「真由との出会い」


 そこは、闇。

とてつもなく暗く、深い、闇。

何も見えない。



でも、風の音がかすかに聞こえる。 僕はどうしてしまったんだろう。

「聞こえる?」

 何だ?阿沙加か?

「聞こえるの?」

「あ、ああ。聞こえてるよ。」

「じゃあ、説明するわね。今からあなたの意識を・・・・そうね、まずは平安のあなたのところまで連れて行くわ。」

「平安?そんな昔、僕まだ生まれていないよ。」

「いえ。確かにあなたの魂はその時代にあるはずよ。」

「・・なぁ。それって、過去じゃなくて、前世って言わないか?」

「私にとっては、過去なのよ。」

「私にとっては・・・・って、それより、まずはって、どういう事だよ?」

「平安はことのはじまりに過ぎないわ。平安の次は、幕末、その次は、明治後期、三つの時代のあなたを見せてあげるわ。」

「・・・・それで、すべてがわかるんだな?」

「ええ。」

 そもそも意識だけタイム・スリップするという時点でかなり信じられないのだが、そんなことを言っている場合ではなかった。

とにかくこれで、すべてがわかるんだ・・・・。



 目の前に景色が広がった。

それは、いつかどこかで見たことがあるような、そんな光景だった。

 ん?

さっきまで意識のみであった僕がいつのまにか実態を持っていることに気がついた。

僕は今からではおそらく想像もできないであろう、なんとも古風な衣服を着ていた。

 これが、平安の僕?

そう思った途端、頭に電撃が走った。

何だ?頭の中に何かが注ぎ込まれてくるようだ。

これは・・・・。

 見覚えのない映像が次々に見えてくる。

これが、僕の記憶・・・・。

 この時僕は、頭の中に注ぎ込まれた映像が僕の「記憶」であるとわかっていた。

つまり、見覚えがない映像ではなく、身に覚えがある映像、ということだ。

「そう。それがあなたの失われた記憶の欠片・・・・。」

 阿沙加の声が聞こえる。

そう、この記憶は・・・・。



 平安時代、僕は薬師だった。

全然名もない薬師となって、師・桐生 道元(キリュウ ドウゲン)という人の弟子になったんだ。

道元先生は、都ではかなり名の通った薬師として有名だった。

僕は彼のもとで薬師としての修行に明け暮れた。

 やがて道元先生は引退し、僕は自営業の店を持つことになった。

だけど、一人で店を切り盛りするのは大変だった。

 仕方なく売り子を雇い、僕は研究の方に専念することにしたが・・・・。

売り子がなかなか見つからなかったのだ。

このままじゃ研究も全然進まない。

 そんなある日のことだった。

僕は薬草採取の帰りに獣に襲われ、怪我をしてしまった。

仕方なく、山道にあった一軒茶屋で少し休んでいた。

すると・・・・。

「あ、どうしたんですか?大怪我してるじゃないですか!」

 通りすがりの娘が一人、僕に声をかけてきた。

!?通りすがり?

こんな危ない山中に、女一人で?

「君、どうし・・・・、痛っ!!」

 立とうとしたが、足の怪我に響いてすぐにドサッと座り込んでしまった。

「やれやれ・・・・、情けない・・・・。」

「あぁぁ、大丈夫ですか?ちょっと待っててください。怪我に効きそうな薬は・・・・。」

 娘は自分の荷物を探り始めた。

この娘、薬の知識があるのか?

「あっ、これです。煎じて・・・・と。はい、塗りますよ。」

 手際もいいな。

どこかの薬師か?それにしては若い。

なら、修行中の身か?

「あ、ありがとう。」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。」

 なんだかこの娘は、他人のような気がしなかった。

「君は薬の勉強でもしているのかい?」

「はい。まだ、未熟ですがね。」

 僕たちは、お茶を飲みながら、お互いについて語り合った。

「へぇ、各地を回りながら修行をねぇ。」

「はい。私、師がいないものですから。」

「すると、独学でそれだけの知識と技術を?すごいなぁ。」

「えへへ・・・・。あんまりおだてないでください。陽由真さんだって、立派な薬師さんじゃないですか。」

「はは、照れるな。そうだ、君の名前はなんていうの?」

「私ですか?私は、真由っていいます。」

「期待の若手薬師、真由か。覚えておくよ。」

「もう、やだなぁ。」

 それは幸か不幸か、この時僕の中で、この娘を自分のもとで育てたいという気持ちが起こっていた。

「じゃあ、これは師を探すための旅なの?」

「まあ、それも兼ねていますよ。でも、なかなかうまくいきません。運がいいのか、薬師の方にはよくお会いするんですが、誰も弟子にしてくださらなくて・・・・。」

「そっか・・・・。」

 もったいない。

その気持ちもあった。

僕の手の中でこの娘を育てたいという気持ちに反する心もあった。

それは、僕なんかのもとで育ててもよいものかというものだった。

これほどの素質を持った娘を預かってもいいんだろうか。

でも僕は、この娘に手当を受てから、なんだかモヤモヤとした感情があった。

「あのさ、君。もし、よかったら・・・・僕の店に来ないか?」

「えっ?」

「あ、もちろん、こんな僕が師でよければ、だけど。ちょうど助手が欲しいって思ってたところなんだけど・・・・。」

 こういう言い方はまずかっただろうか。

「・・・・本当ですか?本当にいいんですか?」

「うん、喜んで。」

「あ、ありがとうございますっ。私、嬉しい。やっと師が見つかってしかも、こんなにいい人で・・・・。」

「照れるな・・・・。じゃ、とりあえず僕の店に行こうか?」

「はいっ。」

 真由が満面に笑みを浮かべて微笑んだ。

かわいい・・・・。

素直に、そう思った。

僕は、この娘を助手としてしか見ていないのだろうか。

いや、この娘の成長を見届けたい。

 そしてなぜだか、医学では解明できない、一緒にいたいという気持ちも確かに僕の中にはあった。

            第八話へつづく




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