「桜の季節」序章 第三話 「君が御心、我が声に開く」


 僕は病院を後にして、学校へ向かった。もう学校が見えてきた時、いきなり後ろから肩をたたかれた。

「よっ、ひゅーま。」

「おわっと、なんだ、エロサカか。」

「その呼び方はやめんかぃっっ!」

「はいはい、エロスさん。」

「貴様・・・・。」

 こいつは、僕と高校時代のバレー部でチームメイトだった、江戸坂 雪孝(エドサカ ユキタカ)。

 高校時代、僕はレシーブとブロックが得意な守備型プレイヤーで、こいつはサーブとスパイクが得意な攻撃型プレイヤーだった。

もっとも、僕もバックアッタクで攻撃にも参加していたのだが、こいつの攻撃のサポート程度にしかならなかっただろう。

それくらい、こいつのプレーには凄まじいものがあった。

僕たちは、攻めと守りの強力コンビで、チームを県大会優勝へと導いた。

だが、近畿大会二回戦で惜しくも敗れてしまったのだ。

あの時は本当に悔しかった。

チームが一丸となってがんばれば、全国大会出場も夢じゃない 実力はあったはずだった。ああ、本当に残念だ。

「おい、ひゅーま。」

「なんだよ、エロス。」

「キサマ、いいかげんに・・・・。」

「なんだよ、エロサカが嫌だっていうから、こう呼んでやってんのに。」

「ぐっ・・・・、この野郎ぉ・・。」

 言っておくが、こいつは無類のスケベである。

着替えを覗いて捕まったこと67回のツワモノだ。

 ちなみにこいつは、小泉大学のすぐ近くにある私立大学に通っている。

「なあ、真陽ちゃんのほうはもういいのか?」

 何を言うかと思えば、真陽の話か。

「ああ・・・・、まだ、癒えないみたいだよ。」

「そうか、元気出せよ。」

「え・・・・、なんで俺に?」

「おまえが元気出していかなくてどうすんだよ。二人して暗いとおまえら、インケンカップルになっちまうぞ。」

「カ、カップルゆーな、恥ずかしい。それに俺たちはまだ・・。」

「まだぁ?じゃあ、二人はくっつく予定なのか。ふむふむ。」

「ち、違うよ!」

 僕は赤面した。今日、二回目だ。まったく・・・・。

「・・ま、とにかくさ、おまえのほうから明るく接していきゃあ、真陽ちゃんも心を開いてくれるよ。きっとな。」

「あ、ああ。ありがとう。がんばるよ。」

 嫌味なこと言いながら、最後には励ましてくれる。根はいいヤツなんだよな、コイツ。

「あ、そうだ。雪孝。一つ頼みがある。つーか命令。」

「ん、何だ?」

「あのさ、・・・・真陽のことちゃん付けで呼ぶの、やめてくれないか?その・・・・、変な気分なんだよな・・。」

「おまえだって呼び捨てじゃないか。まだ、なんじゃなかったっけぇ?」

「そ、それは・・・・。」

「わあった、わあった。おまえの気持ちはよぅ〜っくわかった。そのかわり、おまえも真奈美のこと呼び捨てにすんなよ。」 「俺はちゃんと名字で呼んでるだろ?」

「そうだっけ?ま、いいや。お、じゃあ、俺、こっちの道だから。またな。がんばれよ。」

「ああ。おまえもな。」

 そうだよな。まずは真陽に心を開いてもらわないとな。

けど、明るくって、どう接したらいいんだ・・・・。

 あ、そうそう、真奈美っていうのは、雪孝の好きな人のこと。 っていっても両想いなんだけどね。

 本名は、杉岡 真奈美(スギオカ マナミ)。

小泉大学の僕や真陽の同級生だ。真陽と杉岡さんとは親友で僕と雪孝を入れた四人で中学校時代から一つのグループみたいに なっていた。

いや、別にグループ交際をしているわけではないが。

本当仲のいい、気心の知れた者たちって感じなんだ。

真由ちゃんの事故が起きるまでは・・・・。

 あの事故以来、真陽は僕以外の誰にも心を開かないように なってしまった。よほど自分を責めているのだろう。

僕を頼ってくれているのは嬉しいことだが、あんなの本当の真陽じゃない。

可哀相に。

護ってあげたい。

心の痛みを分かち合ってあげたい。

 僕だって辛い。しかし、真陽は真由ちゃんの肉親だ。

その辛さ、僕の辛さなんかとは、比にもならないくらい大きいのだろう。
ともかく、真陽を元気付けてあげなきゃ。

真陽に頼るのはもう終わりだ。今度は僕の番だ。

 そうこう考えているうちに、大学に着いた。

真陽は、もう来ているのだろうか。

一限の講義は、化学だ。確か、真陽と一緒のはずだ。

 そういえば、真陽が前に言っていた。

なんでも、自分が医者になって、真由ちゃんを助けてあげたいって ・・。

高校三年生の冬の時点での急な進路変更だったので、両親や学校の反対もそれはすごいものであった。

でも真陽は、その反対を押し退けて医学科に入った。

この大学で、最も入るのが難しい学科なのだが、真陽は見事に合格した。

僕も真陽と同じ大学に行くために、猛勉強をした。

下心とか、そういうの全部取っ払って、ただただ真陽と真由ちゃんのためを思って。

結果、めでたく僕たちは合格したわけだ。雪孝を除いて。

もっとも、あいつは小泉大学を受けてはいない。

なんでも、小泉には、行きたい学科が無かったとか。

今の学科は、なぜか教えてくれない。

怪しい・・・・。

☆     ☆

 講義の教室に着いた。入ると、まだ10数人しかいない。

真陽を探すのは、簡単だった。

僕は真陽を見つけると、真陽の席まで歩いていき、言葉もなく隣に座った。

さっき気合いを入れたところなのに、いざ目の前に真陽・・・・好きな人がいると、緊張して何を言っていいかわからない。

病院でのあの女の子のせいで余計に意識してしまう・・。

とにかく、元気付けなきゃ。僕は、何か話のネタを探した。

「あ、あのさ、真陽・・・・。」

「・・・・。」

 真陽は目だけをちらっとこちらにやった。びくっとした。

まだ朝のことを気にかけているんだろうか。

僕は思い切った行動に出てみた。

「今日さ、午後、講義ないだろ?だからさ、一緒に何かおいしいものでも食べに行かない?」

 そうだ。まずはなるべく真陽を外界に触れさせてあげて本来の真陽の明るさを取り戻すんだ。

積もる話はそれからでも遅くはないはずだ。

僕は真陽の反応を待った。

「病院、行ってからなら、いいけど。」

 一瞬、真陽が微笑んだかのように見えた。ほんの一瞬だが。

「じゃ、12時40分に太陽桜広場で待ち合わせね。」

「うん。・・・・待ってる。」

 結構、楽しみにしてくれているようだ。僕も楽しみだ。

さて、どこに行こうか?まず、食事だよな。てゆーか、食事しかないじゃないか。しまった〜。

今から言い直すわけにもいかんし。くぅ〜。

せっかくのはじめてのデートなのに・・・・。

まぁ、仕方ないか。正式にはデートとは言いがたいし。

 僕は気を取り直して、頭の中で計画を立てた。

どこがいいかな。

近場で済ますなら、喫茶「凱旋門」だな。

よし、そこでいいか。

よぉし、今日はやるぞぉ〜!

 午前の講義が終わった。午後の講義は今日はない。

さて、約束の地、太陽桜広場に行くとしますか。

☆     ☆

 言ってたとおり、真陽は待っていた。

「あ、ひゅーま。遅い。」

4分、遅刻していた。

「ごめん、物理の教授がいきなり最近の若い輩は、って怒り出してさ。」

「ふ〜ん、ま、いいや。行きましょ。」

「ああ。」

なんかもうすでにいい感じだな。やっぱこれだな。

これが真陽だよな。

この調子で、僕以外の人にもこの明るさがわかるようになればなぁ。

いや、僕がそう導いてあげなきゃいけないんだ。

自分に言い聞かせた。

「さ、行こうか。」

 今、僕たちは、お互いを知り、理解するためのオデッセイへの第一歩目を確実に踏み出していた。

             第四話につづく




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