風と星 歌と道 第一章 利益のない依頼 Sceane1


地平線の遥か彼方まで広がる草原とそこに咲く花は、

ポップコーンを食べながら、それが少しずつこぼれている事に

気が付かずに、うろうろと歩き回ったあとの緑一色の絨毯の

ようだった。

妙な表現だがそれ以外に何も連想させない風景だった。

その絨毯の唯一の模様となる一筋の薄汚れた

白線となって走る道の上を、七人は歩いていた。



少し長くなるが紹介しておこう。

別にここは飛ばして読んでもかまわないけどね。

まず集団のやや後ろを歩いている一番背の高い彼は、

修行中の騎士でルイス・バーデッドといった。

茶色がかった髪は切りそろえられていて、

がっしりとした彼の体格に良く似合っている。

真面目で責任感もあり、剣の腕もそれなりだが、

何か大事なものが決定的に欠けていた。

ツキというやつである。彼は全く運が無かった。

まあ、それはどうしようもないのだが。



彼の背には、荷物袋とその他に細長い刀が背負われている。

並みの長さではない。195はある彼の背丈と同じくらいある。

彼はこの刀を自在に操った。



そんな彼の刀のことをごく最近まで釣竿だと本気で思っていた

少しずれた彼女の名は、アリス・S・ラディルフィンという。

黄金色の髪を長く伸ばし、住んだエメラルドグリーンの瞳をした

なぜか敬語を使ってしゃべる魔法使いの少女だ。

彼女に言わせれば、

「釣りしてる所なんか見たことないですし、

何であんな邪魔なもの持ち歩いてるか不思議だったんですよねえ

おじいちゃんの形見かなーって思ったりしてたんですけど」

だそうだ。

周りにとってはそんなことを言っている彼女の方が

よほど不思議な存在なのだが、

彼女はそう思われているとは夢にも思っていない。

考えていないという意見もある。



アリスと並んで歩いているのは

夕陽のような赤い髪をショートカットにした少女だ。

名前は、ロリーナ・J・グラード。

一見すると、どこにでもいるような活発な女の子といった

感じがするが、実は彼女は七人の中で一番強い。

西方の国に伝わるという拳法を使うが、これがまた強い。

話にならないほど強い。とてもそうには見えないが。

そこがまた強さの秘訣なのかもしれない。



集団の一番前を歩いているのは、ジャック・リンバステンだ。

底無しに元気な男で、いつも無意味に張り切っている。

そのほとんどが空回りに近くなっているが。



彼の職業は盗賊だ。

荷物袋の中には、やすりや針金など盗賊の需要品が入っている。

だが、別に人様のものに手をつけたということはない。

本人は、趣味ではじめたと言っている。本当かどうかは知らない。



ジャックの後ろを歩いているのはエリス・デュラッサ。

元傭兵で、槍を得意とする。

エリスは、この七人の中で唯一の20代の23歳だ。

ほかは一人を除いて皆10代後半だ。

除かれた一人なんかは9歳とかいう歳だったりする。



その9歳は、南国の海のような青い瞳を輝かせて、

赤いとんがり帽子を深くかぶり、集団の一番後ろを歩いていた。

彼を子供だと思ってなめてはいけない。

彼は、アバリガニーという一族の一員なのだ。

アバリガニーは、と機種な納涼句を持っている。

呪文無しで魔法が使えるのである。

普通魔法というのは、呪文を媒介にして力を集め、

それもまた呪文で放出する。

しかし、彼等は、意識を集中させるだけでそれが出来てしまう。

なんとも便利な能力である。

ちなみに、なぜこんなことが出来るのか、とかはわかっていない。



ハリーのちょうど前には、すらりとした体格の青少年が歩いている。

ゼナル・ボウヤーという。

青みがかった柔らかそうな髪と、整った顔立ちは、

まず大抵の所では美男子で通るだろう。性格はいたってクールだ。

彼は、エリスと一番付き合いが古く、そして彼もまた傭兵だった。

だから剣の腕も結構たつ。



と、まあこんな七人だ。

チームとしてはバランスの悪いことこの上ないのだ

が、組んできて二年がたつ今までは、

大きな失敗も無く、上手くやってきていた。

何でだろう?チームワークが良いのだろうか?

「あ、ほら、ハリー。そんなとこでしゃがんでないで早く来てよー」

そういっいるそばから和を乱しているやつがいる。

やっぱりチームワークではないかもしれない。

では、何なのだろうか。

「ねー、ちょっとー、早くしないとおいてくよー」

いちいち語尾を伸ばすロリーに、ハリーは応えなかった。

草陰にしゃがみこんで、しきりに何かをつついている。

「自分が見てこよう」

そう言って、ルイスがハリーの方に歩いて行った。

ハリーの真後ろに立ち、頭越しに覗きこむ。

そして、彼の動きが止まる。

「どうしたんでしょうねえ」

「とりあえず、いってみましょ」

残された一行は、エリスの意見にしたがって来た道を戻って行った。

あ、いや、先頭を歩いていたジャックは気が付かずに

そのまま進んで行った。少し離れたところで気が付いて、

慌てて踵を返す。

その時には、一同はハリーの所に着いていた。

そして、ルイスと同じようにして後ろから覗きこみ、

これまた同じようにして固まる。



暫くして、ジャックがみんなに追いつく。

「おーい。何してんだ。もたもたすんなよ、

 世界が俺達を待ってるんだぜ」

待っていない。誰も待っていない。

ジャックはやはり今日も空回りしていた。

「ね、コレなんだと思う?」

沈黙。



今度はハリーの問いにみんなが答えられない。



少し間が空いて、ようやく口を開いたのは、エリスだった。

「タコ?」

ではない。

が、それは確かに通常より10倍ほどで大きいタコのように見えた。

赤い色、胴体と思われる丸いものから飛び出した無数の触手。

ここまではタコだ。問題は、その胴体だった。

てっぺんに覗き窓のようなものがあって、

その中には、まるで羊水の中にいる赤ん坊のように、

液体で包まれた一人の女性が入っていた。

「どうするんですかあ?」

アリスが覗き窓に顔を近づけて言った。

「とりあえず、、、」

「だー、切っちゃ駄目よ。

 中の人まで真っ二つになっちゃうじゃない」

いつに間にか刀を抜いて振りかぶっていたルイスを、

ロりーナが慌てて止める。

「この足、確かにタコに似てるけど吸盤がないねえ」

ハリーの興味は触手の方に移ったようだ。その隣にアリスが座る。

「食べられるんでしょうかねえ?」

アリスが何気なく触手を引っ張った瞬間。



シャアアアアア。

「う、うわぁ」

「あらあらぁ」

奇声を上げながら、それは立ち上がった。

「ぬう、タコめ。ついに正体をあらわしたか」

「別にそういうわけじゃないと思うけど、、、」

そう言いつつ、ルイスとロりーナが前に出る。



ズズズズズ、、。



地面から何かが地中をはいずるような音が聞こえてくる。

「何?」

下の方に注意を向けるが、音がするだけで何も出てこない。

「ロリーナ!下のはダミーだ」

ゼナルの言葉に、前を向くと赤い触手がこちらに向かって

突き出されるのが見えた。

ぶつかる寸前で体をひねってかわす。

空振りした触手は、すぐ後ろにいたゼナルに切り落とされた。

「おーい、タコ。俺が相手だ。かかってこーい」

「ジャック、そういう台詞はもっと敵の近くで言うもんじゃない?」

「いやー。今回は俺の出る幕無さそーだし、、、、って、え?」

離れたところにある岩の上にいた

ジャックの方向に触手が一斉に向けられる。

「ウソだろ。あ、いや、今のはほんの冗談で、、、」

しかし、触手たちが放たれる前に、



シュッ。



キシャゥゥゥゥ。



ルイスが刀で動きの止まった触手のほぼ半分を一気に切り落とした。

「とどめだ」

返す刀で切りつけようとしたルイスの刀は空を切った。



敵は大きく後ろに跳んでいた。

「ちっ」

ルイスは静かに刀を構え直した。



ヴ、ヴ、ヴヴヴ。



タコは、今度はかすかに虫の羽音のような音を発しながら、

薄ぼんやりとした光に包まれ始めた。

「なんだぁ?」

「ジャック、前に出るな。少し様子を見よう」

神秘的とも見えるその光景に、

思わず前に出たジャックをゼナルが制する。

「っていうかあんたいつ帰ってきたの?」

「ロリーナ、そりゃひどいってもんだぜ」

そんなやり取りをしてる間にも光はどんどん強くなっていく。

「ま、まさか、、、これはタコではなく電気クラゲ?」

「んなわけねーだろ」

ジャックが鞘に入ったナイフでルイスの頭をぺちぺち叩く。

「そんなことどうだっていいわ。注意をそらさないで」

エリスのその台詞が言い終わらないうちに、



パアッ。



光は一気に強くなって、みんなが思わず目を閉じ、

そして再び開けると、そこには何も無かった。

「なんだったんだろうねぇ」

ハリーは物足りなさそうだ。

もう少し遊びたかった、とか考えているんだろう。

「さあな。どうでもいいさ」

そういうゼナルも物足りなさそうだった。

最近、剣を振るうことが無かったから、

久々に体を動かしたかったらしい。

「そうだぜ。どーでもいいことだぜ。早く来いよ」

ジャックはもう10メートルほど歩き出していた。

「そうね、考えてどうにかなる問題でもなさそうだし。

 先を急ぎましょ」

エリスの声に手を引かれてみんなは再び歩き出した。

「エリス、テムズまであとどれくらいなの?」

ロりーナの問いに、少し離れた丘を指して、エリスは笑って答えた。

「あれを越えたらすぐよ」




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