「魂の輝き永遠に」
陽由真たち一行はやっとのことで桐生雲山に着いた。
「ふう、やっと着きましたねぇ。」
「安心するのはまだ早いよ。まだふもとじゃないか。」
途端に座り込む真由を陽由真が起こす。
その様子を見て真陽もくすくすと笑っている。
「いい?桐生雲山はふもとから頂上まで結構な距離があるんだ。この山はよく貴族なんかが用心棒を連れて観光に来るからある程度道も整備されているし、途中にいくつも休憩する場所があるんだ。」
「観光・・ですか?」
真陽が不思議そうに問う。
「ああ、大抵の観光に来る貴族たちは・・・・」
陽由真が頂上の方を見上げ、山全体を見渡す。
「ほら、あの・・・・」
そして、山の中程にそびえ立っている一本の桜の樹を指さした。
「太陽桜を見にくるんだよ。」
「たい、よう、おう?」
今度は真由が、初めて聞く音を発して問う。
「なんだ、太陽桜って?」
年法も問うた。
すると陽由真はがっくりと首をうなだれた。
「年法、なんでおまえまで知らないんだよ。この辺じゃあの樹はそう呼ばれているのさ。」
「太陽桜・・。そう呼ばれていたんですねぇ。」
「ん?真由、知ってたの?」
「え?あ、いえ、今初めて聞きました。そっか〜、太陽桜か〜。」
そう言って、真由はもう一度、太陽桜を見上げた。
「ん〜、本当に綺麗な桜ですねぇ。」
「春ですからね。」
姉妹が並んで桜を眺めている光景は非常に微笑ましかった。
うっかり見とれてしまっていた陽由真だが、早く鹿を助けに行かねばと思い、切りだした。
「さ、早く行こう。・・おっと、山に入る許可をもらわないとな。ちょっと行ってくる。」
そう言って陽由真はふもとの入り口で見張りをしている兵士のもとへ行った。
暫く話すと、何事もなかったように戻ってきた。
「さあ、話はついたよ。行こうか。」
陽由真が先導し、山へ入っていった。
「真陽さん、どのあたりなんですか?鹿が怪我をしているのは。」
どこへ行くともなく歩きながら、陽由真が聞いた。
「はい、太陽桜のあたりだったと思います。」
「そうですか。じゃあ、道なりに行けば辿り着きますね。ふう、これで迷わない。」
「知ってるか?こいつ、一人で歩くと必ず迷うんだぜ。」
陽由真の言葉に敏感に反応した年法がすかさず言った。
「う、うるさいな。年法。」
「はっはっは。」
陽由真と年法はこうやって冗談を平気で言い合える仲だ。
流石に数年の付き合いだけあって、気心の知れた言わば親友のような間柄なのだ。
そうこう言っている間に太陽桜まで辿り着いた。
「わぁ。本当に綺麗・・。」
真由がまた感動している。
「・・・・。」
真陽はと言うと、懐かしむような視線で太陽桜の方を見ていた。
「・・鹿、いませんね・・。」
陽由真が呟いた。
すると真陽がはっと陽由真に向き直り、少しうつむき加減になりながら言った。
「・・おかしいですね。確かにこのあたりにいたはずなんですが・・。」
「・・・・きっとまだこの辺にいますよ。怪我しているなら、そんなに動きまわれないだろう。探してみましょう。・・・・そうだな・・。真由、僕と真陽さんでこっちの方を探してみるから、真由は年法と一緒に向こうの方を探してみてくれないか?」
「はい、わかりました!」
真由は元気良く返事をして、年法の手を引っ張った。
「いいか、鹿を見つけたらすぐに応急処置。年法に僕を呼びに来させて。」
「はいっ!」
「なんでぇ、使いかよ。」
「おまえに任せられんからな。」
「へいへい。」
年法は半ば諦めたように真由にされるがままに引っ張られていった。
陽由真は自分たちも探しに行こうと真陽を促した。
「さあ、真陽さん。僕たちも鹿を探しましょう。」
真陽は無言でうなずき、陽由真についていった。
太陽桜近辺とはいえ、かなり広い山の中なので、二手に分かれたお互い同士の物音も聞こえなくなった。
「あの、真陽さん・・・・。」
陽由真が切り出した。
「なんですか?」
「あなたは一体、何をしにここへ来たんです?」
場が一瞬沈黙する。すぐに真陽は振り返って言う。
「・・おっしゃることの意味が、よく・・・・。」
「怪我をした鹿なんかいない。合っていますか?」
「!!」
陽由真は一つの仮説のもとに聞いてみた。
もしかしたら、鹿などいなく、ただ陽由真をこの山に連れてくるために真陽は嘘をついているのではないか、と。
「なぜ・・・・?」
真陽の声から今までの強ばった感じが消えた。
陽由真はふぅと一息つくと言葉を続けた。
「さっき僕がやってた通り、この山には許可を取らないと貴族以外は入れないんですよ。初めてこのあたりに来たあなたが通してもらえるとは考えにくい。そこで、どうやって鹿が怪我をしているのを見つけたのかと思ったわけです。」
「・・・・。」
真陽はうつむいて悲しげな顔をしている。
「・・一体、何が目的なんです?さっきも、僕のことを前から知っていたような素振りを見せて・・。」
「陽由真・・・・。」
真陽が口を開いた。
「?」
「陽由真、私は・・・・。」
真陽が何かを言おうとしたその時。
「言いにくい?真陽。」
陽由真の右の草の陰から、真陽と同じくらいの背丈の少女が姿を現した。
「真陰?なぜここに?」
「長老様がね。あなたたちがなかなか実行しないからって私を寄越したのよ。」
その場の状況がまったく理解できない陽由真は、とりあえず少女の登場までは確認することができた。
「き、君は?」
「あら、はじめましてかしらね。私は真陰。よろしくね、陽由真。」
「どうして、僕の名前を?」
その時。
「陽由真さん?お姉ちゃん?」
今度は陽由真の左の草の陰から真由が現れた。
「ま、真由!?」
陽由真は何が何だかわからずに混乱している。
「って、あれ?真陰ちゃ〜ん、どうしてここに?」
「真由じゃない。ひさしぶりね。相変わらず力の抜けるしゃべり方ね。実は長老様がね。かくかくしかじかというわけなの。」
「そっか〜。」
「あの、で、一体、これはどういうことなの?」
いまだにまったく状況が飲み込めない陽由真が口を挟む。
すると、陽由真の右にいる真陰と呼ばれた少女が口を開いた。
「私たちは、あなたを迎えに来たのよ。」
「迎えに・・?」
真陰の口調は少し厳しい感じのするものだったが、そこには確固たる秩序と規律を含んだものだった。
「長老様がお呼びになっているわ。陽由真、あなたに長を継がせるために。」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか。いまひとつ、話が見えて来ないんだけど。」
すると、今度は真陽が口を開いた。
「陽由真・・。全部、説明するわ。よく聞いてね。私たちは、桜の精なの。特に私たち三人は、あの太陽桜に属する精です。」
「桜の、精・・・・?」
「はい、桜の精っていうのは、死んでしまった人間の魂が、桜の樹に執着して生まれるものなの。私たち三人は、もとは人間でした。」
「そんな・・・・。」
「信じられないと思うけど、信じて。桜の精の役割は、毎年、決まった時期に桜の樹に力を分け与えて花を咲かせる手助けをすることなの。でも、桜の花を咲かせるのには莫大な力が必要なの。その力はどこから生まれると思う?陽由真。」
呼び捨てにされることに若干の違和感を感じたが、陽由真はそれを顔には出さずに言った。
「桜を咲かせる力・・・・?」
「うん、それはね、花を、樹を、草を、植物を愛する心。でも、日々その力を使う私たちにはその力が足りないの。そこで、力は使えないけど、そのとてつもなく大きい植物を愛する心を持った人。私たち桜の精に無限の力を与えてくれる人。それが長。私たちには、長が必要なの。今の長は、自分の力に限界を感じ始めたわ。そうして長が現世で後継者をお探しになられた結果、・・陽由真、あなたが最も花を愛する者として選ばれたの。」
それはつまるところ、陽由真に死んで、これから一切転生するなということなのである。
「そ、そんな!いきなりそんなことを言われても・・。」
「陽由真さん・・・・。」
真由が悲しそうな顔をした。
「でも、私は・・、私は、嫌!」
声を張り上げたのは、真陽だった。
「真陽・・。」
「お姉ちゃん・・。」
隣の二人も真陽を心配そうに見ている。
「折角、折角・・・・やっと遭えたのに・・。また、幸せが奪われるなんて、嫌っ!」
「真陽さん・・?」
「ねえ、陽由真。・・覚えてる?私のこと。」
「えっ・・・・。」
「昔、陽由真の許嫁だったけど、死んじゃって・・。」
「え・・あっ・・・・!!」
陽由真は十数年前に、愛していた許嫁が病死してしまったことを思い出した。
そのころはまだ薬師になろうとも思っていなかった頃の話で、初めて人の死というものを実感した時でもあった。
あまりに衝撃的な出来事であったため、長らく陽由真の記憶の片隅に閉じ込められていたものが、今やっと取り出されてきたのだ。
「あなたからもらった、桜の花びらの栞が忘れられなくて・・・・。それで、私・・・・。」
「真陽・・。」
陽由真が自分のことを呼び捨てにした途端、真陽は泣きじゃくった顔を上げ、微笑んだ。
「陽由真!思い出して・・。」
「ああ、今、思い出した。すまない、真陽。」
「ありがとう、思い出してくれたのね。陽由真・・。」
真陽は一度涙をこすると再び真っ直ぐ前を向いて言った。
「だから私は、このまま、陽由真と一緒に暮らしたい。いけないことだってわかってる。でも・・・・。陽由真を殺して連れて行くなんて、私にはできない!」
「私も、姉さんを見ていて幸せそうだなと思いました。この世界がこんなに楽しいものだっていうのも、陽由真さんと偶然遭って、初めてわかりました。だから私も、ここにいたいです。」
真由も真陽に賛同した。
「そうね。長老様には悪いけど、あなたたちの様子を見ていると、実際こっちに来てから本当に充実しているわ。私も正直、惹かれるものがあるわね。まあ、陽由真、無理矢理にあなたを連れて行こうとしても、どうせこの二人に許してもらえそうにないからね。」
真陰は苦笑して言った。
この娘は、こう言ってはいるが、実際は二人を暖かく見守るお姉さん役なのだろうと、陽由真は感じとった。
誰にも邪魔されずに、楽しい日々を過ごせる。
四人ともが、そう思ったその時だった。
『何故、従わない・・・・。』
「!?」
その場に、声が響いた。
「こ、これは・・!!」
「・・・・!」
「・・・・。」
真陽、真由、真陰の三人はひどく驚いた様子だった。
「どうした?」
と聞いた、陽由真の声は掻き消され、また空間に、声が響く。
『何故、命令に背く・・・・。』
「阿沙加っ!!」
突然真陰が空に向かって叫んだ。
いつのまにか空は、信じられないほど暗くなっていた。
「阿沙、加・・?」
「阿沙加っていうのは、私たちと同輩の太陽桜の桜の精なの。」
「阿沙加さんは、真陰ちゃんの親友なんです。」
真陽と真由がそれぞれ、阿沙加の説明をする。
真陽が更に付け加える。
「この様子だと、長老様に言われて、私たちに任務遂行を促しに来たみたい。阿沙加、すごく律儀な性格だから・・。」
再び、真陰が空に向かって叫ぶ。
「阿沙加、お願い、わかって。私たち桜の精はもっと表に出て、人間と接していかなくてはならないわ。ずっとこんなこそこそとした人狩りまがいなことを続けていては、そこらにいる下級妖怪となんら
変わらないわ。私たちは、変わらなくてはならないのよ。」
阿沙加の気配が止まった。
どうやら少し考えているらしい。
そしてまた、声が響く。
『命令に背く者には、制裁を・・・・。』
真陰の説得虚しく、阿沙加はそんなことを言った。
「阿沙加ぁっ!!」
「やめてぇっ!」
「阿沙加さぁん!!」
それぞれが思い思いに阿沙加を呼ぶ。
空が、びかっと光った。
突然、世界が反転し、陽由真たちは、空へと落ちていき、雲へと飲み込まれていった・・・・。
第十二話へつづく
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第十二話
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