加と名乗っていたのだ。

それを今度は自分で否定したのだ。

「真陰が、阿沙加で・・それで、真陰?ん〜?」

 陽由真はいささか混乱した。

「あなた、まだわからないの?あなたが平安で見てきた真陰、あれが、私なのよ。」

「えっ、え?じゃあ、あの阿沙加は?」

「・・阿沙加も、私なのよ。」

「はいぃ?」

 ますますわけがわからなくなった。

「いいわ。詳しく説明してあげるわ。まず、私たちが阿沙加に罰せられ・・・・。」

「ちょ、ちょっと待った!」

 説明し始めた今は真陰と名乗る少女の言葉をとっさに陽由真が遮った。

すると陽由真は真陰に近づき、小声で話した。

「こ、ここじゃ、人目につく。場所を変えないか?」

 気がつくと、周囲を歩いている大学の生徒達が、何やら奇妙なものを見るような目で陽由真たちをたちを見ていた。

中には、近くにいる者同士で、ヒソヒソ話をしている者もいる。

 そりゃそうだろう。

なにしろ、無言で何時間も微動だにしなかった挙げ句、いきなり喋り出したかと思ったら、今度は過去とか平安で見てきたとか言うのだ。

怪しく見られても当然であろう。

 流石に真陰も陽由真が言わんとするところを察することができたらしく、すぐに相槌を返す。

「・・わかったわ。どこに行くの?」

「コーヒーが美味しい喫茶店が近くにあるけど?」

 真陰のイメージからコーヒーが好きそうだと、陽由真は推測した。

「いいわね。連れていってもらえる?」

 ジャスト当たりだった。

「わかった、それじゃ行こうか、えーと・・。」

「今は真陰でいいわよ。」

「それじゃ、真陰。行こう。」

 今は、という言葉が気にはなったが、その意味もこれからわかるのだろうと思い、黙っておいた。



☆     ☆



 陽由真たちは大学の近くにある喫茶「凱旋門」に入った。

「(そういえばここは、前も真陽と一緒に来たよな。)」

 奥の例の太陽桜がよく見える席に行こうと思い、陽由真が真陰を先導して歩いた。

 ウェイトレスが陽由真の横をすれちがう時。

「いらっしゃ・・あ、あなたは・・。」

「?」

 妙に近くに向かって声が放たれたので、声の方向を確認しようと思って陽由真が振り向いたのと同時に、声の受取人が返事をした。

「あら、上原さん。ひさしぶりね。」

 声が向けられていたのは真陰だった。

そして声を最初に出したのはバイトのウェイトレス、上原 千春だったのだ。

 席に着いてから、陽由真は真陰に今のことを聞いてみた。

「上原さんと知り合いなのか?」

「ええ。以前、大学で遭ったことがあってね。」

 熱そうなコーヒーを片手に言う真陰。

「大学って・・、小泉大学?」

「ええ、そうよ。あなたもあの大学の生徒なんじゃないの?」

「あ、ああ、そうだけど、真陰もうちの生徒なの?」

「違うわ。私があなたと遭う以前、ちょくちょくこの世界に来ていたのよ。」

「世界?」  また話が非現実めいてきた。

「一から話すわ。まず、さっき私が見せたあなたの過去。それは覚えているわね?」

「あれが・・僕の過去なのか?」

「ええ。最後に空に落とされたわよね?」

「うん。」

「あの後、私たち四人は長い間阿沙加の力によって、時の牢に閉じ込められていたのよ。」

「・・・・。」

 陽由真は不思議と真陰の話に聞き入っていた。

「正確に言えば、私たちの魂がね。およそ千年が経ったわ。流石の阿沙加にも、これ以上私たちを閉じ込めておける力はなかったわ。それに、長老様に命じられた処罰期間も過ぎていたわ。あ、そうそう、あなただけは別格でね。100年余りで魂は解放されたわ。その後、あなたは幕末、明治後期へと行ったわ。」

 陽由真は太陽桜の下で、真陰が幕末と明治後期の自分も見せると言っていたのを思い出した。

「そういえば、その二つの時代はどうなったんだ?」

 陽由真が聞くと、真陰はばつの悪そうな顔をした。

「見せられない。」

「え?」

「よく考えたら、私はその時閉じ込められていて、実際にあなたを見たわけじゃないのよ。阿沙加伝いに聞いただけで・・。だから、ごめんなさい。」

 真陰が謝った。

これまでずっと気の強いというイメージのあった真陰がこうして素直に謝ると、陽由真はとても新鮮な気持ちになる。

「いや、いいよ、真陰。で、どうなったの?」

「ええ。その後、真陽と真由の二人はあなたを求めて転生していったわ。そして、力をなくした阿沙加は、なんとか私だけでも行かせまいと余力を使って、私の魂の中に入り込んで来たわ。」

「魂の、中に・・?」

 聞き慣れない表現に、陽由真は思わず聞き返してしまう。

「・・・・結果、私と阿沙加は魂を共有する存在になったわ。肉体ではなく、魂を共有する、ね。平安のころ、桜の精を努めた魂と、尚も桜の精を続ける魂。その二つが一つになったのよ。私は、肉体を具現化してこの世界に来たり、様々なことができるようになったわ。でも、リスクも存在するわ。魂は一つになっても、人格までは一つにはならなかった。言わば二重人格というものね。ある時は私、真陰の人格が表に出て、ある時は阿沙加の人格が表に出るようになったの。」

「・・・・!」

 陽由真には思い当たる節がいくつかあった。

今までも、真陰(阿沙加だと思っていた者)に真陰以外の人格を感じることがあった。

「で、昨日、あなたを見つけたわけだけど・・・・。それまでいろいろあったようね。真由は事故に遭ってるし、真陽やあなたは記憶を失っているし。」

「転生すれば記憶を失うのは当然では・・。」

「そうなの?ま、私は転生していないから、関係ないけどね。・・と。とりあえず一からすべて話したわ。まだ何かある?」

「・・いくつか。」

「何?」

「結局、僕の過去の過ちって、何だったんだ?」

「・・わからないの?」

「え・・?」

「本当に鈍感なのね、あなたは。あの頃、何故真陽のことを忘れていたの?」

「え・・っ!」

「あの時のあなたの許嫁だった人で、死んでしまった真陽のことよ!」

「そ、それは・・・・。」

「あなたが覚えていないから、真陽はこの世界に身を置くことをためらっていたのよ。それで、思い出した時にはもう、手遅れだった。それが、あなたの過ち・・。」

「・・・・そうか。」

「・・でも、これは唯、私が言ってるだけ。本来罪とか言うべきものではないわ。ごめんなさい。」

「いや、いいよ、謝らなくても。僕が、悪いんだから・・・・。・・それと、もう一つ聞きたいんだ。」

「・・何?」

 陽由真は雰囲気を変えようと、質問を変えてみた。

「・・・・ああ、あれね・・。」

「?」

 真陰は少し恥ずかしそうに苦笑いをした。

「私は、あの二人みたいに、あなたの側にいたくてこの世界に来たわけじゃないわ。それだけはわかって。私は・・あの二人と一緒にいたいの。それで、この世界に留まる理由として・・・・」

 真陰がチラリと陽由真の方を向く。

「・・・・陽由真、あなたの側にいた方が一番、手っ取り早いんじゃないかと思って・・。そしたら、妹なんかいいかなぁ〜って・・・・。」

 まだ恥ずかしそうにしている。

とうとううつむいてしまった。

「・・ぷっ、ぶはははは!!」

 突然、陽由真が笑い出した。

今までのクールな雰囲気の真陰と、今のもの恥ずかしがり屋な真陰とのギャップに耐えられなかったのだ。

「はっはっは。妹〜。はははー。憧れてたのー?真陰ちゃーん。」

 陽由真は平安で聞いた真由の真似をして真陰を呼んだ。

「う、うるさいわね。からかわないでよ。」

 尚も陽由真はウケケケケと笑い続けている。

「(な、何なのよ、こいつ?)」

 この時を境に、二人の間に奇妙な兄妹感情が芽生えていた。

 で、何しに来たんだ?

それは、陽由真が真陰に最も聞きたい質問だったが、意外にも真陰から切り出したのだった。

「・・で、私が本当に言いたいのはね。」

 コーヒーを飲みきって言った。

「私を除いて一旦はこの束縛から解放されたけど、いつ阿沙加が力を取り戻すか、いつ長老様が動き出すかわからないわ。課程はどうあれ、結果的に私たちは、オキテを破ったことになっているわ。こんなこと、関係のないあなたに頼むのはどうかと自分でも思うけど・・。お願い、私たちを助けて。」

「・・・・関係、ないわけないだろう?」

「え?」

「僕だって、十分関係者だ。真陽や真由ちゃんや君が困っているんだろ。喜んで手伝わせてもらうよ。」

「陽由真・・。」

「可愛い妹のためにもね。っはは。」

「くっ・・・・。」

 真陰はテーブル越しに陽由真の足を踏みつけた。

「痛たた・・。で、具体的にどうすればいいの?」

「当面は、阿沙加の説得、かしらね。」

「説得?」

「そう。魂を共有している以上、私が直接説得することは不可能よ。だから、あなたたちが阿沙加が表に出ている間に説得して欲しいの。ただし、阿沙加はあなたたちに対して友好的ではないわ。気をつけて。」

「あ、ああ。」

「・・ふう。とりあえず、話はこれで終わり。今日はもう帰りましょう。」

「うん。あ、そうだ、真陰。真陰はこれから、こっちの世界に留まるの?」

「阿沙加の力が干渉しないうちはね。」

「どこで寝泊まりするのさ?」

「あ・・そういえば、考えてなかったわね。ま、公園でも、学校でも、どこでもいいわよ。」

「だ、駄目だって。年齢は千歳でも、姿形は年頃の女の子だろう。・・・・よかったら、僕の家で一部屋貸すから、来なよ。」

「あら、いいの?じゃあ、甘えようかしら、お兄さん。」

 今度は真陰が陽由真をからかう。

「うるさいよ。ほら、帰るよ。」

 二人は「凱旋門」を出て、家路についた。



☆     ☆



 家に帰る途中、公園の横を通ったあたりで、二人は真陽と出会った。

「あ、ひゅーま。どこへ行っていたの?探したんだからね。」

「真陽!どうしたの?」

 真陽は、陽由真の後ろに真陰がいるのを見つけた。

「あ、真陰も。ちょうどよかった。」

「(!・・真陽にも、記憶が戻っている?)」

 とっさに真陽が記憶を取り戻していることを悟った真陰は、親しげに声をかけた。

「千年ぶりね、真陽。」

「ええ、元気してた?」

「静かにしてたわ。」

「ふふ、そう。」

「???」

 昨日はまったく知らない者だった真陰に、いきなり真陽が楽しそうに話しているのを見た陽由真を違和感が襲った。

 そして、陽由真は真陽の手に、何やらノートが握られているのに気がついた。

それは、他でもない、この運命の再臨がはじまるきっかけとなった、「花魔術研究会○秘レポート」だった。

「真陽、それ・・・・。」

 レポートを指さして言う陽由真。

「ん?あ、これ、昨日ひゅーまが病室に忘れて帰ったじゃない。」

「あれ、そうだっけ・・。」

「忘れるなんて、いい度胸してるわね?」

「え?」

 陽由真の袖を引っ張る真陰が、何やら怖そうな顔をしている。

「え、どうしたの、真陰?」

「あれは私の大事なものなのよ。私の長年の研究の成果の結晶なのよ!」

「え?あれ、真陰が書いたのか?」

「ええ。以前にちょくちょくこっちに来てたって言ったでしょ?」

「ほぇー。」

 感心する陽由真をよそに、真陽が続ける。

「それで、中、見せてもらったんだけど・・・・。なんか急に、頭の中に映像が入り込んできて、そしたらそれは私の過去だってわかって・・。もう私、全部わかったよ、ひゅーま。ひゅーまも真陰も、もう知っているんだよね?」

 私たちの過去、そしてその清算の義務を。

そう言わなくても、三人とも、そのことを認識していた。

「・・そう、か。真陽も、思い出した・・んだな。」

「真陽、自力で思い出したの?」

「え?う、うん・・。」

「流石は元桜の精ね。陽由真なんて、苦労したわ。思い出させるのに、一日かかったわ。」

「えっ!?」

 真陰にそう言われて、陽由真ははじめてあたりがもう夜になろうとして暗くなってきているということに気がついた。

「あれ?さっき朝だったんじゃっ!??」

「馬鹿ね。五日間もの記憶を凝縮して見せたのよ?どう頑張ったって、これぐらいの時間はかかるわよ。」

「そ、それじゃあ、今日の講義は・・・・。」

「あ、ひゅーま。今日の講義、全部欠席になってたよ。」

「朝、太陽桜の前通った?真陽。」

「うん、通ったけど・・。」

「なぜ止めなかったんだーーーー!!!!」

「だって私あの時もうすでに記憶が戻ってたから、ひゅーまたちが何をしているか検討ついたし、邪魔しちゃ悪いと思って・・。」

 良心の塊のような真陽の言葉を聞いていると、怒っている自分の方が悪いような気分になってくる陽由真。

実際、陽由真の方が悪いのだが。

「まぁ、これからどうすべきかもわかったし、講義の出席回数三回分ぐらいの収穫はあったから、いいか。」

 陽由真はなるべく前向きに考えた。

「それじゃ、もう遅いし、帰りましょうか。」

「またね、ひゅーま、真陰。」

「それじゃ、バイバイ、真陽。」

 そう言って、陽由真と真陰は陽由真の住むアパートへと帰っていった。

「ひゅーま、だって。」

「うるさいっ!真陰!」

 また真陰が陽由真をからかった。

陽由真は真陰のことを、自然と本当の妹のように思うようになっていた。

 それは、幸せの始まりか。

それとも、これから始まる運命の過酷さを慰めるための偽りの幸福か。

 それはまだわからない。

しかし、焦る必要もない。

運命の歯車は今、確実に廻りはじめたのだから。



             桜の伝承編 終




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