「伝説の記憶」


 そう、僕が聞いている太陽桜の伝説、それは二つある。

一つは、この樹の下で出会った男女は必ず死に別れるという、悲しい伝説だ。

この伝説の由来とかはよく知らないが、幸い、僕と真陽はこれに該当しない。

よかたよかた。

 そしてもう一つは、この桜は生きている、という抽象的な伝説だ。

生きている、という意味がよくわからなかった僕だったが、今になってその意味が理解できる気がした。

というのも、この桜は大学創立以来、嵐が来ようが空襲が来ようがずっと倒れることもなく、ここまえ育ってきたのだという。

もし本当だったらすごい話だが、まさか実感できようとは。

この樹は、自分を、そして僕を、護ろうとしている。

何故僕を護ろうとしているかはわからないが、僕はなんとなくそう思った。

 しかし、ここはすごい暖かい。

まるで桜の樹の温もりのように。

その時、

「せんぱぁ〜〜い。」

 後ろから声がした。聞き覚えのある声だ。

「なにしてるんですか〜?」

 唯だ。

僕がそう思って振り向いた瞬間、今まであったこの樹に包まれているような感覚が消え、再び冷たい雨と風に襲われた。

「うわっ。」

「あ、なにやってんですか、先輩。」

 転んで、真陽の傘を汚してしまった。

「あ〜、汚れちゃった。しょうがない、洗ってくる。」

「あ、先輩。わたしも行きますよ〜。」

「ああ、つきあってくれるか。」

 にしても、さっきのは一体・・・・。なんで急に・・・・。

あの桜の樹の伝説は本当だったのか。

そういえば、友人に花魔術研究会の奴がいる。

花魔術研究会とは、うちの大学のマイナーなサークルのひとつである。

その友人は、花や植物について驚くほどの博識である。

今度そいつに聞いてみよう。

あいつならなにか知っているかもしれない。

少々話しにくいやつではあるが。

何かと僕の恋愛の動向に首を突っ込みたがるやつだからな。

そう思いながら、傘を洗っていた。

「あれ、先輩。おかしいなぁ〜。」

「え、何が?」

「わたし、先輩を見つけた時、確か広げたままの傘を下に向けてたと思うんですよ。でも、先輩、ほとんど濡れてませんよ。」

 それはあの桜のお蔭だ。なんて言ったら、ただの変態だ。

「うん。どうしてだろ。あ、それよりさ、唯、どうして大学に?今日休みじゃないか。」

僕はとっさに話をそらした。

「先輩だって。どうして大学に来てるんですか?」

「僕は太陽桜が心配だったんだよ。だいたい、高校生の唯がここにいるほうが不思議だよ。」

「!・・・・わたしも、太陽桜が心配だったんです。」

「え・・、どうして?」

「わたしの姉が、ここの学生だったんです・・・・。」

「・・・・だった・・?」

「うん。それで、姉さんはここの先生と恋に落ちた。あ、こんなこと話して、迷惑じゃないですか?」

「いや、こちらこそ、迷惑じゃなきゃ話してみなよ。」

「はい・・。その先生は、太陽桜が大好きで、よく姉さんとあの樹の下でお弁当を食べたって聞いたわ。それで姉さんもだんだんと太陽桜のことがことが好きになっていったの。それで、ある日の事でした。姉さんとその先生がドライブにいったの。それで、事故で、亡くなった・・・・。でも、先生は一命をとりとめた。それで私、先生に聞いたんです。姉さんが逝く直前、言ってたことを。」

「・・なんて・・・・?」

 唯は、わずかに笑みを浮かべながら、太陽桜を見つめて、

「太陽桜を・・・・、護ってって・・・・。」

「・・・・・・・・。」

「それから私は、あの太陽桜を姉さんみたく思ってきました。先生もまた、同じく・・。」

「もしかして、唯の姉さんって・・・・。」

 今と同じ話を、噂に聞いたことがあった。

僕の二年先輩だったらしい。

「小坂、あかり・・・・。噂に聞いてますよね。きっと。」

確か、そんな名前だったと思う。

「唯、そんな事が・・・・。」

 あったのか・・・・。言えない。

唯の気持ちが痛いくらいに僕の心に伝わってきた。

同じ肉親を亡くした者同士、何か通ずる思いがあるのかもしれない。

唯も、一人なんだ。

そう思うと、堪えられなくなった。

何も考えずに僕は、唯を抱きしめていた。

「え・・、せ、先輩・・・・?」

「何も・・、言うな。言わなくて、いい・・・・。」

 こんな僕で、少しでも唯の心が安らいでくれれば嬉しい。

時間は、ゆっくりと流れていった。

まるで僕が、次の行動を起こすのを待っているかのように・・・・。

「唯、心配しなくていい。唯のそばには、僕もいるし、その先生だって、友達だっている。ずっと唯のそばにいるよ。だから、一人で悲しむのは、やめろ。」

「先輩・・。ありがとう、ございます。」

 こんな過去があるからこそ、唯にも真陽にも、幸せになって欲しい。

そう願った。

「ふふ、なんか先輩、あたしと似たような過去持ってそうな口ぶりですね。」

「え・・。」

 鋭いな。唯は。

いや、僕が鈍感なだけなのかもしれないな。

「それに先輩、いつのまに「僕」なんですか?」

「えっ、はは・・。人は変わるんだよ。」

「なに言ってるんですかぁ。」

 唯の笑顔ははじけそうなくらいになった。

「それじゃ先輩、太陽桜が無事だったんであたし、帰りますね。」

「ああ、気をつけて帰れよ。」

「はい。」

 さて、太陽桜も無事だったことだし、僕もそろそろ帰ろうかな。



 帰り道、僕は思った。

桜の樹が生きているのは、唯の姉さんがあの樹にいるからなのでは、と。

そして彼女は太陽桜を護り続けている。

もちろんそんなこと、常識ではありえない。

でも、そう思えて仕方無いのだ。

 僕はさらに思った。

唯の姉さんと恋に落ちた先生っていうのは、まだ大学にいるんだろうか。

もしいるのなら聞きたい。

なぜ、彼女を連れて、不注意な運転をしたのか。

なぜ・・唯を悲しませるようなことをしたのか・・・・。





 そして、太陽桜のことも気にかかる。

 この嵐で心配ないのは、やはり伝説のおかげなんだろうか。

これは一度、調べてみる必要があるな。

                  第三話につづく




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