注意:今回から、客観視点になっています(かなりずるい)。
「集いし初臨の者」


 陽由真は桐生師匠のもとにつくより以前に、山羊を飼っていたことがあった。

それがなんともかわいい子山羊で、陽由真は熱心にその山羊の世話をしたものだった。

 しかし、動乱の時代の情勢が変わるのは早い。

やがて人々は、乱と呼ばれる戦に巻き込まれた。

戦が起こっている間は、誰が死んでもおかしくない。

それが人間でないなら、なおのことであった。

 戦が終わり、故郷に戻った陽由真が見たものは、瀕死状態に陥った子山羊の姿だった。

彼は何もできずに子山羊が天に召されゆくのをただ見守ることしかできなかったのだ。

 それからすぐに、彼は桐生道元のもとにつき、次にこんなことがあれば、今度は自分が救ってやれるようにと、修行に励んだ。



「・・・・・・・・。」

 陽由真は昔を思い起こしながら、懐かしい思いに時にはうちひしがれ、桶を握ったままで棒立ちしていた。

 背後に迫る影にも気づかずに・・。

「ひーゆまさんっ。何やってんですか?」

「えっ。」

 いきなり背後の気配に気づいた陽由真は、とっさに構えをとった。

「うわっ。」

「ん、なんだ、真由か。」

 陽由真は構えをといた。

同時に、真由が殴りかからんばかりの勢いで、陽由真に詰め寄った。

「なにするんですかっ!?折角、そろそろお店開けなくてもいいんですか〜?って、聞きに来たっていうのに。」

「あ、あぁ。ごめんごめん。背後取られると、つい、この・・、癖でね。」

「癖?」

「うん、昔ね、桐生師匠から、体術も習ってたんだ。」

「ふぅ〜ん。だからあんな構えを・・・・。」

 真由はしばらく頭をひねって、先程の陽由真の構えを頭の中で描いていた。

やがて思い出したらしく、陽由真の構えを真似てみた。

「こうですか?」

「ははは、恥ずかしいな。自分を見てるみたいだ。」

 桶を片付けながら陽由真が言うと、真由も構えをとき、陽由真に背を向けて歩き出した。

「んふっ。それじゃ、もうそろそろお店開けましょう。」

「ああ、そうしよう。」

 陽由真と真由は、店を開ける準備を始めた。

最初は見ていただけの真由も、さすがに四日目ともなると、だいぶ手際良く陽由真の手伝いをするようになった。

 そして、準備も大体終了し、店が開かれた。



 店を開けて半刻程すると、少し大柄な男が店に入ってきた。

「陽由真!すまねぇが薬をわけてくれねぇか?」

 その男は、威勢のいい口調でいきなり陽由真を名指しした。

「またかよ、年法。いくら顔見知りだからって、度が過ぎるぞ。」

 年法と呼ばれたその男は、顔に笑みを浮かべた。

「まあまぁ、同師のよしみじゃねぇかよ。」

「それが度が過ぎるって言うんだよ・・。」

「陽由真さん、どなたです?こちらの方。」

 二人の話に入ってきた真由が丁寧な口調で言う。

「ああ、真由。こいつは、僕の修行時代、一緒に桐生師匠のもとで修行してた奴だよ。ほら年法、挨拶しろよ。」

「ああ・・・・。坂上。坂上 年法(サカガミ トシノリ)だ。よろしく。」

 陽由真に命令された感じで、年法はなんとなく不愉快だった。

 それに応じて、真由も挨拶をした。

「陽由真さんのもとで勉強させていただいている、真由といいます。よろしくお願い致します。」

 しかし、丁寧な挨拶をよそにして、二人は何やら内緒話を始めた。

「(おい、陽由真。こんなべっぴんさん、弟子とか言って、めとる気か?)」

「(そんなわけあるかぃ!僕はただ一介の師として・・。)」

「何を話してるんですか?」

 真由に言われて、陽由真はあわてて取り繕おうとした。

「あ、いや、こいつね、研究材料の薬がなくなるといつも僕のところに貰いにくるんだ。だから、お客じゃないよ。別に接客しなくてもいいよ。」

「おい・・。店主がそんなこと言うなよ。」

「あははは。仲がいいんですね。お二人とも。」

「だからさ、こいつの前では、敬語じゃなくてもいいから。いつも通りでいいよ。」

 と言ってから、陽由真は、真由のいつも通りの言葉には、敬語と普通の言葉と自分流の言葉が混じっていることに気がついた。

 真由は普段は何も考えていない素振りだが、時々妙に確信めいたことを言うことがある。

そんな真由だからこそ、陽由真はその不思議な魅力にひかれたのかもしれない。

「おい、陽由真。とにかく薬をくれよ。」

「あぁ、あぁ。好きなの持っていくといいさ。」

「おっし、やっぱり持つべきものは友、だな。なぁ、陽由真?はっはっは。」

 陽由真はがっくりとうなだれた。

「(僕の人生はこうして流されていくんだろうか。)」

 その様子を見ていた真由がくすりと微笑んだ。

「(やっぱり、二人とも仲いい。ふふっ。)」

 きゃしゃな動きと瞬く間に変わる真由の表情は、見る者を飽きさせない。

もちろんそれは、陽由真にとても言えることだった。

 なんとも言い難い初々しい表情で真由を見ている陽由真に、年法の精神攻撃が始まった。

「(おぃ、あの娘のこと、まんざらでもないんじゃないのかよ?)」

「あ〜、もう!うるさいよ!お前はそんな話しかできないのか!?」

 いい加減にうざったい気持ちと、真由を見ることを邪魔された苛立ちから、つい陽由真は大声を出してしまった。

「おいおい、そんな怒るような事じゃないだろう?」

「怒る事だよ・・。」

「どうしたんですか?大声張り上げて。お客さん逃げちゃいますよ。」

 陽由真の大声を聞き、じっくりと薬の品定めをしていたところを驚かされたお客と思われる女性が明らかに陽由真に対して驚いた表情で三人の方を見ていた。

「あ、申し訳ありません。お見苦しいところを。どのようなお薬をお探しですか?」

 陽由真はとっさに機転をきかせて、女性に営業としての笑顔を向けた。

後ろの二人も、それをフォローするかのように、いつ言われてもいいように、真由が各薬の配置を年法に教えている。

 陽由真に微笑みかけられたその女性は、こわごわしい声でやっと出してこう言った。

「あ、あの・・・・。山で・・、山で、鹿が傷を負って倒れてるんです!」

「えっ・・・・。」

 鹿には申し訳ない話だが、今陽由真は、鹿の話よりも気になることがあった。

 それは、この少女の存在であった。

陽由真にとって、この少女からは、何か特別というか、もっと根本的な「何か」からくる異形の感情があった。

またそれは同時に、少女の中にも存在していた。

 そしてそれは、人知れず真由の心の中にも存在していた。

「(こ、この人・・・・!!)」

 陽由真と少女。

二人の視線が焦点を合わさずに、空中で絡み合う。

「「あの・・・・。」」

 二人の声が重なりあう。

「どこかであってませんか?」

「私を知っているのですか?」

 また、二人の声が重なった。

 その時、陽由真の後ろから驚くべき言葉が聞こえた。

「ね、姉さん・・・・?」

 その声は、紛れもなく真由のものであった。

                 第十話につづく




第八話へ

第十話へ

「桜の季節」メニューへ

トップページに戻る